『週刊プレイボーイ』《迷走のアメリカ》ユーゴ空爆編 13

ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証

『ヨーロッパが狙ったコソボの《眠れる天然資源》』

2000.1.7

Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。

 この回のテーマの《眠れる天然資源》に関しては、大手紙報道もあった。それも狙いのひとつではあろう。しかし、私は、すでに別途記したように、主要な狙いは、旧ソ連崩壊後、もしくは歴史的には、それ以前からのカスピ海石油資源への接近路としてのバルカン半島の位置付けの方を重視している。現在、アゼルバイジャン、グルジア、トルコ経由のパイプライン敷設が関係各国の調印まで進んでいるが、これも、猛反対でチェチェン攻撃中のロシアを意識した迂回路であって、建設コストは非常に高くつくし、ルートの途中での販売には不利であり、特にヨーロッパ諸国にとっては望ましくないルートだったのである。

興味のある方は、下記URLを覗いて頂きたい。
『ユーゴ侵略vsチェチェン侵略&カスピ石油パイプライン』
http://www/jca/apc/org/~altmedka/yugo-16.html

 同じシリーズで、この前にも、何度もカスピ海石油問題を論じている。石油資本が中心のアメリカでは、最早、論ずるまでもない常識のようである。私は、この狙いについての質問に対して実に気軽に、「カスピ海の石油ですとも、もちろんですよ」(Caspian oil! Yes, of course.)とだけ答えるアメリカ人と、ニューヨークでも東京でも会って、意気投合している。なお、courseの基本的な意味は「進路」である。


『週刊プレイボーイ(1999.11.30)
《迷走のアメリカ》第4部「ユーゴ空爆」編・第13回

ヨーロッパが狙ったコソボの《眠れる天然資源》

NATO空爆の本当の狙いはここにあった…

[写真説明]:

1) 和平合意後、KFORとして真っ先に乗り込んできたのがロシア軍だった

2) セルビア司法省長官のドラゴリュブ・ヤンコビッチ氏

3) セルビア共和国情報省次官のミオドラッド・ポポビッチ氏

4) NATO軍の非道な攻撃を物語る旅客列車への空爆。「誤爆」のひと言で片づけられてしまったが…

5) 米国最新鋭の爆撃機、B2ステルス機によって爆撃された中国大使館。真相は闇の中だ

6) NATO軍機による民間人への狙い撃ちを示す写真

(写真提供/ユーゴスラビア外務省)

 空爆の理由とされた「民族浄化」事件に関する大嘘、欧米マスコミに「フリーダム・ファイター」ともてはやされたKLAのおぞましき実体、「人道的な軍事介入」とされた空爆に使われた劣化ウラン弾の恐怖など、日本ではほとんど報道されてこなかったユーゴ空爆の「もうひとつの真実」。なぜ欧米諸国はこれほどまでにコソボにこだわったのか? バルカンの聖地に隠された秘密とは? 最大の謎に迫る!

(取材・文/河合洋一郎)

暴かれた「犠牲者10万人」の嘘

 ユーゴ空爆の口実となったセルビア人によるアルバニア系住民の大量虐殺という虚構のガラスに入った亀裂は時を追うごとに拡がりつつある。前号の冒頭で述べたように、すでにイギリス政府は主要マスコミを使ってヒビ割れの修復に躍起になっているが、アメリカでもその兆候が少しずつ出始めた。

 まず第1の兆候は11月9日付のワシントン・タイムス紙である。そこで東ティモールとコソボで虐殺された人の数が大幅に水増しされていた事実が報じられたのだ。その内容は、空爆中、アメリカ政府高官は10万人がコソボですでに殺害されたか行方不明になっているど発言し続けていたが、実際に殺されたのは約10分の1というものだ。これがサンデー・タイムス紙同様、空爆弁護のために書かれた記事であることは一目瞭然である。

 同紙の記者は、数字の水増しは空爆を正当化する政治的な意味合いもあったが、混乱したコソボの状況下では正確な数字を割り出すことができなかったのが主な原因としている。それはともかく、問題はこの記事が犠牲者の数を9269人としている点だ。これは和平合意直後、コソボ入りしたKFORが発表した1万人という数字とほば同じである。

