第一部 「電波メディア不平等起源論」の提唱
電網木村書店 Web無料公開 2005.4.6
第三章 内務・警察高級官僚があやつった
日本放送史 1
「羊頭狗肉」の詐欺にひとしい『放送論』のたぐい
すでに述べたように日本の放送の歴史、特にその出発点に関しては、批判的な立場から当局資料を比較検討しなおした通史がまるでない。江戸時代とか、戦前までの日本ならいざしらず、現在では、当局発表を無批判につなげただけのものを歴史研究とは評価しない。また、実証的な研究による歴史的事実の確認があってはじめて、理論的研究の土台があ たえられるのである。それゆえ、これまでに『放送論』のたぐいの題名で出版された書物は、すくなくともその出発点の説明に関するかぎり、羊頭狗肉の詐欺にひとしい。
私自身は十数年前の旧著『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』で、ラディオ問題だけで三四頁におよぶ裏側からの略史追及をこころみた。第五章「疑惑/ラジオ五〇年史にうごめく電波独占支配の影武者たち」がそれである。しかしその筋書きの中心は、読売新聞に社長としてのりこんだ元警視庁警務部長、のちの日本テレビ放送網会長、正力松太郎の動きにあった。また、正力の晩年の自慢話の真偽検証に手間がかかったため、通史としてはまだ一面的で不十分だった。その後、『NHK腐蝕研究』を準備したときにも、やはり本格的な資料収集をやりとげる余裕がなくて、序章ではつぎのようにしるすにとどめた。
「戦後史については、すでに『放送戦後史 I、II』が発刊されている。日経新聞放送記者の松田浩によるもので、まさにライフ・ワークの名に値いする好著である。だが、戦前からの歴史については、公史に対抗しうる大著はまだない。そんな状況をふまえて、ひとまず本書の役割を、側面追及、裏面史ひろい上げ、とする」
同じ序章の書きだしはこうなっていた。
「NHKについて書かれたものは、意外に多い。NHKの関係機関の編集による文献目録でも、何百もの論文がある。雑誌の蒐集と独特のカード方式で知られる大宅文庫には、NHK』の項目カードが五百枚近くある。NHK関係者の個人カードも多い」
当時の資料収集の際に感じた壁は、それから十数年たって、ますます厚くなっている。今度もまた、本格的な資料探索のやり直しはあきらめて、側面史か裏面史で公史の足元をかっぱらうしかないか、などと一人ごちる毎日であった。