『電波メディアの神話』(7)

電波メディアの国家支配は許されるか?……
マルチメディア時代のメディア開放宣言

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.15

第三部 マルチメディアの「仮想経済空間
(バーチャル・エコノミー)」

 椿舌禍事件が発生した直後に、私は不気味な近未来の予感をおぼえたが、それにはいささか手持ちの材料があった。

 昨年(九三年)早々から、アメリカのクリントン政権が「情報スーパー・ハイウェイ」(以下、情報ハイウェイ)構想をあおりたてていた。光ファイバ網(注2)の海底敷設、衛星を利用する国際的な通信システムなどなどの、地球規模の巨大計画の数々が、経済専門紙誌をにぎわせていた。私の頭の隅には、そういう近未来情報への危惧がわだかまっていた。

 すると予測どおりに、今年(九四年)の正月は早々から、経済専門紙誌の紙面がまるで「マルチメディア(注3)」ブームの観を呈しはじめた。たとえば産経新聞社発行『日本工業新聞』(94・1・4)の丸々一頁の新春特集記事「為替・株価予測アンケート」の横組大見出しは、「注目銘柄/マルチメディアが本命」だった。これが、「産業界の財務担当者、金融・証券のベテラン各氏に今年の相場を占ってもらった」結果なのだという。

 今年にはいって連日、関連記事の量は昨年の数倍にふえた。各紙誌とも、あらそってマルチメディア特集をくんでいる。

 一月六日には閣議後の記者会見で神崎郵政相が、「光ファイバ網の整備により、二〇一〇年にはマルチメディア市場が一二三兆円規模に成長し、二四〇万人の雇用が創出される」とぶちあげた。「今年をマルチメディア元年に!」とハシャグむきもある。まるで関係 業界こぞっての初夢大会のようだ。

 だが、突如高鳴りはじめたマルチメディア狂騒曲には昨年来、あやしげなみだれ太鼓の不協和音がつきまとっている。

 まず危険なのは、度重なるバブル崩壊にもこりない投機市場で、過大な景気対策の期待がかかっていることだ。たとえば、「マルチメディア時代の主役」ともちあげられ、「起爆剤」(日刊工業94・1・7)とまで期待までされている「ゲーム業界」にさえ、つぎのような「成長神話に黄信号?」(日経産業94・2・3)の状況がある。

 「セガ・エンタプライズの株価に異変が起きている。直近の二週間あまりで約二千円下落し、二日の東京証券取引所での終値は七千七十円。ライバル、任天堂の昨年秋の業績下方修正に続くショックを業界に与えている」(同紙)

 だからこそ「起死回生策を」(同)と業界は期待するのだろう。だが、急成長しすぎたのちに「欧州で不振」(同)という状況だ。「主役」の「起爆剤」がこれではさきが思いやられる。

 同じ専門紙でも『電波新聞』(91・1・20)の「電波時評」欄はクールだ。

 「一二三兆円論の迷走」と題し、「神崎郵政相の″マルチメディア一二三兆円論″は、正月の″お年玉″としては良かったが、これが不況対策に引用され始めたのには驚いた」、むしろ「国内の生産体制を取り戻すこと」などの「環境作りが焦眉の急」だと指摘する。マルチメディアのシャボン玉の虹色のかがやきに目をうばわれて、足下をわすれるなという警告を発しているのだ。しかし、この場合の「環境作り」とはいったいなんなのだろうか。

 「次世代通信網」または「光ファイバ通信網」(以下、光ファイバ網)の「インフラ整備」というのが、政財界の政策的表現である。NTTが発表した計画によれば、全国にはりめぐらす光ファイバ網の予算は総計約四五兆円である。これにより、放送も電話も各種情報も一緒にデジタル(注4)で流れ、双方向の機能を発揮する。結構づくめの話のようだが、民営化されたNTTが投下資本を回収するためにあてにできる収入源は、基本的に「受益」企業の設備投資と、強制的に「受益者」と規定される運命にある庶民のフトコロしかない。庶民のフトコロはこのところの不況下、預金利子の大幅切りさげなどもあって、ひえっぱなしだ。

 経済市場の様子もあやしい。「様子見気分強く続落/マルチメディア関連安い」(日経94・3・22夕)などという株式情報も目につく。「米マルチメディアに暗雲/大型提携、次々破談」(毎日94・4・10夕)という記事もでた。詳細ははぶくが、しきりとマルチメディアの展望をかたり、マルチメディア関連企業の、ときには二頁、四頁という超大型広告をのせたりする専門紙誌の特集記事にさえ、「仮想経済空間(バーチャルエコノミー)」(エコノミスト94・3・29)とか「幻想のマルチメディア」(週刊東洋経済94・4・2)といった表現がめだつのだ。経済専門紙の日刊工業新聞は「幕開けマルチメディア時代」と題する連載特集(94・4・5~)をはじめたが、その第一回のサブタイトルの一つは「仮想巨大市場」であり、リードのしめの文句は「半信半疑のまま、二十一世紀に向けた仮想巨大市場への幕は開いた」となっている。

 もう一つの特徴的な事態は、日米間のいわゆる通信摩擦をめぐって表面化した。

 今年(九四年)の二月十一日には細川首相がワシントン入りし、昨年来の日米包括経済協議が決裂した。決裂さわぎそのものは大手一般紙でも一面トップで大々的に報道された。しかし、経済専門紙を自称する日経でさえも、その真相の一端しかつたえていない。実は、この会談決裂をめぐる日米間の相剋は、くんずほぐれつ、まさに相姦模様、ドロドロの国際謀略のしかけ、舞台裏の田舎芝居の数々の連続なのだ。しかも、会談決裂後の二月十五日にはカンター通商代表が記者会見で露骨にも左手にかざしたモトローラの携帯電話機には、情報ハイウェイやマルチメディアともかさなる地球規模の数々の大問題、難問題がひそんでいた。

(注1) 公式には「全米情報基盤」(ナショナル・インフォメイション・インフラストラクチャー)。頭文字で「NII」と略称。アメリカはさらに「GII」(世界情報基盤)を提唱しており、日本もそれに呼応して「AII」(アジア情報基盤)構想を打ち出した。いずれも光ファイバ網、衛生通信網などの次世代通信網の構築をめざしている。アメリカ国内の具体的な構想はのちに本文中に記す。

(注2) 光ファイバ・ケーブル回線は、従来の銅線の電話回線に比較すると、直径1ミリメートル以下で数千回線分に相当する情報を送ることができる。NTTなどの電話会社の主要幹線はすでに光ファイバ網になっている。

(注3) 直訳すれば「多重媒体」。光ファイバの実用化によって、1本の回線でも同時に大量の情報を高速で送ることが可能になった。放送、データ通信、電話、テレヴィ会議、遠隔地診断、ショッピングなどが同時に、双方向で行なえるようになる。家庭でマルチメディアを利用するためには、それだけの情報を処理できるパソコン機能をそなえた「家庭用マルチメディア機器」が必要となる。

(注4) 数をかぞえる「指」から「数字」の意味に発展した用語。放送のディジタル化の場合には、スーパーのバーコードと同じく、従来のアナログ(相似形の意、電波の波形など)式の信号をコンピュータ用の二進法で0と1、実際にはプラスとマイナスのみの信号に換算する。さらにさまざまな画像圧縮技術、高速伝送技術をもちいることによって、同じ周波数帯または回線で何倍もの情報をおくることができる。


第七章 日米会談決裂の陰にひそむ国際電波通信謀略
(1)携帯電話機の脅迫セールスと「国賊」小沢一郎