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第145国会報告(1999)
145国会を終えて大脇 雅子 21世紀を目前にして、多様な法案で時代の転機を描いた「国のかたち」をめぐって、後世の人たちから、歴史的意義を問われたとき、政治家としてどういう責任を負うべきか…。第145国会は、いつも心の中に刃を突きつけられて行動しているような緊張を覚えた日々の連続でした。 日本の国会は、イギリスの対論型というよりは、アメリカの委員会型に近いと思うのですが、国会の本会議における代表質問や反対討論がない法案は、その採否について、採決の本会議での委員長報告によって、法案の問題点をはじめて知らされることもあります。第145国会では、ベルトコンベア―に乗って流れてくる法案は、押ボタンの軽さにまどわされないように、担当部会で議論し、慎重な対応をせまられる重要なものばかりでした。 問題点の多い法案が山積みでした。 まず、新ガイドライン関連法案には反対。アメリカと一体となって情報を統括され、周辺事態が起きたときに「日本」が行動することになるシステムは、国の主権の危機について深く考えさせられます。地方自治体や民間に対する「協力」について、もはや地方自治体の議会の決議や条例での協力拒否は正当性を有しないとする質問主意書に対する答弁がなされていて、戦時中の経験からすると「制裁なき強制」は恐ろしいものがあります。世界のすべての国々、とりわけアジアにおける平和的外交を基軸に、信頼の醸成と対話を積み重ねていくことが最も重要です。 行政改革委員会に所属して中央省庁再編と地方分権法を審議しました。内閣の権限の強化が日本の民主主義にどのような影響を与えていくのでしょうか。これまで大蔵官僚の意のままにされてきた予算編成について、政治家が私欲にとらわれず、高所から日本の未来を見据えて、イニシアティブをとることができるかどうか。そこが勝負どころだと宮沢大蔵大臣の答弁でした。政府委員制度を廃止し、副大臣が野党の議員との間で、法案や政策をめぐって質疑することになるのですが、省庁の官僚の書く答弁をそのまま口移しにするのでない政治家の力と識見が問われます。さもないとかえって官僚の説明責任を曖昧にしかねません。 地方分権は、時代の流れです。政府の委任事務が禁止されて地方自治体の自主事務となりましたが、財源の委譲もなく、責任だけが重くなって、どこまで実効性があがるでしょうか。中央と地方が一体となって行われた公共事業のつけは、地方自治体の赤字財政体質を生み、大蔵大臣は、財政改革は経済成長率が2%ほどに回復したときにあらためて検討すると答えていますが、それはいつになるのでしょうか。少なくなったとはいえ、国が直接担当する事務はかえって強化されていますし、自治体に対する国の各省庁大臣からの「勧告」は、地方自治体を将来どのようにコントロールすることになるか、心配です。地方自治体が自らの力をつけることが重要です。 また、公共事業を一手に引き受ける国土交通省のような巨大官庁の出現は、真の「行政改革」といえるのでしょうか。行政評価制度が導入されたことは、一歩前進ですが、その評価のものさしづくりが緊急の課題です。インターネット時代に対応して、パブリック・コメント制が導入されましたが、意見の集約基準も明らかではありません。これからも細かい施行過程を監視していく必要があります。 労働市場における「規制緩和」にとどめをさすものとして、労働者派遣法と職安法が改正されました。採決には断固反対!労働者派遣のネガティブ・リスト化は、1年の臨時的労働者によって、正社員が置き換えられていく危険があります。リストラが当たり前という風潮のもとで、とりわけパートの派遣、専門職の派遣のあり様は、女性労働の状況と雇用機会均等法の実効性に大きな影響を及ぼすことでしょう。 経済再生活性化法は、堂々と「雇用の過剰」を「設備の過剰」と「不良債権」と並べていて、「雇用を守る」という労働運動の根本的な要請にどう答えようとしているのでしょうか。新たな雇用の創出や失業なき労働移動と流動化に対して、十分な予算措置とセーフティネットが張られているとは到底思えません。失業率は現在すでに5%、さらなる悪化をひかえて、新たな「失業対策」も必要です。次の国会は受給にバランスを欠きはじめた雇用保険法の改正問題です。一途に働く人たちの側に立ち、更なる努力を続けていきたいと思います。 国旗・国歌法案は憲法に規定されている思想信条の自由を侵害します。よって法制化には反対!住民基本台帳法の改正は、委員会の審議を本会議への中間報告という形をとり、審議打切り採決。いわゆる国民総背番号制がしかれてしまいました。無機質な「番号」が、個人情報を含めて蓄積されて、プライバシー侵害の危機があります。とりわけ問題なのは、組織的犯罪三法、なかんずく通信傍受法いわゆる盗聴法です。牛歩をして徹夜で抵抗しましたが、自自公の賛成多数で通過してしまいました。これは住民の相互監視、警察優位の疑心暗鬼の社会をつくりだす出発点となるでしょう。 テロや組織的犯罪のためとはいえ、日常的に生活に入り込み、盗聴されているのが当人にわからないという世界は不気味です。また、インターネットの通信傍受はまるごとごっそり情報を盗まれることを意味し、国境を越えたインターネットの世界において、日本におけるプライバシー保護法のないままで、いわゆる「盗聴法」の施行は、情報化の国際社会の中で、国際的に日本が孤立する危険があるのではないでしょうか。 これまでの法案が舗装した道の行きつく先は「憲法改正」でしょう。すでに衆議院は自自公で三分の二の憲法改正の発議要件を備えています。参議院では60%を切っているとはいえ、行方は必ずしも楽観できません。憲法調査会設置法には、目的規定もなく、議運委員会の申し合わせで五年間で結論を出すとありますが、法案自体には何の歯止めもありません。憲法9条と基本的人権条項は、日本と日本国民のアイデンティティ(存在証明)であることを確信し、平和憲法を護ることに議員としての活動の原点におきたいと思っています。 |