ユーゴ戦争:報道批判特集
ユーゴでも使われた劣化ウラン弾の科学論文
1999.7.2 WEB雑誌『憎まれ愚痴』27号掲載
pmnMLより転載。
iyasu@jca.ax.apc.org
高熱につき取扱不可能
NATO(北大西洋条約機構)がバルカン半島で使っている劣化ウラン兵器はセルビアの戦車を貫通するかもしれない。しかし、それによる放射能の塵は双方の兵士、さらにはコソボの民衆を脅かすことになる。
1991年、ダグ・ロッケ氏は米軍内科医として、湾岸戦争の残したウランを取り除くため、中東へ赴いた。「フレンドリー・ファイア(友軍弾)」に当たった戦車23台のウラン除去作業を手伝った。
現在、彼は呼吸困難に陥っている。肺には傷が残り、皮膚や腎臓にも障害が出ている。彼は予備軍医療部隊の少佐であるが、病気の原因が放射性金属に触れたことであると確信している。湾岸へ行った3年後、アメリカエネルギー省は彼の尿を検査した。その中のウランのレベルは、アメリカの安全基準(1リットルあたり0.1ミクログラム)の400倍を超えていた。
現在50歳で、アラバマ州のジャクソンビル州立大学の環境科学者であるロッケ氏は、バルカン半島での米軍によるウラン兵器の使用をやめさせる運動をしている。「そこにいる人間に対し、何の医学的な検査や治療も行なうことなく、ウラン兵器を使用するのは戦争犯罪です。完全に、完全に間違っています」と、彼は述べている。
劣化ウランは放射性の重金属である。ウラン235同位体が自然界のウランから抽出され、原子力発電所の燃料に、また、核爆弾に使われるが、その残りかすが劣化ウランだ。劣化ウランは通常、99.7%のウラン238からなっている。
核産業の副産物として、劣化ウランは安く、ふんだんに手に入る。そして、劣化ウラン弾は戦車や装甲車に対して非常に有効な武器である。その高密度ゆえ、装甲板を何センチにもわたって貫通する。伝統的に使われてきた、タングステン製の対戦車兵器より、強い貫通力を持つ。
劣化ウランが初めて使われたのが、1991年のイラクとの湾岸紛争の時である。アメリカ国防省によれば、米軍の戦闘機や戦車は86万発もの弾丸を使い、その中には290トンの劣化ウランが含まれていた。イギリスの戦車は100発の弾丸を使い、含まれていた劣化ウランの量は1トン未満だった(イギリス国防省)。
ロッケ氏のような湾岸従軍兵士は、このような劣化ウランに晒されたことが、湾岸戦争症候群の原因のひとつであると信じている。その病気の原因は明らかにされておらず、戦争以来、何万人もの兵士が苦しんでいる。イラクの科学者たちもまた、イラク南部でガンや先天性欠損症の数が増えているのは劣化ウランが原因であると主張している。しかし、アメリカ、イギリスとも、これに異議を唱えている。劣化ウランが兵士の健康に被害を与えているという証拠はないとしている。
しかし、セルビアに対する2か月間の戦争で、アメリカが劣化ウラン兵器を使っているのを認めたことで、議論が再燃している。5月3日のワシントンでのブリーフィング(状況説明)の際、米軍統合参謀本部戦略計画政策副司令官、チャールズ・ウオルド少将は、A10(近接航空支援用地上攻撃機)がセルビア軍に対し、劣化ウラン弾を発射したことを確認した。統合参謀本部スポークスマン、ジェームズ・ブルックス氏によると、AV-8ハリアー、エイブラム戦車もバルカン半島で劣化ウラン兵器を搭載していた。イギリスのロビン・クック外務大臣は、英軍は劣化ウランを使用していないと述べている。しかし、20台以上のチャレンジャー(イギリス製戦車)が湾岸で展開され、もし地上軍がコソボヘ派遣された場合、マケドニアに駐留し、すぐに展開できるようにした。空爆の限界が明らかになるにつれ、イギリスが地上軍の投入を支持したのである。
NATOによれば、劣化ウランは5月の2週目からセルビア軍に対して使われている。NATOスポークスマンは、「広範囲には使われていない。劣化ウランの使用が人々の健康に危険を及ぼしているとは証明されていない。危険度は水銀以下である」と述べている。
