『電波メディアの神話』(7-7)

第三部 マルチメディアの「仮想経済空間
(バーチャル・エコノミー)」

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.15

第七章 日米会談決裂の陰にひそむ
国際電波通信謀略 7

紋章の主はマイクロソフトの「成金」ゲイツ会長?

 ただし、ものには順序がある。既存の地上波放送を有線化して、その分の電波を携帯電話にまわすためには、光ファイバ網の建設が先行していなければならない。そこがさきの日経スクープが「一石二鳥」と評する電波ジャック作戦のネックなのだ。

 郵政省やNTTが光ファイバ網建設の錦の御旗としてかかげているのは、アメリカの情報ハイウェイ構想である。国際的なインフラ整備のバスにのりおくれてはならない、という世論形成が一番のねらいどころだ。

 いまや唯一の超大国アメリカのクリントン政権は、産業の国際競争力強化を公約にかかげ、ゴア副大統領が上院議員時代から提唱しつづけきた情報ハイウェイ構想をその戦略的中核に位置づけている。昨年の一二月一三日には、構想の基盤となる技術の標準化や全体設計を目的として、関連の大手主要企業二八社が共同事業体を結成した。一月二五日に発表された大統領の年頭教書でも、構想があらためて提唱しなおされた。翌日の二六日からは議員提案の情報ハイウェイ関連法案の審議がはじまった。政府案もちかくしめされる予定である。アメリカにおけるマルチメディアがらみの企業買収・合併(M&A)、参入、提携のうごきはますます大型化しており、日系の商社、電機などの多国籍企業もくわわっている。日本国内のCATVにもアメリカの大手が参入しはじめた。

 たとえば「NTT/マルチメディア事業化」と題する日経産業(94・1・14)の「ビジネスTODAY」特集では、「″紋章″かざし突破図る」という副題の文字の方がおおきかった。おなじ趣旨の漫画が象徴的で実におもしろい。問題は″紋章″の主がだれかである。

 NTTの児島社長が「マルチメディア」の印籠をかざし、「これが見えぬか」とさけんでいる。いわずとしれたTBSの長寿時代劇『水戸黄門』のもじりである。「郵政省」氏は眉をひそめて困惑顔。「メーカー」氏はニコニコ顔で拍手。ところが、児玉社長の背中をおしているのは、アメリカのマイクロソフト会長ビル・ゲイツなのだ。ドラマの『水戸黄門』で印籠をかざして悪者どもを威圧するのは、おともの助さんとか格さんである。「マルチメディア」の紋章付きの印籠をかざす児島社長がおともなら、ビル・ゲイツこそが「マルチメディア」時代の天下の副将軍になる。

 さきの副題「″紋章″かざし突破図る」のうえには、まさにお供の助さんとか格さんよろしく、「分裂回避」と「社長続投」の字紋いりかこみ小見出しがならぶ。六月に二期四年の任期ぎれを迎える児玉社長の急なうごきは、NTTの分割論議への反発を社内のテコとして、みずからの地位の継続へむけようという「深慮遠謀なのか」と憶測するのだ。

 記事内容には、「昨年、アップル・コンピュータのジョン・スカリー会長やマイクロソフトのビル・ゲーツ会長らと会うたびに、NTTの児玉仁社長は米国のマルチメディアの進展に衝撃を受けた」などとなっている。「米国が二歩も三歩も進んでしまった」というのが、児島社長のマルチメディア推進決意の弁である。いかにもドロドロとした政治的な裏がありそうな構図ではないか。アメリカでの下準備がすすんでいたことがだれの目にもあきらかだ。いかにもドロドロとした政治的な裏がありそうな構図ではないか。なお今年(九四年)三月二三日、NTTはマイクロソフトとの提携を発表した。

 「通信摩擦」は、いわゆるジャパン・バッシングの中心課題の一つである。日米包括経済協議そのものはさきのように今年(九四年)二月一一日に決裂した。ところが、その間、アメリカは次官級の政府代表同士による公式の交渉のあたまごしに、NTTと直接交渉していたのである。

