ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証
『クリントンが作り上げた〈空爆〉支配の正体』
2000.2.4
Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。
『週刊プレイボーイ』がユーゴ戦争に関して、これほど長期の連載を続けるとは、私も連載開始当初には、予想していなかった。今回と次回の「総括編」で終了となるが、ここでついに出てきたのが私の長年の持論の「カスピ海石油資源争奪戦」である。現地取材をしているだけに、私のホームページの「ユーゴ戦争特集」よりは裏話が多いが、双方を読まれた方は、その類似に驚くであろう。
実は、この『週刊プレイボーイ』の連載が開始されて以来、私が匿名の執筆者ではないかとの問い合わせが何件かあった。しかし、そうではない。私は、昨年7月31日、ニューヨークで開かれた国際行動センター(元米国司法長官、ラムゼー・クラーク代表)主催の独立戦争犯罪法廷に参加した以外、ずっと日本国内にいた。
上記特集を開始した時期に、たまたま、新宿情報発信基地こと激論酒場、ロフトプラスワンで『週刊プレイボーイ』の記者ら何人かの若者と知り合い、わがホームページ特集を見よと告げたことまでは事実として証言できるが、その記者ばかりでなく、『週刊プレイボーイ』関係者からは何らの連絡も受けていない。
『週刊プレイボーイ』(1999.12.14)
《迷走のアメリカ》総括編・第1回クリントンが作り上げた〈空爆〉支配の正体
米国政界の内部でも出始めた〈制裁戦争批判〉。
結局のところ、空爆とは何だったのか?[写真説明]:
1) アメリカの「戦争犯罪」を告発し続ける元米国司法長官、ラムジー・クラーク氏
2) 「ひとりの戦死者も出さずに戦いに勝つ」それが空爆に課せられた使命だった
3) 戦後のユーゴでは、ロシア(上)、イギリス(右上)など列強諸国の主導権争いが続いている
民族浄化事件の真相、KLAのおぞましき実態、劣化ウラン弾による放射能汚染の恐怖、欧米列強が狙ったコソボに眠る天然資源など、今まで日本ではほとんど報道されてこなかったユーゴ空爆の「もうひとつの真実」を次々に暴いてきた筆者が、連載の締めくくりにあたって足を運んだ場所、それはアメリカだった。アメリカ人たちは、一体、ユーゴ空爆をどのように評価しているのか。“空爆した側の真実”に迫る。
(取材・文/河合洋一郎)
拒絶されたクリントン訪問
11月19目夜、ギリシャの首都アテネで暴動の火の手が上がった。5日間のトルコ訪問を終え、エアー・フォース・ワンでアテネ空港に到着したクリントンに対する手荒い歓迎だった。NATOのユーゴ空爆中、ギリシャでは国民の90パーセントが空爆に反対していた。ユーゴはギリシャと同じ東方正教会の国であり、歴史的に両国は深い関係で結ばれていたからだ。
ギリシャ政府は、こういった事態が発生することを予測し、クリントンに訪問を中止するように要請していた。が、アメリカ側はギリシャ訪問に執拗にこだわった。そして、万全のセキュリティを期すため、延期の末、滞在時間を22時間にまで短縮し、クリントンのギリシャ訪問は決行されたのである。
アメリカがここまでギリシャ訪問にこだわったのには理由があった。ユーゴ空爆によって、ギリシャが独自の安全保障の道を模索し始めていたからだ。ギリシャは隣国のトルコとキプロスやエ-ゲ海の島の領有権などをめぐって長年、対立してきたのは周知の事実だ。そのギリシャにとって、ユーゴ空爆は自国の安全保障を脅かすもの以外の何物でもなかったのである。
空爆によってセルビア軍がコソボから追い出されれば、次にくるものはイスラム教徒であるアルバニア系住民によるコソボの独立である。それだけではない。独立が達成されれば、今度はアルバニアとマケドニアのアルバニア人居住地域が合併して大アルバニアの構築に突っ走り始める可能性がある。そうなれば、ギリシャは東のトルコのみならず南部でもイスラム勢力と対峙することになってしまうのだ。
当然、トルコは対ギリシャ戦略の一環としてアルバニアへの軍事援助をトップ・プライオリティ(最優先事項)として続けており、KLA(コソボ解放軍)の軍事訓練にも関係してきた。NATOに自国の基地を使用させることを許したとはいえ、ギリシャ政府がユーゴ空爆に強い不満感を表明していたのは、単にセルビア人が同じ宗派のキリスト教徒であるだけでなく、こういった背景があったのだ。
この南の潜在脅威に対するギリシャ政府の反応は素早かった。ユーゴ空爆が終了した数週間後、トルコの西部国境に接するイラン、そしてアルメニアと軍事協力協定を結ぶと発表したのだ。包囲される前にトルコを東西から挟み撃ちする戦略に出たわけだ。協定の調印予定日は7月12日だった。
これに慌てたのがアメリカである。3国軍事協定が実現すれば、一気にギリシャとトルコの関係が緊張し地域は不安定化する。そうなればアメリカがこの地域で推し進めてきたある戦略に重大な支障をきたすことになってしまう。言うまでもない、今世紀最後のグレート・ゲームといわれるカスピ海の石油争奪戦である。特にトルコ経由で地中海へ石油を輸送するバクー・セイハン・パイプラインの建設に多大な影響を及ぼすのは必至だった。
