異色の本である。著者は、数年前のペルー日本大使公邸占拠事件の時に人質となった。大使館員だったのだから、レセプションの主催者側のひとりだった。フジモリ大統領が軍の特殊部隊に武力突入を命じたと知った時、これで死ぬ、と思った。奇跡的に生き延びて、大使館職員として事件への責任を痛感した。
著者にとっては唯一の解決方法とは思えない武力決着で、十七名の命が奪われたことに納得がいかなかった。もともとのペルー現代史研究者の立場に戻り、事件の意味を考え抜きたかった。外務省を辞して、まずこの本を書いた。異色な本になる条件は、いくつも備わっている。
ゲリラと人質はおよそ四ヵ月もの間、あの大使公邸の空間で共に過ごした。立場は異なるものではあっても、精神的な交流が生まれないはずはない。
それは、人質事件の場合、ストックホルム症候群などという心理学の用語でふつうは説明される。著者は異論をもつ。「もっと人間的な関係が成立していた」のだ、と。しかし、どんなふうに? 人間関係は、一方通行的には成立し得ない。
ゲリラは、ペルー政府高官・国会議員、日本大使館員・民間企業人との間にどんな関係を築くか、心をくだいた。彼(女)らが人質から学んだことは多かっただろうと、著者は推測する。他方、高学歴を有する後者の多くは、小学校すら出ていない者もいるゲリラに対していわれなき優越感を持ち、積極的な対話を通して相手を知る努力を怠った。
それは、長引くかもしれない拘禁生活を円滑に続けるためには、ゲリラとの間に友好関係を築くことが大事だという「戦術的な配慮」にも反することだった。
「人間的な関係が成立していた」と確信できる、人質側の数少ない人間のひとりである著者は、拘禁中に行なったゲリラとの対話をさまざまな側面から明らかにする。本書でもっとも読み応えのある箇所である。
もとより、対話の機会は限られているから、著者にしてもゲリラの全貌を知ることはできない。だが、ここでは、マスメディアの報道の中では「テロリスト」とか「ゲリラ」としか報道されなかったトゥパク・アマル革命運動(MRTA)のメンバーのひとりひとりの相貌が、おぼろげながらも見えてくる。
その思想と手段に同意できないとしても、「社会正義を求める」初心は疑うべくもない人びとの、(最年少の少女の場合には、僅か十六年間でしかなかった)人生が見えてくる。MRTAの方針に異論を持ちつつ、その声を必死に聞き取ろうとする著者の努力は貴重である。
著者は、フジモリが最終的に選択した武力決着が間違いであり、平和解決の道はありえたとする立場に立っている。それは当時、事件の「外部」にいた私の主張でもあったが、小倉の場合は公邸内部からの証言であり、よりいっそうの具体的な根拠をもって展開されている。
政治理論についても個人史についてもゲリラとの対話を重視したことと、平和解決の可能性に対する確信とは、著者にあっては一体のものである。
日本では、あの十七人の死者を生み出した武力突入の際に、フジモリを賛美し、返す刀で日本政府の「弱腰」や危機管理の欠如を非難する言論がマスメディア上にあふれた。
国会では共産党や社民党も賛成して、フジモリに対する「感謝決議」が採択された。国家による殺人行為を絶賛して恥じなかったこれらの人びとは、本書をどう読むか。持論を撤回して、考えを改める人がひとりでも出るか。
ペルーの歴史と現状に無知なまま、そこに住む人びとに友情も持たないまま、日本の現実にのみ引き付けてテロ対策論と危機管理論の文脈で居丈高な発言をした人びとが、事実を踏まえた小倉の冷静な報告に反駁するのは容易ではないように思える。
ペルー現代史研究者としての著者の力は「第三章 グローバル化と公邸占拠事件」で発揮される。事件を、「コロンブスの米大陸到達以降の五〇〇年史」の中に位置づけて考えようとする壮大な試みである。
現代世界のあり方を「グローバル化」と象徴的に呼ぶことは当たり前のことになってきたが、ペルーを含めた非西欧世界にとっては、グローバル化はすでに一五世紀末から一六世紀初頭の大航海時代に「征服」の形をとって開始されていた。
軍事的征服ばかりではない。それは、根拠なき優劣観、文明対野蛮という価値観を伴っていた。このような基本的認識から、世界中枢と周辺ペルーの関係、グローバル化と国民国家の関係、フジモリ政権の性格、占拠したゲリラの出身社会階層などに関わる刺激的な問題提起がなされる。現在及び将来の世界像に関わって考えるべき重要な指標がここには提出されている。
巻末の資料編には日本の首相や外相やペルー大使らの、その時々の発言がまとめられている。そこに透けて見える、歴史と現実に対する貧しい識見と比べると、著者がまことに得難い、稀な外交官であっただろうことが窺える。
評者は限りない共感をもって本書を読み進めたが、表現上の問題に一点触れる。「日本人こそ、過去の歴史を通して、どの国の国民よりも戦争の悲惨さ、人命の尊さを知っている国民である」という表現がある。
ふだんからよく聞く言葉であるが、私はその正当性を疑う。原理的に、この種のテーマで、国民別に認識上の浅い/深いの差異をつけることは不可能だろう。
しかも、現実には、日本が新たな戦争を遂行しうる国家へと大きく変貌しつつある状況を「国民」が阻止できていない以上、どこにも存在しない「国民像」を作り出してしまうことは、本書の真意にもとるだろう。
外務省を辞したばかりの著者には酷だろうが、天皇誕生日を「ナショナル・デー」として対外的なレセプションを行なうことの当否についても、いつか本音で語って欲しい。
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