『電波メディアの神話』(3-2)

第一部 「電波メディア不平等起源論」の提唱

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.6

第三章 内務・警察高級官僚があやつった
日本放送史 2

『テレガラーフ古文書考/幕末の伝信』発見の衝撃

 ところがそんな折も折、地元の図書館の放送関係の書棚で目当ての本をさがしていたら、カラフルで安っぽい新刊書にはさまれて、いかにも地味な焦げ茶一色のハードカヴァー、金の背文字の『テレガラーフ古文書考/幕末の伝信』という本がならんでいた。

 手にとってみると、ズシリと重い。A5の大型版で本文が五二八頁、文献一覧が一六頁、写真版などをふくめて全部で五八〇頁の大著である。内容は無線通信以前の電気通信技術のことで、有線時代の電信機が「黒船」のペリー提督や「出島」のオランダ人から幕府に献上されたころの、いわば「電気通信事始め」の歴史に関する「最初の本格的研究書」(立教大学名誉教授林英夫による序文)であった。「テレガラーフ」はオランダ語であり、英語ならテレグラフ、現在の日本語なら電報である。著者の川野邊冨次は一九一〇年生れで、戦前の一九二九年に逓信省にはいり、電信からはじめてコンピュータの導入にまでかかわった。定年退官後もNECでデータ通信業務に従事するなど、一貫して電気通信の仕事をつづけたのち、一九七六年にNECを退社して以後、「六十の手習で」古文書を解読し、一九八七年にこの労作をしあげたのである。著者略歴には「一九五〇年、電気通信省に復帰し、電気通信民主化の法律案準備の事務を担当」とある。著者による「あとがき」をみるかぎりでは、この「電気通信民主化」の仕事は放送の部分ではなかったようだが、日本の電波三法が準備された時期には、その担当者たちと隣りあって仕事をしていたにちがいいない。

 ともかくこの大著は、構想数十年、資料探索から執筆に十数年という、思えば気のとおくなるような真のライフ・ワークである。発行人は本人で自家版だ。図書館が押した「寄贈」の朱印をみたときには、がらにもなく目鼻にジーンときてしまった。ショックでもあった。テレガラーフの日本伝来は、テレヴィにいたる電気通信全体の歴史の発端である。今や、情報ハイウェイ関連産業が、やがてはGNPの半分にせまるとまで喧伝されている。それなのに、現在のところ世界で唯一の黒字大国ニッポンの学会も出版界も、こういう貴重な研究書を世におくりだす機能をかいている。歴史よりも目の前の利益の方が大事なのだろう。

 私には、テレガラーフに関する古文書を解読することはおろか、この労作を読みとおす余力さえもない。失礼ながら走り読みでわずかにいえることは、日本の場合、電気通信の出発点からして最高権力が直接に、機械も技術習得の方針もすべて管理していたのだなという、重い重い実感である。


(3)東京放送局初代総裁・後藤新平は露骨な侵略主義者