 「次世代通信網に外国企業参入を/米、NTTに直接要求」(日経94・1・8)というワシントン発の記事によると、「米通商代表部(USTR)は七日、日本電信電話(NTT)との非公式会合で次世代の総合デジタル通信網(ISDN)への外国企業の参入を強く 要求した」。米側は「この分野は将来四千億~五千億ドル規模の市場になると考える。トップを走る米企業が通信網整備の過程に初期段階から参加できるよう期待する」との意向をしめしていたのだ。

 会談は決裂したが、日本側があまりにも露骨な「数値目標」の強制を拒否しただけであって、日米間の構図に基本的な変化はない。先の漫画の児島社長の背後にいたビル・ゲイツ会長は、クリントン政権とアメリカ情報通信業界全体を代表するものとみてよい。足下に小沢一郎をはいつくばらせれば、もっと完璧な日米関係の構図が仕上がるだろう。

 アメリカの情報ハイウェイ構想は、病院、図書館、研究所、裁判所、役所を相互にむすびあわせ、「医療サーヴィスのオンライン利用」など、いかにも理想の社会を実現しようという政策提言になっている。マイクロソフトのビル・ゲイツ会長は、これらのオフィス間の情報機器をコントロールするソフトとして、「マイクロソフト・ネットワーク」の開発を提唱した。この種のソフトの普及には機器の標準化が必須条件となるが、マイクロソフトが組織した標準化団体には、主要な情報通信会社がこぞって参加している。つまり、ビル・ゲイツ会長はその技術開発力によって、アメリカ政府の中心的な政策の成否の鍵をにぎる位置についたのである。

 ビル・ゲイツは、アメリカの経済専門誌『フォーブズ』一九九二年一〇月号で長者番付の第一位にランクされた。今年(九四年)で三八歳。元旦にハワイで二百人の客を招待して結婚式をあげた。相手は自社の部長だという。ハーヴァード大に在学中に、一九歳のビル・ゲイツが友人と二人でソフト開発会社をつくった。そのちいさな会社が、世界最大の企業IBMから注文をうけて、さらに別の個人企業からゆずりうけたソフトに改善をくわえてつくったパソコン互換操作ソフトIBMーDOSの成功で、爆発的に発展した。自社でもおなじものをMSーDOS(マイクロソフト・ダーティ・オペレイション・システム)の商品名で売りだした。この場合のD(ダーティ)を直訳すれば「卑劣」または「ズル イ」になる。『マイクロソフト・ウィンドウズ戦略のすべて』という本などではこのように(ダーティ)と注記しているのだが、私の友人のコンピュータ技師は「ディスク」(円盤)の頭文字のはずだという。本当はそうなのかもしれないが、それではちっともおもしろくない。アメリカ人はジョークがすきだから、ディスクをダーティに読みかえたのかもしれないし、その逆に、最初の命名のダーティでは冗談がすぎるから公式的にはディスクにしたのかもしれない。いずれにしても、それぞれの社が独自に開発して客をかこいこんでいたコンピュータ・システムに「ズルイ作戦」で「互換性」をあたえ、オープン・システムへと転換させた功績はおおきい。MSーDOSにつづいてマイクロソフトが世界を席巻中の主力互換OS(オペレイション・システム)は、モニター画面を窓のようにくぎったりして操作する「ウィンドウズ」シリーズである。

 だが、マイクロソフトのこれまでの成功は、パソコンを操作する企業や特殊な仕事をする個人の存在を前提にしている。情報ハイウェイ構想では、その範囲をさらにひろげて、各家庭にはいりこもうとしている。たしかに、そのために必要な技術は十分以上に開発されているようだ。しかし、技術的な可能性があるからといって、かならずしもそれが経済的に成功するとはかぎらないのである。


(8)日米ともニューメディアで政策的詐欺と失敗の歴史