ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証
『コソボ解放軍と麻薬密輸マフィア』
1999.10.1
Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。
『週刊プレイボーイ』(1999.9.21)
《迷走のアメリカ》第4部「ユーゴ空爆」編・第4回マフィアに汚されたコソボの大地
偽わりの「フリーダム・ファイター」コソボ解放軍と
ヨーロッパ・マフィアを繋いだ黒い影の正体とは?写真説明:
1) セルビア人に対する虐殺事件が明らかになった時、ミロシェビッチは米国とNATOを厳しく非難した
2) セルビア人によって殺されたアルバニア系住民の追悼集会で警護にあたるKLA
3) ヨーロソパで摘発されるヘロインは後を絶たないが、その陰にKLAの活躍があることを知る人は少ない
4) アルバニア人には絶対の人気を誇るKLA。兵役を志願する少年たちも多い
5) KLAリーダー、ハシム・タテと抱擁するオルブライト米国務長官。両者の親密な関係が露骨に表れた写真だ
写真提供/ロイター
反ユーゴ戦略のため、1997年、CIAによって作り上げられた武力組織であり、犯罪マフィアやイスラム原理主義者が主要メンバーとして参加している“危険な”集団……。米国の諜報関係者たちの証言によって明らかにされていく「正義のゲリラ」(コソボ解放軍)の正体。独自の取材網を駆使した国際ジャーナリスト・河合洋一郎の「ユーゴ空爆の真実」を求める取材は続く……。
(取材・文/河合洋一郎)
黙殺される「セルビア人に対する民族浄化」
6月にKfor(コソボ国連平和推持軍)がコソボに進駐して以来、マス・グレイブ(虐殺墓地)の発見が相次いでいる。それによって、「セルビア人に虐殺されたアルバニア系住民1万以上」というKforが当初発表した数字は住民の証言のみに基づいた、なんの根拠もない数字であり、実際に殺された人間の数はそれより遥かに少ないことが露呈しつつある。
Kforの当初の発表は、NATOによる空爆を正当化するためのプロパガンダ的要素の強いものだったのは確実である。現に8月26日、それを裏付ける事実が発覚している。
Kforは「アメリカ軍区のウグリャレという場所で15人の死体が埋葬されたマス・グレイブを発見した」と発表したのだが、なぜかそれは実際に発見されてから1ヵ月以上経ってからだったのだ。
なぜKforは発表を遅らせたのか。死体がすべてセルビア人のものだったからである。死体が教会などに運ばれてきたことで事実が発覚してしまったが、それがなかったらKfor側は永遠にこのことを隠し続けていたに違いない。“被害者はアルバニア系住民、悪役はセルビア人”というイメージを徹底的に植えつけようという意図がありありと見受けられる。
ヨーロッパではこういったセルビア人を一方的に悪役とする現状に批判の声を上げる者も多く、最近では元NATO事務総長だったイギリスのキャリントン卿が雑誌のインタビューの中でクロアチアで起きたセルビア人に対する民族族浄化を挙げ、セルビア人を擁護する発言を行なっている。キャリントンの言う民族浄化とは、1995年8月にクロアチア軍がクライナ地方に住むセルビア人をターゲットに実行したオペレーション・ストームである。この作戦で20万人近くが難民となり、ユーゴに逃げ込んだが、アメリカやヨーロッパ諸国はこの行為を黙殺したのだ。
当時、米国防総省の依頼でミリタリー・プロフェッショナル・リソースィズ社というアメリカの傭兵斡旋会社が退役軍人たちを派遣してクロアチア軍を訓練していたことから、この民族浄化作戦がアメリカの暗黙の了解の下で行なわれたことに疑問の余地はない。
興味深いのは、この作戦で中心的役割を果たしたのは、あるコソボ出身の准将だったということだ。この男は軍を退役後、KlAに参加し、セルビア軍に対するゲリラ戦を指揮してきた。ユーゴ空爆が終わりに近づいた頃にKLAの軍事司令官に任命されあのアジム・チェクである。
こういうセルビア人に対する民族浄化を行なった前歴のある男を司令官に就任させたアメリカの意図は明白である。コソボでセルビア人とアルバニア人の平和共存をさせるつもりなど最初からなかったということだ。
イスラム原理主義者をKLAに参加させた理由
