北朝鮮の金日成=金正日体制が、内政において、そして対外的な政策において、何を行なってきたかの真実が明らかにされる日がくるならば、それこそ世界は凍りつくだろう、震撼するだろうと考えてきた。
私がそう考えてきたからといって、北朝鮮支配体制の暗部をことさらに強調するばかりの、民族排外主義の色濃い暴露本に強い影響を受けているわけではない。
それらもかなりの数を読んできてはおり、何をどこまで信じるかについて私なりの判断はそれぞれもっているが、もっと信頼するに足る資料はある。北朝鮮については資料が少なく、その社会の実態や政治の現実をどう解釈するかについては慎重でなければならない、とはよく見聞きしてきた言い分だが、それには賛成できない。
いわゆる良心派なり左翼なりがそのように言う場合、それは、北朝鮮の歴史と現実について何事かを的確に判断し、率直に発言することを回避するための口実とされてきたように思える。
金日成の演説や論文や「現地指導」のあり方を伝える報道は、十分に資料たり得る。その水準からすればいくつも読む必要はないだろう。「わが党の唯一思想体系は、主体思想である。全党員を主体思想で堅く武装させ、全党に主体思想がみちあふれるようにしなければならない。
党組織は主体思想教育を強化して、全党員が主体思想を確固とした信念として、主体思想の要求通りに思考し行動して、主体思想以外は、他のどのような思想も知らないという、確固たる立場と観念をもつようにしなければならない」(一九八〇年朝鮮労働党第六回大会報告)。
漫画家のいしいひさいちは、金日成神話を作り上げた御用歴史家が手にする本に『一体全体主体正体』とのタイトルを付す細かい芸を或る作品で見せたが、当意即妙の風刺というべきだろう。
この発言の無内容さに驚く感性さえあれば、にもかかわらず、こんな言葉を吐く人物を対象として確立している個人崇拝の恐ろしさも知れようというものだ。
権力を移譲することにした息子が五〇歳の誕生日を迎えた一九九二年には、金日成は金正日にこんな詩を贈っている。
「白頭山頂正日峰、光明星誕生五十周、皆賛す文武忠孝備えるを」。親子二代にわたって、自らが作り出しているこれほどまでの個人崇拝は、その過程で反対派への徹底的な弾圧を伴っているだろうというのは、合理的に推測できることである。この問題を知るうえでも、信頼しうる資料はある。
林隠『北朝鮮王朝成立秘史』(一九八二年)は当然参照すべきとして、民族排外主義派の資料に頼ることはない。
どちらかといえば、一時期は金日成体制に信頼を寄せ、日本による植民地支配への自己批判も込めて朝日友好運動に携わった人びとが、金体制の本質を知った段階で著したいくつかの書物がある。
和田洋一/林誠宏『「甘やかされた」朝鮮:金日成主義と日本』(一九八二年)[林は在日朝鮮人として、かつての自分の考えと立場をふりかえっている]、磯谷季次『良き日よ、来たれ:北朝鮮民主化への私の遺書』(一九九一年)などである。
槙村浩論も著わす一方、朝鮮実学の意欲的な研究者でもある小川晴久も、一書をなしてはいないが、この一〇年間、折に触れて無視できない金体制批判を繰り返してきた。
それは「北朝鮮との国交を一日も早く開き、日本側がすべき賠償を一日も早く支払うことと、北の民主化を希求することとは、決して矛盾しあうことではない」(磯谷『良き日よ、来たれ』序文)という立場からのものであった。
いわゆる外国人「拉致」問題に関しても、崔銀姫/申相玉『闇からの谺:北朝鮮の内幕』(一九八九年)と金賢姫『いま、女として』(一九九一年)を読むことができることになった以上、北朝鮮が国家として「誘拐・拉致・幽閉」行為を行なってきたことは、誰の目にも明らかになっていたと言える。
ほかにも、朝鮮総連関係者や北朝鮮内部の重要な有力者で、金体制の批判者に転向した人びとの手になる証言の書も多い。そこには、転向者特有の誇張がありえたとしても、書かれていることすべてを事実に反すると否定することは、明らかに不可能であった。
