「9・11」米国中枢攻撃と、その直後から同国で始まり世界中に広まった報復戦争を煽るキャンペーンを見ながら、戦争というものはこうして作られていくものなのだ、と考えていた。
軍人や政治家はこぞって好戦的な言葉を発し、テレビに出る評論家も戦争まじかとばかりに興奮し、新聞の社会面もにわかに殺気立った雰囲気になった。戦争にはさせないという選択肢がないかのように見せかけられたのだ。
続々と登場するであろう危機アジリの本や戦争をゲームのように楽しむ本から離れて、ひっそりとでいいから読者の心に深く届く、じっくりと考えさせられるような本がほしいと思った。
昨年から日本でも作品が上映され始めて好評を得ているイランのモフセン・マフマルバフの最新作『カンダハール』の上映を準備している友人から、長めの翻訳原稿が届いた。監督自身の手になるその文章は、アフガニスタンのタリバーン政権が行なったバーミヤンの仏像破壊をめぐって書かれた、詩的なエッセイだった。
彼は、仏像が感じた「恥辱」を、「アフガニスタンの虐げられた人びとに対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ」と、独自の視点から捉えていた。
情報でも報道でもなく、苦しみのただなかにある隣人のために書かれた言葉。いま必要なのは、こういう言葉なのではないか、と思った。読み終わってすぐ、緊急出版しようと考えた。米英軍によるアフガニスタン爆撃が始まる直前だった。
著者との連絡・交渉、原文がペルシア語のため翻訳者探しなど、一斉に作業を始めた。推敲に次ぐ推敲で、ゲラは何度も真っ赤になった。私たちとしては異例なほど早く、1ヵ月と数週間で本は出来上がった。『カンダハール』の試写会にも間に合い、11月20日過ぎに配本することができた。
私たちの本としては珍しく出足が早い。すぐ増刷した。読者カードの戻りもよい。書評も今後大いに期待できると思う。新春1月からは、全国各地で『カンダハール』の上映も始まる。マフマルバフの言葉は、まだまだ人びとのなかにしみわたっていく条件をもっているように思える。
米国の外交政策を内部から厳しく批判するチョムスキーの本『アメリカが本当に望んでいること』は7年前に出したものだが、いままでさっぱり売れなかった。ところが「9・11」以降になって、突然売れ始めた。
マフマルバフとチョムスキーの本が読まれているということは、米国と日本の政府やマスメディアが作り出そうとしている雰囲気とはちがって、人びとの心の底流には、この戦争に「否!」という気持ちが確固としてあるのだろうということだ。
そんな気持ちを大事にする出版活動を今後も続けていきたい。
(太田昌国)
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