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キューバの歴史を見る視点 |
『キューバ映画祭in サッポロ2009』用冊子掲載 |
太田昌国 |
国土面積も広くはなく、人口も億単位どころではなく極めて少なめで、経済指標を見ても小さな国が、ある時代状況の中で世界中の耳目を引きつける役割を果してしまう場合がある。
その小国が、大国との関係でいえば、経済、軍事、政治的・文化的影響力などの、どの局面においても劣位に位置しながら、大国の横暴な振る舞いによく耐え、抵抗し、自律のための独自の道を歩み続けている場合に、そのような例が生まれる。キューバの近現代史を、そんな観点からスケッチしてみる。
最初に触れるべきは、先住していた住民が皆殺しにされて、いったんは「死の島」と化した時期のキューバということになるだろう。15世紀末、コロンブスの大航海に続く時代のことである。
「征服」と呼ばれるその時代の実相をもっともよく書き表したのは、征服事業に付き添ったスペインのカトリック僧、ラス・カサスの証言『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(岩波文庫版と現代企画室版がある)だと思う。
同胞のキリスト者たちが、「発見した」土地に住まう先住民に対して行なう暴行・虐殺・強姦などの所業を目撃するうちに、ラス・カサスは恥じと憤怒に駆られて、この書を著した。
キューバ征服について述べた章も、短いが、悲痛な挿話にあふれている。
島の民を守ろうとした咎のゆえに火あぶりの刑に処せられる族長は、キリスト者の言葉を信じるなら天国へ行けるという修道士の説得の言葉に問い返し、その天国にはキリスト者もいると聞いて、ならば自分は地獄へおちたいと答えて、処刑された。
ある集落では、ありとあらゆるものを差し出して歓待する先住民3000人を前に、キリスト者たちは短剣をもって襲いかかり、多数を殺害した。
こうして1世紀後には先住民が絶滅に追い込まれた「死の島」には、植民したヨーロッパの白人と、アフリカから強制連行された黒人奴隷が住むようになった。
ヨーロッパ近代は、世界を制覇した「栄光」によって語られることが多いが、それは植民地主義と奴隷制によって可能になったという歴史的事実は、いまではある程度は知られるようになった。
キューバは、まさに、そのことを身をもって明かす歴史的な場所である。
カリブ海出身の歴史家、エリック・ウィリアムズは、総合的なカリブ海域史のタイトルを『コロンブスからカストロまで』(岩波書店)と名づけた。
紙数が限られているので時間軸は飛躍するが、1959年に始まるキューバ革命の意義を考えるときにも、歴史的出発点は大航海時代においているという点で、私は彼の史観に深い共感を覚える。
近代史の発端においてはヨーロッパ列強によって、19世紀前半以降その植民地支配のくびきを絶って後は北方の超大国=米国によって、政治的・経済的に支配されてきたのが、ラテンアメリカ地域にほぼ共通の歴史であった。
キューバがスペインから独立を遂げたのは例外的に遅く19世紀末になってからだったが、そのときすでにこの地域に覇権を確立していた米国は、キューバ国内に米軍基地を設けることを強制した。
今も存在するグアンタナモ米軍基地には、アフガニスタンで捕らえられたタリバーンやアルカイーダの兵士容疑者が収容されている。
革命の勝利後、キューバ政府はグアンタナモの返還を要求しているが、米国は認めていない。ここにも、大国と小国の間に存在する不平等で、不公正な現実が如実に現われている。
キューバ革命は、いわば、このような現存秩序を根本的に変革するために開始された。その政策は、米国が独占してきたキューバにおける利権(交通運輸・電信・金融資本・鉱物資源・煙草・サトウキビなどの農産物資源)を剥奪するほどに徹底したものであったから、米国はキューバに鋭く対立することになった。
逆に言えば、米国の支配には屈従するほかはないと諦めていたラテンアメリカ地域の民衆から見れば、キューバは自主・自立の道を行く輝かしい先例となったのである。
その革命が50周年を迎えた。キューバが最前線に立っていた第3世界解放という意味では、独立や革命を達成した多くの諸国では、貧困・内戦・病苦の蔓延・指導部の腐敗などの諸問題を抱えている。
キューバはその点では例外的な存在と言えようが、この違いはどこから生まれるのか。
キューバはまた、自らの革命を社会主義革命と規定してきたが、それは20世紀末、世界的には無惨にも失敗した。
世界に先駆けて新自由主義経済の荒々しい洗礼をうけたラテンアメリカでは、いまあらためて社会主義的未来の展望が語られることも多いが、それは失敗した20世紀型社会主義とどう違うのか。
キューバ革命50年の試行錯誤はそこでいかなる意味をもつのか。
このように、21世紀に入ってなお、キューバは、世界の歴史と現実を再審にかけるうえで、無視できない存在として私たちの前に立っているのだ、と言える。
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