アフガニスタン攻撃、テロ特措法成立以後の動き 2001年11月 (次)(戻る)
2001年11月
2001年11月2日
■防衛庁はインド洋に先行派遣する艦艇を、第二護衛隊群(長崎・佐世保基地)のヘリコプター搭載護衛艦「くらま」、新型護衛艦「きりさめ」、護衛艦「さわぎり」、護衛艦隊直轄の補給艦「はまな」の四隻とする方針を固めた。
2001年11月5日
■AP通信は米軍がアフガニスタンでの軍事作戦で、通常爆弾としては最大規模の破壊力を持つ燃料気化爆弾「BLU−82(通称デージカッター)を使用したと報じた。
2001年11月6日
■アフガン・イスラム通信は6日、米英軍のアフガン空爆が10月7日に始まってから約1ヶ月で市民633人が死亡、800から千人が負傷したと報じた。
■ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ナブルス付近の銃撃戦でパレスチナ人3人とイスラエル人1人が死亡。
2001年11月9日
■パキスタン各地で米国や政府に抗議するゼネストやデモが行われる。同国中部のデラカジカーン地区では約5千人が抗議行動に参加。警察側の発砲で3人が死亡。
■情報収集名目で海上自衛隊の護衛艦などの3隻(乗員計700人)がインド洋に派遣、佐世保基地を出港。派遣期間は約3ヶ月。
2001年11月10日
■世界貿易機関(WTO)中国の加盟を承認。
2001年11月15日
■小泉首相は日本道路公団の民営化に向けた高速道路整備計画の見直し問題で、未開通区間約2千4百キロの建設工事をいったん全面的に凍結するなどの意向を固めた。
2001年11月17日
■アフガニスタンの北部同盟、ラバニ首相、勝利宣言。
■16,17日にかけ米軍はカンダハル、クンドゥズで空爆を続行。カンダハルでは市民6人が死亡、15人がけが。
2001年11月21日
■米軍、カンダハル空爆。市民2人が死亡8人がけが。
2001年11月25日
■ネパールで武装ゲリラと治安当局が銃撃戦。この戦闘でゲリラ側約200人、警察官17人、軍兵士4人が死亡。市民2人も犠牲。26日、ギャネンドラ国王が国家非常事態宣言を発令。
■アフガニスタン北部のマザリシャリフ郊外で、収容されていたタリバンの外国人義勇兵約三百人が暴動。米軍の空爆などでほぼ全員が死亡。
2001年11月26日
■ブッシュ米大統領は「国家へのテロに使われる大量破壊兵器を開発する国があれば、責任を問わなければならない。」と述べ、大量破壊兵器を開発する国を攻撃する可能性を示した。イラク攻撃を念頭に置いた発言とみられる。
■アフガニスタン南部に海兵隊を投入した米軍はカンダハル周辺のタリバンやテロ組織アルカイダに対する本格的な攻撃を開始。
■遠山敦子文部科学相は教育基本法の全面改正について、中央教育審議会に諮問。答申のめどは1年後で文部科学省は2003年にも国会に改正案を提出する方針。
■米海兵隊のアフガニスタン南部への展開が確認される。27日中には千2百から千5百人になる予定。
2001年11月29日
■元ビートルズのジョージ・ハリスンさん死去。