NATOもアメリカも、どれくらいの量の劣化ウランがバルカン半島で使われたか、明らかにしていない。しかし、40台のA10、6台のハリアーが展開され、多量のウランを発射する能力がある。例えばA10の場合、30ミリのガトリング砲が装備され、1分間に3900発の発射能力があり、その5発のうち1発が300グラムの劣化ウランを含んでいる。もしアメリカとイギリスの戦車が地上戦に入れば、劣化ウランがさらに使われることになるだろうと、専門家は述べている。
装甲板を貫通する能力に加え、劣化ウランには不幸な特性がある。衝撃で発火し、酸化ウランの雲を作り出し、その塵が環境に広がるのに拍車をかけ、ウランが放出するアルファ線による危険を増大させる。オックスフォードシャー、ハーウエルのAEAテクノロジー(元イギリス原子力公社の一部門)のウラン専門家、マイク・ソーン氏は、もし劣化ウランが体内に入った場合、アルファ線を放出するので、プルトニウムと同様の危険がある、と指摘する。このように、微量でも細胞にダメージを与え、ガンになる危険性は少しとはいえ増大する。また、劣化ウランは危険なベータ線を放出する。その主成分、ウラン238の半減期は44億6千万年である。ソーン氏の議論では、理論上、劣化ウランは湾岸戦争症候群の原因になり得るとしている。「生化学的影響はほとんど定義されていないが、それを見るかぎり、劣化ウランは原因になり得る」
化学的にも、劣化ウランは腎臓に対し、大きな脅威を及ぼす。高い濃度で腎臓に集中し、腎不全を起こし得るからだ。しかしソーン氏によれば、少量であっても、知らない間に悪影響を及ぼすが、その影響については誤解されている。このため、アメリカ・オークリッジ国立研究所が1989年に行なった大掛かりな研究でも、腎臓へのウランの安全許容量を1グラム当たり3ミクログラムから0.3ミクログラムまで引き下げるよう、勧告されている。
民間の組織でも、劣化ウランによる脅威を真剣に受け止めている。湾岸紛争後、イギリス原子力公社は、紛争によって残された劣化ウラン汚染の潜在的な影響について、戦慄するような予測を発表している。もし23トンの劣化ウランが吸い込まれれば、これは湾岸で発射された劣化ウランの8%の量であるが、「50万もの人が命を失う可能性がある」と試算している。「これは仮定の数字」で、「深刻な問題」をはらんでいる、と強調している。
死の可能性
原子力公社の試算は、1991年4月30日付けの、民営化された武器製造会社、ロイヤル・オードナンス社への親展メモの中に書かれたものだ。その中で、クウエートへ劣化ウラン除去チームを送るよう、提案したが、これは実現しなかった。死の可能性の高さを示した数字については、昨年、イギリスのギルバート国防大臣が、「現実離れしている」として否定している。「弾丸は、一番近い村からも何キロも離れた砂漠の中で発射されているので、地元民が酸化物に晒されることはほとんどあり得ない」と述べている。しかし、バルカンでの戦争の舞台は砂漠ではない。人が住んでいる、または住んでいた所である。
湾岸従軍兵士から早くから圧力がかかった結果、イギリス政府は2通のレポートを依頼した。今年4月、ギルバート国防大臣は1993年の国防省放射線医学防護サービスの調査として、「英軍兵士が湾岸紛争中、過度に劣化ウランに晒されたという兆候はなかった」と結論づけている。
しかし、3月に国防省の発行した別のレポートでは、兵士は湾岸で劣化ウランの塵を吸い込んでおり、「理論上、肺の組織へダメージを与え、その数年後、肺ガンになる可能性が高まる」と認めている。
NATOが守ろうとしている土地が劣化ウランで汚染されているのは究極の皮肉である、と前述のロッケ氏は述べている。「この戦争の目的はコソボ難民が帰還できるようにすることだ。しかし、ウランが除去されなければ、セルビアの残虐行為を存続させている勢力や、NATOの空爆部隊が汚染された環境に再びやってきて、その結果、彼らは病に冒されるであろう。
ロブ・エドワーズ
重金属:このように弾丸に劣化ウランを加えることで装甲板を貫通する。
対戦車用機関砲:A10はセルビア軍の撤退を早めるかも知れない。だが、その遺産は生命を脅かし続けることになる。
以上。
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