毎日新聞が「巨龍:その実像」と題して始めた連載第一回(5月2日付)が報じた内容は衝撃的だった。ここ数年、武装衝突の激化でイスラエルからパレスチナ人労働者が締め出されるにつれ、その後釜に中国・福建省の人材派遣業者から中国人が送り込まれている。
イスラエルの肉体労働の現場で働く中国人はいまや2万〜3万人に達している。
4月12日、エルサレムの市場に買い物に出かけた出稼ぎ中国人、林春美さんら 2名は、パレスチナ人の「自爆」行為の巻き添えとなって死亡した、というのだ。
2ヵ月間で2000ドルもの仕送りをして家族を驚かせたというふたりは、旬日後、遺体となって郷里・福建省の村に帰った。
棺を迎えた遺族にまで取材した意欲的なその記事は、「あふれでる」という副題を付して、海外に職を求め、出国熱が高まるばかりの中国の現状に鋭く迫っている。
全地球を、市場経済というひとつの原理の下にねじ伏せつつあるシステムの力をまざまざと見せつけられて、胸を突かれる報道である。
一週間後、同じ中国の瀋陽にある日本総領事館に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
からの脱出希望者 5人が突入を図り、館内に踏み入った中国の「人民武装警察」によって拘束されるという事件が起こった。
この事件がどんな帰趨をたどることになるかは不明だが、いまの時点で言えることをいくつか言っておきたい。
その動機が経済的な利益を求めるものであれ、飢餓や政治的抑圧から逃れようとするものであれ、人びとは「国境」を、めざましい速度と規模で越えつつある。
そこで繰り広げられているであろう安堵と悲劇の「物語」を、私たちはふつう知ることもない。
今回はメディアの働きで、思いがけず知ることとなった。知った以上、「移民を排斥し、民族主義を煽る右翼が欧州で台頭」というおなじみの認識の枠組みを越えて、そこからどんな問題を引き出すことができるかが、私たちには課せられる。
北朝鮮からの脱出を図る人びとの数が、飛躍的に増えつつあるように思える。
韓国、中国、日本、欧米諸国に支援網が作られ、今回のようにメディアも活用して、脱出が組織化されている。
これは、1989年に起こった東欧各国から西欧諸国への「エクソダス」の萌芽段階を彷彿とさせる。それが、金正日体制との関係でどんな形で進展するのか、それとも抑制されるのか。事態はいよいよ予断を許さぬ段階に達しているようだ。
中国の現指導部の下での、軍部・警察など治安当局の「無法ぶり」はますます突出しつつあるように思える。
新疆・ウィグル自治区からは、北京から派遣された軍隊が、自治・独立運動に関わる人びとを「反テロ」作戦の名で大量処刑するニュースが絶えない。
他国の領事館構内にまで入って、「侵入者」を取り押さえ、連行し、拘束するという今回の行為は、中国各地で日々行なわれている軍部・警察の一般化した行為と不可分である。
だが、私たちは日本社会のあり方を省みることなく、北朝鮮と中国の指導部批判に問題を単純化することはできない。
植民地支配と侵略戦争に関わる責任・補償を果たし、関係の正常化のための積極的な努力を不断にしていないからこそ、このような事態を迎えたときの日本政府の態度は、政治外交的・倫理的な基準を失っていると言わなければならない。
こうして、問題は私たちの足元に及んでくる。
事件が起こった瀋陽、そして事件が起こる直前に大使館職員を前に「不審者は(大使館に)入れるな」と語ったという現中国駐在大使・阿南惟茂の名前を見聞きしただけで、近現代史におけるアジアと日本の関係がありありと思い浮かんでくる。
瀋陽は、日本が満州国支配のなかで奉天と呼んだ地である。関東軍による張作霖爆殺も、旧満鉄線路を爆破して日中戦争を導いた「柳条湖事件」もこの地の出来事だった。
阿南惟茂の父親陸軍大将・阿南惟幾は、シベリア出兵以降の近代日本の侵略戦争すべてに関わり、1945年8月15日、自刃した。この事件で登場する地名と人名は、こうして連鎖的に、いくつもの近代史に繋がってくる。
総領事館の見取り図や日中両国政府の事細かいやりとりを(テレビの場合は衝撃的な映像と共に)繰り返し報道するマスメディアは、なぜか、瀋陽付近図の明示にも近代史のふりかえりにも少しも熱心ではない。
これは、歴史意識から切り離して現実の出来事のみを視聴者に押しつける所業だが、それだけに私たちは、自らの力でこの壁を突き破らなければならない。
今回の事態を捉えて日本政府の外交政策上の失態を批判することは可能だ。
だが、その視点を明確に国益第一主義から分離することで、北朝鮮脱出者に同情してみせる俄仕立ての「人道主義者」の欺瞞を突かねばならぬ。
ふだんは出入国管理の壁を厚く、高くすることを声高に主張して、難民や亡命者の流入を嫌う連中が、なぜか、今回は日本総領事館突入者に同情している。本意はどこにあるのか、問わねばならぬ。
また1997年4月23日、当時のペルー大統領フジモリが事前通知もないままに武装部隊を日本大使公邸に突入させ17人の死者を出した軍事作戦を展開したときにはこれを熱烈に支持した連中が、今回は国家主権擁護の立場から、総領事館に突入した中国当局の非を鳴らしている。
中国当局が間違っていることは事実だが、批判者の二重基準を認めるわけにはいかない。
幾重にも重層的な今回の問題を、その全体像において捉える努力を続けたいものだ。
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