 つまり、数字に誇張はあったが大量の民族浄化があったことに変わりはないということを、KFORの数字と合わせることで、この記事は主張しているわけだが、これは数字のマジックに過ぎない。なぜなら、その数字の内容、すなわち犠牲者の死因は一切示されていないからだ。虐殺なのが戦死なのか、民間人なのか兵士なのかもわからない。それが、この9269人という数字なのだ。

 ワシントン・タイムス紙の数字の情報源は「人権のための医師団」の人間となっているが、なぜ彼らがこのような正確な数字を割り出すことができたのかは一切不明だ。UNMIK(国連コソボ暫定統治機構)のクシュネル代表でさえ、この記事が掲載される数日前に行なわれたアナン国連事務総長との会談後の記者会見で、虐殺された人の数は5千人から2万人と言っているのだ。

 これまで犠牲者数は1万人と言い続けてきたクシュネルが、ここにきてその下限を5千人に修正したのは、虐殺を否定する事実が次から次へと出てきているからに他ならない。その代わりに上限を2万人にしたのはご愛矯だが、彼は、コソボ南部では毎週、死体が多数埋まった新たなマス・グレイブ(虐殺墓地)が発見されている、などと余計なことを言ってしまっている。UNMIK代表たる者が、すでにマス・グレイブの発掘は来年の春まで中断されたということを忘れてしまったようだ。

 アメリカの対ユーゴ政策にも微妙な変化が現れ始めている。国務省がユーゴに対する経済制裁の部分的解除の条件をミロシェビッチの排除ではなく、公平な大統領選拳の早期実施に変えたのである。オルブライト国務長官が、公平な選挙ではミロシェビッチ再選は絶対にあり得ないと述ベていることから、アメリカはあくまでミロシェビッチ排除を狙っているのは明らかである。しかし、表面上だけでも要求をトーンダウンさせたのは、これ以上のゴリ押しはアメリカの国益にマイナスになるという判断がクリントン政権内部で下されたとみていい。事実、アメリカにとってユーゴ空爆はバルカン半島の周辺諸国やCIS諸国に関することで思いも寄らなかった負の副産物を呼んでいるからだ。

「ユーゴ連邦解体」の秘密工作

 今、私のデスクに1通の電子メールがある。私はこれを空爆終了直後にヨーロッパの友人から入手した。筆者はドイツ情報部高官となっており、彼はこれ以上、ユーゴ空爆の欺瞞を胸の内に秘めておくことはできないと、冒頭の部分で執筆の動機を記している。

 私の友人はドイツの民主社会党からこのメールを入手したという。非常に興味深いものなので、その内容をここに記す。

 彼の説明は、空爆開始後に始まったアルバニア系住民の大量脱出が操作されたものであるという解説から始まり、NATO軍のKLA支援、ランブイエ交渉と続けているが、最も重要な部分は最後である。

 そこで彼はクリントン政権発足当初からアメリカとドイツの情報機関が行なってきた対ユーゴ工作について語っているのだ。作戦のコード名はオペレーション・ルーツ。

 作戦目的はユーゴ連邦の切り崩しである。そのためにコソボ(自治州)、ボイボディナ地方(自治州)、そしてモンテネグロ(共和国)をユーゴ連邦がら分離させるのが最終目的だった。筆者は告発の最後を、この作戦の背景には、ユーゴ連邦がエリツィンの引退後、ロシアで政権をとる可能性のある共産党や極右勢力と結びつくのを阻止する意図があったと締めくくっている。

 が、もしユーゴ空爆がオペレーション・ルーツの総仕上げだったとしたら、残念ながらCIAの目論見は見事に外れだといえる。なぜなら空爆はロシア国民の間で反アメリカ感情をたぎらせる結果となり、共産党や極右への追い風にしかならなかったからだ。

 それよりもさらに重要な動きがある。折から再燃したチェチェン紛争のあおりを受けて、軍と諜報界の代表であるプーチンが首相に就任したことだ。ロシア経済の混乱と国際的な地位の低下を立て直すために軍と諜報部が本格的に動き出したということである。アメリカは共産主義者や極右などよりもっと手強い相手を作り出してしまったわけだ。