手元から資料が失われているので、正確な引用ができないが、日本の、「篤実な」と形容すべき朝鮮近代史研究者のひとりは、「日本が朝鮮に対する植民地支配に関して、国家としての謝罪と賠償をいまだ行なっておらず、国交回復の意欲すら示さずに敵対している段階で、北朝鮮の体制について批判を行なうことはできない」という趣旨の考えを明らかにしたことがある。
また「拉致」問題や「テポドン」「不審船」問題が浮上するたびに、これらを北朝鮮が行なったという明白な証拠がない以上、断定的に非難すべきではないとする考え方もつねにあった。
それらはすべて、日本社会の、いかがわしい民族主義的な反北朝鮮の悪扇動に加担したくない/すべきではない、という意志に基づく選択であっただろう。私自身が同じような立場で考えていた時期もあり、その限りで、理解できなくはないものではあった。
だが私は、上の研究者が言うような立場が、金親子の無惨な独裁体制の延命に、国際政治のレベルで加担するものだと考えるようになった。
「テポドン発射」事件なるものについても、きわめて抑圧的な民衆支配を行なっている北朝鮮の特権的な官僚・軍部の軍事的な跳ね上がりを歓迎しているのは、共和党支持勢力である米国の軍産複合体であり、両者の激烈な言葉の応酬の陰には、相互依存関係が見え隠れすること、しかも日本においては、このことで「北朝鮮の脅威」が煽られ、政府は安んじて日本の軍事化をいっそう推進することができたことーーという観点で捉えることが必要だと考えた。
「拉致」などの国家犯罪については、民間の一個人・一組織がすべてを証拠立てて明らかにすることは不可能であり、その実在/不在を客観的に判断しうる地点があるはずだとも考えた。
一九八七年の大韓航空機爆破事件は、明白に金正日の指示に基づいて行なわれたものであろうと私が確信したのは、金賢姫の自白を読むことによってだったが、それ以来わたしは上のような観点でいくつかの発言をしてきた。
九月一七日の朝日首脳会談において、金正日が日本人「拉致」事件について謝罪したことで、日本社会はその後延々と「拉致」一色の報道に染められている。
「産経」「正論」「諸君」「文春」「新潮」の主張が正しく、「朝日」「岩波」「社民」「共産」「進歩派」「市民派」の及び腰やあいまいさが決定的に間違っていたことが、これほど誰の目にもわかりやすく明らかになったことは、おそらくはじめてのことだ。
この事態は、今後の日本社会の行方に大きな影響を及ぼすだろう。私たちは、総体として、北朝鮮の金日成=金正日体制に対してとってきた発言と態度のツケを支払うことになるだろう。そのツケがどこまで膨れ上がるものなのか、誰にもわからない。
この間なされたさまざまな人びとの発言を注意深く読んだ。在日朝鮮人詩人・金時鐘のことばが忘れられない。首脳会談翌日の毎日新聞では「(金総書記の発言に)暗澹たる思いだ。同じ民族として本当に恥ずかしい」「(強制連行のことで、北朝鮮にも言い分があるだろうと考えていたが)もう言える筋合いではなくなった。
帳消ししてあまりある。戦前の日本と朝鮮半島の関係に、まず日本人が謙虚になってほしいという思いも吹っ飛んだ」と語る。歴史家、姜在彦も言う。
「かつて朝鮮総連で活動した者として、また血を分けた同族として、本当に恥ずかしく思う」
植民地支配の歴史も、その償いに賠償も国交回復もしてこなかった自己を顧みることもないままに、日本社会に吹き荒れる「反北朝鮮」の悪扇動のひどさが、ふたりにこう言わせた一面があるのだろう。
そのことを自覚したうえで、私は次のように考える。民族としての「朝鮮」が問題なのでは、もちろん、ない。
金正日の告白には、「国家」の本質が顕れているだけだ。天皇裕仁も、自らの絶対権力下でなされた朝鮮人強制連行=拉致の責任もとらずに、「玉音放送」なる突然の告白を行ない、その後マッカーサーとの談合で延命した。金正日も、米国・日本との談合で、延命を図るだろう。
私たちはそこに、植民地支配、侵略戦争、拉致などの国家犯罪が、行為主体が「国家」であるがゆえに免罪されてゆくという本質を見てとることが必要だ。
私たちが取り組むべき真の課題は、そこにこそ生じるのだ。
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