アメリカは即座にギリシャ政府に強烈なプレッシャーをかけ始めた。その結果、現在に至っても3国協定は実現していないが、そのダメ押しが今回のクリントンのギリシャ訪問だったと見て間違いない。クリントンはギリシャ入りする前にトルコを訪問し、そこでまずトルコ経由のパイプライン建設を最終的に正式決定させているからだ。ギリシャにトルコの安全を脅かすような真似は絶対にさせないという明確な意思表示である。ギリシャにすれば、とんだ手土産だったはずだ。
元米司法長官の空爆批判
アテネでクリントンはエーゲ海とキプロスをめぐる争いを解決するように呼びかけ、今後、アメリカが積極的にこの問題に関与していく姿勢を明らかにしたが、笑止千万なのは、その解決法としてハーグの国際法廷の調停、ないしは国際的に認められた紛争解決方法をとるように提案していることだ。国際法や国連憲章を完璧なまでに無視してユーゴ空爆を行なった国の大統領が他国に対してよくもそのようなことが言えるものだ。
アメリカは、クリントンの言う国際的に認められたルールに自分たちだけは拘束されないと思っているようだ。去年7月、ローマで世界120ヵ国が承認した国際犯罪法廷の設置にアメリカが強烈に反対したことでもそれがわかる。アメリカの指導者や軍人が国際犯罪法廷で裁かれる恐れがあるからだ。
それにしてもニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)とはよく言ったものである。結局、この言葉は新しい世界秩序の意味ではなく、新世界(アメリカ)による秩序ということなのだ。
ユーゴ空爆におけるアメリカの行為を国際法の観点から痛烈に批判しているひとりのアメリカ人がいる。ジョンソン政権下で司法長官を務めたラムジー・クラークだ。92年、インターナショナル・アクション・センター(IAC)という反戦組織をニューヨークに設立して以来、イラクに対する経済制裁を含め世界各地でアメリカが行なう軍事行動に対する反対運動を繰り広げてきた男である。
アテネで暴動が起きた19日の夕方、私はワシントンからシャトル便でニューヨークへ飛び、マンハッタンの12番街にあるIACのオフィスで彼と対面した。すでに71歳という高齢だが、今も現役バリバリで世界中を飛び回って精力的に活動している。このインタビューの2週間ほど前にベオグラードでミロシェビッチと会見し、その後、ペルーへ飛び、3日前に帰国したばかりだった。
この年齢で、よくそれだけエアー・トラベルができると感心するが、やはり時間の感覚は狂いが生じているらしい。どの国へ行き何をしたかは覚えているが、それがいつだったかということがなかなか思い出せないのだ。これは年齢のせいではなく、毎月、何度も日付変更線を越えている者に共通してみられる兆候である。原因は私にはわからないが、おそらく体内時計の変調が関係しているのだろう。そのことを指摘すると、彼は笑って、
「そうだね。だから私はいつも必ず日付をメモしておくようにしている。だが、飛行機に乗らないわけにはいかない。まだまだ世界中でやらねばならないことが山積しているからね。我が国政府ながら、まったく次から次へと問題を起こしてくれるものだ」
インタビューを始めよう。クラークは、ユーゴ空爆は極度に危険な前例を作ってしまったと前置きし、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
欧米リーダーに対する告訴状
「ユーゴ空爆は国連憲章に完全に違反する行為だった。それにNATOが戦闘行為を行なう場合には国連安保理の許可が必要なはずだった。つまり、国連憲章のみならずNATOの規約にも反する行為だったのだ。それもNATO加盟国が攻撃される場合にのみ防衛のために軍車力を行使できるはずだった。
が、ユーゴのケースでは侵略の危険にさらされたNATO加盟国はひとつもない。あれは国際法的には内政千渉以外の何物でもなかった。これほど国際法を無視した行為はないだろう。そもそもNATOという組織は冷戦の産物なのだ。ソ連が崩壊したことでその存在意義も消滅したはずだった。それがいつの間にか世界の警祭官の役割を果たし始めたのだ」
クラークは一通の書類を取り出して私の前に置いた。IACが作り上げた告訴状だった。被告にはクリントン、オルブライト国務長官、ブレア英首相、シュローダー独首相などの名前がズラリと並んでいた。罪状はニュルンベルグ裁判、ハーグ規定、ジュネーブ協定その他国際法に基づく人道に対する犯罪、戦争犯罪、平和に対する犯罪となっている。
そこには民間ターゲットの攻撃、禁止された武器の使用、国家元首の暗殺未遂、国連の平和維持機能の破壊などユーゴ空爆で国連憲章や国際法に抵触したアメリカとNATOの行為が20近く挙げられていた。もちろん、これを審議できる法廷など世界に存在しない。国際戦犯法廷で裁かれるのは、あくまでも敗者のみなのだ。