連邦下院「テロ及び非通常戦争」タスクフォースのディレクター、ヨセフ・ボダンスキーヘのインタビューを続けよう。
前号でも述べたように、KLAは1997年にCIAとドイツの諜報機関BNDのイニシャチブにより、それまで別個に活動していた多くのアルバニア人組織をひとつにまとめあげて結成された。その時KLAに参加したグループは大きく4つに分けられるが、その中でも組織の性格に大きな影響を及ぼしたのがイスラム原理主義者とアルバニア系マフィアのメンバーたちだ。
それにしても、なぜCIAはイスラム原理主義者たちをKLAに参加させたのだろうか。去年8月にアフリカで発生したアメリカ大使館爆破テロ事件で、アメリカがウサマ・ビン・ラディンを世界最悪のテロリストに仕立て上げ、イスラム原理主義勢力を民主主義最大の敵とする以前の話だったとはいえ、すでに1992年のニューヨークの世界貿易センタービル爆破テロ以来、両者の対立の構図は明確となっていたはずだ。
また、1990年代に入ってイスラム原理主義組織の活動が活発になっているが、これは、アフガン戦争でCIAがソ連軍と戦うために各地から義勇兵として集まってきたイスラム原理主義者たちに様々な訓練を施したことが大きく関係している。ゲリラ・ファイタ-として最高の訓練を受けた彼らがソ連軍撤退後、故郷に戻り、その矛先をアメリカ、そしてアメリカ寄りの政策をとる自分たちの政府に向けてテロを開始したからだ。
KLA結成の時、彼らを排除しなかったCIAは過去のミスからなんの教訓も得ていなかったのだろうか。
その点を指摘すると、ボダンスキーは、
「いや、すぐに受け入れたわけではない。CIAはアルバニア人たちに、海外から潜入してきたイスラム原理主義者たちと袂を分かつよう指令したのだ。だが、彼らはその指令を無視した。CIA側もそれほどこの件についてはプッシュしなかった」
「なぜだ?」
彼は溜め息をつき、こう言った。
「諜報の世界というのは、それほど敵味方がはっきり分かれるものじやない……。ひとつ言っておこう。CIAはイスラム原理主義者との関係を断てと指示したが、犯罪組織との関係については何も言わなかったということだ」
世界最強の麻薬カルテルがKLAの資金源だった!?
彼の言いたいことはわかった。アメリカでは、KLAのような外国の反政府組織を支援する極秘工作に様々な法的な制約が課せられている。そのため、その組織に直接、金や武器を与えるのではなく、活動資金を麻薬の密売で得ることをサポートするといった方法がとられる。
その好例はイラン・コントラ事件で有名なニカラグアの反政府組織コントラへの支援だろう。彼らはCIAの援助によってコカインをアメリカに密輸して売りさばき、活動資金を得ていたのだ。
CIAはKLAを作り上げた時、活動資金は麻薬の密輸で調達するシステムを再び使う決定を下した。それには、すでに麻薬の密輸に関与していたアルバニア人マフィアが必要だった。
このマフィアと結びついていたのは、1995年のボスニアでのデイトン合意後、アルバニアに移ったイスラム原理主義者たちである。
すでに彼らはアフガニスタンでの活躍によって麻薬や武器の密売に関するノウハウやネットワークを持っていた。また、ヨーロッパに密輸されるへロインは、ゴールデン・クレセント(黄金の三日月地帯)と呼ばれるイラン、アフガニスタン、そしてバキスタンの3国で栽培されるケシから精製される。そのため、彼らを無理に排除するより参加を黙認したほうが資金調達工作に有利に働く……。おそらく、こういう計算がCIA内部でなされたのだろう。
このことがKLAという組織に与えた影響は大きかった。アルバニア人マフィアの組織への浸透を許し、資金源を握る彼らに次第にKLA内部の多大な〈権力〉を握られ始めたからである。
ここで、アルバニア人マフィアによるへロイン密輸活動について少し説明しておこう。
アルバニア人が麻薬の密輸に手を染め始めたのは最近のことではない。彼らは歴史的にトルコとイタリアの間で様々な物資の密輸を行なってきており、へロインもその商品のひとつだった。
ゴールデン・クレセントのケシはトルコで精製され、バルカン半島経由でヨーロッパに持ち込まれている。麻薬捜査関係者の間ではバルカン・ルートと呼ばれており、すでに1990年代前半よりコソボはヨーロッパに密輸されるへロインの一大中継点となっていた。