 これまで私はべオグラードでKLAの実態や空爆がもたらした影響などを取材してきたが、最後に知りたかったのはユーゴ政府が今後、コソボに対してどのような政策をとっていくつもりなのかということだった。取材を行なった9月半ばの時点でコソボがすでに独立の方向に邁進しつつあるのは明白だった。

 セルビア人にとってコソボは聖地である。これを我が日本に置き換えれば、京都が分離独立しようとしているようなものだ。果たしてコソボが近い将来、独立宣言した時、ユーゴ政府はいかなる措置をとるつもりなのかぜひ知りたかった。

 まず最初に私がこの疑問をぶつけたのは、セルビア共和国情報省次官ミオドラッド・ポポビッチだった。彼は元ジャーナリストらしくラフな格好をしており、まだジャーナリストには仲間意識があるのか、すぐに打ち解けて話し始めた。彼は私の取材経過を訊ね、自宅を強奪されてコソボから逃げてきたセルビア人女性の話をすると、

「強盗のような真似をしているのはアルバニア人だけじゃない。KFORもだ。ドイツ軍管轄区にはコソボ・ワインの生産工場があるが、ドイツ軍はそこに保管されていたワインすべてを押収し、勝手に国際マーケットで販売している。コソボの発電所の電気はアルバニアへ送電されているしな。もちろん、我々にはなんの断りもなしにだ。法的にはコソボはまだセルビア共和国の一部であるにもかかわらずにだ」

コソボに眠る莫大な天然資源

 アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアと分割されたKFORの5軍区を見ると非常に興味深い事実が浮かび上がってくるという。なぜなら各軍区ども担当国が過去に資金を投資してきた工場などがある場所だからだ。

 コソボ紛争の経済的側面は、空爆のダメージから回復するのにどれくらい資金がかかるのかといったことしか報道されないが、これまで世界のマスコミが見逃してきた重要な事実がある。

 コソボの大地に眠る莫大な天然資源である。例えば、以前、この連載でも少し触れたトレプチャ鉱山だが、ここには膨大な量の金、銀、鉛、亜鉛、カドミウムなどが埋蔵されており、去年5月にはギリシャのミティリナイオス社がセルビア政府からこの鉱山に眠る資源の3分の1を販売する権利を5190億ドルで獲得している。残りの3分の2が同レベルのプライスで売られれば、向こう5年間でセルビア政府は天文学的な数字の収益を見込めるはずだった。

 それだけではない。コソボには170億トンの石炭が埋蔵されており、これは20年間アメリカで消費される石炭を賄うことのできる量なのだ。事情通の間でコソボが“バルカン半島のクウェート”と呼ばれるのはこのためだ。

 そして、前述のオペレーション・ルーツでアメリカとドイツがユーゴがらコソボを切り離そうとした理由もここにある。セルビア政府最大の収入源であるコソボの天然資源、そして、ボイボディナ地方の食糧、そしてアドリア海への出口であるモンテネグロが切り離されればユーゴは世界の最貧国の仲間入りをせざるを得なくなるからだ。

 穿った見方かもしれないが、NATO軍がユーゴに思う存分ミサイルと爆弾をブチ込めたのは、再建に必要な資金(2千億ドルともいわれる)がトレプチャ鉱山に眠っていることを知っていたからだろう。彼らからすれば最初から「モトがとれる戦争」だったというわけだ。

 インタビューに戻ろう。

 ここで私はコソボが近い将来、独立した時、ユーゴ政府はどのような対応に出るのか訊いてみた。

「もちろん、コソボの独立には反対するが、我が国の政府はセルビア共和国に住む1千万人の国民の安全を考えねばならない。アメリカが次に何を狙っているのかはもう明らかだ。ユーゴ連邦を叩き潰すことだ。コソボが独立宣言した時に我々がへたに動けば、アメリカに我々を再度、攻撃する絶好の口実を与えてしまう…」

 彼はひとつ大きく溜め息をついてから続けた。

「考えてもみてくれ。第2次大戦の時にアメリカに国土を徹底的に破壊された日本人ならわかると思うが、我々は途方もない敵を相手にしているのだ。アメリカは世界唯一の超大国であるだけでなく、自国の外交政策を推し進めるためなら他国の人間の命などハエほどにも思っていない。