クラークによると、NATOほど世界の警察官として相応しくない組織はないという。
「NATOは自人国家によって構成されている。それも先進国だけだ。白人など世界では少数派に過ぎない。また、NATO諸国はアメリカと同盟関係にある。つまり、アメリカに代表される白人の利益だけしか考えていない組織なのだ。
特に今回の空爆ではNATOはアメリカの都合のいいように利用される組織であることも露呈してしまった。これは空爆の実態を見れば一目瞭然だ。一応、NATO軍による空爆という体裁はとっていたが、空爆の90パーセントはアメリカ軍によって行なわれた。そして、空爆などより危険性の高いコソボでの軍の地上展開ではKFOR(コソボ平和維持部隊)を作り、主にNATO諸国の兵士を使った。一番難しい部分はNATO諸国に押しつけたわけだ」
ここから話題はアメリカがユーゴ空爆に踏み切った動機に移った。セルビア人による民族浄化をストップさせるという公式な理由は、この連載で再三、述べてきたように単なるこじつけに過ぎない。真の動機については多くの人間から様々な説を聞かされてきたが、アメリカ政府内部のトップにいたことがある彼がどう見ているのか興味があった。
「まず知っておかねばならないのは、今回の空爆のような大きな政策が決定される時には常に様々な要素が関係しているということだ。原因は決してひとつだけではないのだ。政府にいた時の経験からもわかるが、アメリカ内部の様々なグルーブがある結果を望んだ時、少しずつアメリカはその方向に進んでいく。
結果論になってしまうかもしれないが、91年から現在までの事態の進展を見ると、アメリカの目的はユーゴをできるだけ細かく分断することにあったことがわかる。軍部からすればソ連崩壊後、バルカン半島という戦略的要衝にスラブ民族の国家が存在し続けるのは、その世界戦略を遂行するにおいて目障りなことだった。ビジネス界にとっては、ユーゴをできるだけ小さく分割して経済的に弱体化させれば利益を得るチャンスが広がる。諜報界にもなんらかのメリットがあっただろう。私にはそれが何かはわからないがね」
こうしたアメリカの思惑が、スロベニアやクロアチア、そしてボスニアやコソボのイスラム教徒などユーゴ連邦からの分離を望む勢カの利害と合致することで現在の混沌とした状況が作り上げられていったわけだ。
繰り返されるアメリカの残虐な“偽善”
もうひとつ重要な動機がある。それは存在意義を失ったNATOに再び命を吹き込むことだ。NATOの役割を拡大するには、協議して決めるより、まず前例を作ってしまったほうが手っ取り早い。話し合いなどしていれば必ず反対意見が飛び出してくるからだ。そして、その絶好のターゲットがユーゴだったのだ。
最後に、今後、ユーゴ情勢はどう進展するか聞いてみた。意外なことに、彼はコソボがすぐに独立を勝ち取ることはないと見ていた。
「コソボではこのままの状態がしばらく続くはずだ。アメリカは問題の解決をできるだけ先延ばしにしようとするからだ。つまり、イラクで行なわれていることが繰り返されるということだ。まだユーゴの完全な分割は終わったわけではない。モンテネグロが残っている。そのためには現在の混乱状態をできるだけ維持しユーゴにダメージを与え続けるほうがいいのだ」
*
11月23日、クリントンは外遊の最後の訪問場所であるコソボを訪れた。アテネで民族浄化を食い止めるために空爆の決定を下したのは正しかったと言い切った彼は、アメリカ軍の駐屯地であるキャンプ・ポンドスティールで米兵、そしてコソボの子供と母親たちの前でこう演説した。
「あなた方に対して行なわれた(セルビア人による)不当行為を忘れることはできないだろう。誰もそれを忘れろと強制することはできない。しかし、忘れるように努力してほしい…我々は戦いに勝利した。が、平和を勝ち取ることはあなた方にしかできないのだ」
まさに平和の使徒気取りだが、テレビのスクリーンに映し出されているのは、セルビア急進党党首ボイスラフ・シェシェリがいみじくも言ったように、自らの犯した最大の犯罪現場に戻ってきた犯罪者の姿でしかなかった。この演説ほど私の耳に空々しく聞こえたものは過去になかった。どうやらクリントンはコソボでセルビア人の民族浄化を行なっているのはアメリカが育て上げたKLAだどいうことを忘れてしまったらしい。そして、すでにコソボの住民たちは完全にKLAに背を向けているということもだ。
本来ならばクリントンはベオグラードヘ行き、セルビア人に対してこの演説を行なうべきだった。悪魔に仕立て上げられた上、国土を破壊されたセルビア人にこそ、アメリカが行なった不当行為をできることなら忘れてほしいと彼は懇願すべきだった。
私はアメリカの国旗を振る子供たちの歓呼に応えているクリントンの姿を見ながら、この対象を間違えた無意味なスピーチがこれから何度、アメリカ大統領によって行なわれることになるのだろうかとふと思った。
(以下、次号)
以上で総括編1.終わり。総括編2.に続く。
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