コソボのカミーラという麻薬カルテル(一大組織)は現在、その凶暴性から世界最強の麻薬カルテルといわれている。アメリカDEA(連邦麻薬捜査局)の見積りによると、毎月、ヨーロッパに密輸される約5トンのへロインは、その大部分がこのバルカン・ルートで入ってくるというから、まさに世界最大の麻薬ルートと言っていいだろう。
すでに述べたように、この麻薬カルテルはKLAと密接に関係しており、密売のあがりが武器購入資金に充てられてきた。
1998年夏、ミラノのへロイン密輸組織の大ボス、アジム・ガジがイタリア警察に逮捕された。この男はコソボの首都プリシユティナ出身で、ヘロイン密売の莫大な利益を使って、KLAメンバーである彼の兄弟たちのためにマシンガン、ロケット・ランチヤー、手榴弾その他の武器を大量に供給していた事実が判明しいる。
もちろん、これは氷山の一角に過ぎない。ドイツの麻薬捜査局は、コソボのへロイン密輸組織が年間15億ドルの密売利益をヨーロッパ各地の金融機関を使って洗浄していると報告している。
米国内で暗躍する新ヒットマンの正体
ボダンスキーによると、1997年にアルバニア経済を大混乱に陥れたあのピラミッド・スキーム(ねずみ講)事件もへロイン密輸組織が関係していたという。
「あのピラミッド・スキームは、もとはといえばアルバニア人マフィアが麻薬密売の利益をマネーロンダリングするために始めたものだった。それがアルバニアの政治不安が原因で急速に巨大化したため破綻してしまったのだ。ねずみ講の金はスイス、ドイツ、ニューヨークなどの銀行に送金されたが、一部はKLAにも流れている」
ピラミッド・スキーム事件でアルバニアの住民が暴動を起こした際、軍の兵器貯蔵庫から大量の武器が盗まれているが、その多くはKLAに渡ったという。
通常、バルカン半島の兵器のブラック・マーケットでドイツ・マルクが使われてるが、KLAはヘロインと兵器の物々交換も行なってる。相手はグルジアやアルバニアの犯罪組織で、ロシアとも直接取り引きしていることが確認されている。
KLAはマシンガンや手榴弾のみならず対空砲、対装甲車用砲弾、また電子偵察装置なども持っているが、それはすべてこうしたルートで手したものだ。
KLAのへロイン密輸についてボダンスキーの話を聞き続けたが、その口調は相変わらずモゴモゴと不明瞭だった。
彼のような、長年、機密情報に接してきた男には、こういった話は珍しくないのだろう。だが、話も尽きてきた頃、彼はボサボサになった髪の毛を右手でかき上げながら驚くべき事実を語り始めたのである。
なんと、KLAのメンバーがアメリカで“殺し屋”として活動しているというのだ。
「アメリカのイタリアン・マフィアは長年、犯罪界のトップに君臨してきた。しかし、近年、その戦闘能力が相対的に低下しており、オーガニザーシャ(ロシア系犯罪組織)、中国系やベトナム系犯罪組織など極度にバイオレントな新興勢力に押されっ放しでいる。それに対抗するために、彼らは凶暴さでは誰にも劣らないアルバニア人をアメリカに呼び寄せてヒットマンとして使っているのだ。そいつらはKLAのメンバーだ」
「…………!?」
「信じられない、といった顔つきだな。だが、これは事実なのだ。マフィアとの関係はKLAが実質的にコントロールしている。組織のトップがそのことを知っているかどうかはわからないがね。今、アメリカを一番悩ましているのが、この問題なのだ」
当然である。彼らが育てあげた誉れあるフリーダム・ファイターたちが自分たちの国で殺し屋をやっているなど絶対に認めるわけにはいかない。
できることといえば、KLAのメンバーが逮捕されそうになった時、警察に圧力をかけて事件をもみ消すことくらいしかない。
……我々はまたモンスターをつくり上げてしまったかもしれない……
私は、バルカン・エキスパートの友人マーシャルが言った言葉を思い出した。KLAのヘロイン密輸に関しては、ある程度知っていたが、まさかマフィアのヒットマンまでやっているとは夢にも思っていなかったからだ。
ボダンスキーが最後に言った。
「KLA内部の犯罪者グループは、すでにコソボ経済を牛耳り始めている。KLAに参加した時から、それが奴らの狙いだったのだろう。これからどうなるか見ものだな」
(以下、再来週号へ)
以上。
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