 オルブライトがイラク情勢について語った言葉を思い出してほしい。サダムを追い落とすための経済制裁で毎月、5千人の子供が死んでもそれは仕方がないと平然と言い放つ人間が国務長官を務めているのだ。我々から見ればアメリカはテロリスト以外の何者でもない」

 その口調には牙を剥き出しにしたアメリカに襲いかかられた恐怖心がにじみ出ていた。

「我々は100年後にコソボを取り戻す」

 セルビア共和国情報省次官ミオドラッド・ポポビッチはコソボだけではなくセルビアの国民全員のことを考えねばならないと言ったが、それは彼のように平衡感覚を持った人間の意見である。ボイスラフ・シェシェリのセルビア急進党に代表される極右勢力がコソボ独立をただ指をくわえて見ているとは思えない。それを指摘すると、彼は首を横に振りながら、

「違うね。ここで断言してもいいが、極右の暴走は絶対にない。確かにシェシェリの急進党はコソボ独立にいい顔はしないだろう。だが、彼らは単なる極右ではない。思想は右だが、それ以上に現実主義者でもある。そうでなければこの国の有力政党にのし上がることなどできなかったからね。安易に動けば、急進党どころか国の破滅につながるということを彼らはよく承知している」

 彼の言葉を聞きながら、私はユーゴ政府がすでにコソボを諦める方向に進みつつあると思い始めていた。しかし、それはとんだ早合点だった。彼が続けて言った言葉に、私はさすがに民族性の違いを痛感せざるを得なかった。

「恐らく今の状況が続けば我々はコソボを失うだろう。しかし、我々がコソボを失うのはこれが最初じゃない。セルビアの長い歴史の中で、何度もコソボを外国勢力に奪われてきた。それがいつになるかわからないが、50年後、100年後にまた取り戻せばいいのだ」

 こういった考え方をするセルビア人は多くいる。彼の後にインタビューしたユーゴ連邦の情報省次官ウラジミール・イリッチやセルビア司法省長官のドラゴリュブ・ヤンコビッチも、コソボが独立に踏み切った時にセルビア政府がどうするかについては、その時になってみなければわからないとしながらも、最後にはポポピッチど同じことを言っていた。

 さすがに“ヨーロッパの火薬庫”と呼ばれた戦乱のバルカン半島を生き抜いてきた民族だけあって、島国に住む我々と違い長いタイムスパンで物事を捉えることのできる能力があるのだろう。バブルの時には浮かれ騒ぎ、それが弾けると第2の敗戦などといって右往左往するわれわれ日本人も、少しこの逞しさを見習うべきなのかもしれない。

 ベオグラードを去る前夜、私はセルビアの通信社タンユグの記者ブランカと中華レストランで再び遅い夕食をともにした。浮かない顔をしているので、どうしたのかと訊ねると、病院の検査で胸に腫瘍ができているのが判明したという。まだ悪性がどうかわからないと繰り返し言っていたが、その顔色から判断するどどうやらガンらしかった。どう慰めていいかわからない私に、彼女が努めて明るい口調で、

「ボスニアでもクロアチアでも何度も戦場の取材をしてきたけど、運良く地雷も踏まなかったし、スナイパーの弾丸にも当たらなかった。それがこんなことになるなんて、人間の運命なんてわからないわね」

 劣化ウラン弾という言葉が口から出かかったが、押し留めた。コソボを駆けずり回って取材していた彼女は放射能の塵をかなり浴びているはずだった。彼女自身、そのことは知っており、傷口に塩をなすりつけるような真似はしたくなかったからだ。

 それから、彼女は食事もそっちのけで憑かれたようにコソボ情勢について語り続けた。私は店が閉まるまで、もう会うことはないであろう女が命を的にして取材してきた情報に耳を傾け続けた…。

(続く)[翌週は休載]


以上で(Playboy-13)終り。次回「総括編」1.に続く


playboy総括編1
『週刊プレイボーイ』連載一括リンク
緊急:ユーゴ問題一括リンクへ / 週刊『憎まれ愚痴』49号の目次
基地の出城の大手門高札に戻る