小林よしのりの『台湾論』(小学館)をながめたのは昨年末だった。私は、小林のマンガを読まず嫌い・食わず嫌いのままに放置して、外見的に批判する方法には反対だとする立場から、やむを得ずその作品の多くをながめたうえで何度かにわたって批判してきた。
しかし、さすが『台湾論』にまで口出しすることはあるまいと考えて、雑誌「サピオ」(小学館)連載時にさっと目を通すに留めて、単行本としてまとめられたものにまで手を出すつもりはなかった。
ところが、昨年『台湾、ポストコロニアルの身体』という注目すべき著書(青土社)を書いた丸川哲史から、台湾と日本の多数の論者によって小林『台湾論』批判の本を出すので参加してほしいとの連絡を受け、急遽あの分厚い本一冊をながめ回すという「苦行」に挑んだのだった。
そして私は、空疎でしかない小林の作品を批判するのではなく、戦後の歴史過程において私(たち)にとって台湾がどういう存在であったかという問題に、1970年前後に台湾から日本へ留学していた劉彩品の生き方に触れる形で、ごく短い文章を寄せた(その本はまもなく、作品社から刊行される)。
小林の作品が「空疎でしかない」というのは、例外的なことではない。今回の場合でいえば、台湾論を展開しようとする自分の立場と問題意識の在りか、それを追求するために会って話を聞く人の選択、その人の社会的位置や属する階層、歩き回る街の性格、泊まるホテルや利用するレストラン/食堂のクラス、参照する資料(本、雑誌、テレビ、ビデオなど)の性格ーーそれらの諸条件が当然にももたらす「認識」の限界を、当人が明示的に、あるいは明示的ではないにせよ内心において自覚していてはじめて、その表現は(賛否は別にして)批評の対象になり得る。
マンガとて、その例外ではない。「ゴーマン」を売り物にする小林には、ここでも、その自覚の片鱗すらない。
小林の『台湾論』成立の過程を見ると、前総統・李登輝、実業家・許文龍、司馬遼太郎の台湾紀行のガイドして有名な老台北こと蔡焜燦などが、小林の台湾旅行を大歓迎するという構造が事前に出来上がっていたと思える。
政治・経済のそれぞれの分野における「実力者」が出てきたからには、そこには「連載が中二週空くので台湾へ行きませんか」と小林を誘ったという「サピオ」編集部とは別の、より大きな日台両サイドの人間(あるいは勢力)の介在があったと考えるのが自然だろう。
李登輝への言及に大きな頁が割かれた司馬の『街道をゆく40 台湾紀行』(朝日文庫)の刊行以来、李登輝は日本の守旧派の中で大きな位置を占めている。
司馬のこの本は、初版が刊行された1994年という時代状況の中で、胸に一物もって日本批判を控える(司馬が付き合った)台湾人自身のあり方と、めりはりを欠いた茫洋たる司馬の歴史観を通して、日本による植民地統治を免罪する役割を果たした。
都知事の石原が、事あるごとに李登輝との交友を強調していることを思い起してもよい。また蔡焜燦が絶賛する「理想の日本人像」が石原慎太郎であることも忘れるわけにはいかない。
「お調子者」の小林なら、これほどの「大物」による大歓迎ぶりに有頂天になり、これらの策士の掌で踊るにちがいないと計算した猿回しがどこかにいたのだろう。
案の定、小林は、お膳立てどおりに自分を歓迎してくれた人びとの大物ぶりに手放しで喜び、彼(女)らが語る情景と言葉をそのままだらだらと描き(書き)写すことで「台湾論」なるものが成立するのだと勘違いして、あの本は出来上がった。
自分が行なった「取材」めいたものはあまりに一面的であるという自己抑制のかけらもない、歴史偽造派に共通の無神経で無恥な本の誕生である。この構造こそが注目に値するな、というのが私の考えだった。
その間に、2月7日、『台湾論』の中国語版が台湾・前衛出版社から発売される事態をうけて、思いがけない方向に問題は広がってきた。新聞・テレビなどのメディアで、小林および台湾に関する知識を小林に講義した李、許、蔡の三人に対する批判が展開され始めたのである。
とくに、許文龍が「日本軍に強制連行された慰安婦などいなかった」と語ったとされている部分に批判は集中した。『台湾論』の不買運動が起こり、これを焚書するパフォーマンスが行なわれ、他方、隠れて本を売る書店もあるなどという報道がなされるようになった。そんななかで、台湾内政部は、3月2日、「民族の尊厳を傷つけた」小林の入国禁止措置を発表した。
この台湾当局の措置は、「たかが」一冊のマンガ本を描いた人物を危険人物として遇する事大主義において、小林を喜ばせた。「台湾の戒厳令が解かれてから初のブラック・リストがわし・小林よしのり!」(「サピオ」 3月28日号)。
焚書という、大衆的憤激のパフォーマンスも、表現抑圧の匂いがして、小林の価値観からすれば、大いなる「勲章」であろう。
在台湾のジャーナリストで、『台湾革命』(集英社)を出版したばかりの柳本通彦は、この間の事情を次のように分析している(要旨)。
「日本のジャーナリズムを篭絡し、利用しようとする自称『台湾独立派』、日本の戦争責任を否定し、教育を戦前に逆流させようとする日本の勢力。両者の迎合は、かくも構造化している。(中略)台湾の野党とマスコミがたたいているのは、日本の一漫画家などではない。日本の守旧派と結びついた『台独派』であり、さらには『台湾論』の主人公となった李東輝なのである」(「アジア記者クラブ通信」106号 http://apc.cup.com/を参照)。
この一連の事態に柳本が読み取るのは「台湾人の心の中に泥流のように流れる『反日感情』である。憎悪、恨み、嫉みをベースに、懐かしみと憧れがない交ぜになった奥深い『日本コンプレックス』である」。問題の本質を言いあてていると思う。
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