ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証
KLAマフィアから米政界に流れた『黒い金』
1999.11.19
Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。
『週刊プレイボーイ』(1999.11.2)
《迷走のアメリカ》第4部「ユーゴ空爆」編・第9回KLAマフィアから米政界に流れた《黒い金》
バルカン半島とアメリカの間に結ばれた“闇の同盟”。
そこには誰もが知る大物政治家の名も…写真説明:
1) 驚くべき内容を語ってくれた元セルビア警察麻薬捜査部長、マルコ・ニコビッチ氏
2) 疑惑の人として名前が挙がったドール氏。果たして、真相はいずこに…
3)「KLAを甘く見ていたツケを今度はアメリカとNATO諸国が払う番だ」(マルコ・ニコビッチ)
4) バルカン半島にコントロール不能のモンスターを作り上げてしまったクリントン大統領の責任は重い
5) コソボがヘロイン密輸の一大中継地点であることは関係者たちの間では周知の事実だ
6) KALの若きリーダー、ハシム・タチも、所詮はアルバニア人マフィアの傀儡にすぎない
戦争とは、武力による戦いがすべてではない。とりわけ、現代のような情報化社会においては世論を味方にするための戦い、すなわち情報操作も重要な戦術のひとつとなる。「コソボ空爆」とは、まさにそれが撤底して行なわれた戦争であった。アメリカとNATOが隠蔽し続けてきた「正義のフリーダム・ファイター」KLAの正体とアメリカ政界との黒い関係を元セルビア警察麻薬捜査部長が告発する!!
(取材・文/河合洋一郎)
エスカレートするKLAの暴走
コソボでは相変わらずKLAメンバーによる非アルバニア系住民たちへのテロが続いている。テロによって、すでに90パーセント近くの非アルバニア系住民がコソボの地を追われているが、KLA側の民族浄化作戦はついに最終段階に入ったようだ。
先月の終わりにコソボ・ポーリエの市場で発生した爆弾テロで見られたように、使用武器が手瑠弾に変わったのである。私が取材でべオグラードにいた9月中句頃、すでにセルビア人の家に手瑠弾が投げ込まれるといった事件が起き始めていた。脅迫されてもコソボを立ち去ろうとしない頑固なセルビア人に対して最後の手段に打って出た感がある。
KFOR(コソボ平和維持部隊)は、これまでどおりエスカレートするアルバニア系住民のテロを言葉で非難するだけで、なにもアクションを起こそうとしなかったが、今月11日、とうとう国連の職員に犠牲者が出てしまった。
バレンティン・クルモフという38歳のブルガリア国籍の国連職員がアルバニア系の若者たちに射殺されたのである。クルモフはその日、プリシュティナに到着したばかりだった。タ食後、街を歩いていた時、若者のグループにセルビア語で時間を聞かれた。その問いにセルビア語で答えてしまったのが命取りになった。クルモフはその集団に暴行を加えられた後、一発の弾丸で命を奪われたのだ。
まさに無法地帯と化しているとしか言い様がないだろう。さすがにヨーロッパ諸国はこの状況を真剣に憂慮し始めており、今度開催されるEU会譲でコソボのテロが議題のひとつとして話し合われることになった。
少しずつだが、事態はKLAの暴走を抑える方向に進みつつあるように思える。先週、そのことを示すもうひとつのニュースがイギリスで報じられた。サンデータイムス紙によってハーグの国際戦犯法廷がKLAの元軍事司令官だったアジム・チェクを戦犯として調査している事実がスッパ抜かれたのだ。容疑は95年、クロアチア軍在籍時に行なったセルビア人虐殺である。
以前、この連載でも述べたように、チェクはクロアチア軍時代からアメリカと非常に近い線にあり、NATOの空爆中に地上作戦を指揮させるために彼をKLAに送り込んだのもアメリカだった。
この時期にそれまで忘れられていたチェクの旧悪を国際戦犯法廷が調査し始め、それをマスコミにリークさせた意図は明白だ。独立したければ自重しろ、というアメリカからのメッセージである。
クリントン政権はすでに表向きにもコソボの独立容認という態度を打ち出している。アメリカとしてはできるだけ穏便に独立まで持っていきたいのだろう。
が、果たしてアメリカはKLAの暴走にストップをかけることができるのだろうか。傀儡でしかないリーダーのハシム・タチにその力はない。それができるのは、KLAの真の実力者であるアルバニア人マフィアのドンたちだけであろう。
アルバニア人・マフィアの血の結束
元セルビア警祭麻薬捜査部長としてアルバニア人マフィアと織烈な戦いを繰り広げた経験を持つマルコ・ニコビッチのインタビューを続ける。
彼はKFORがKLAのテロに歯止めをかけられないのは、アルバニア人のへロイン密輸組織に対する捜査が極度に難しかったのと同じ理由からだと説明する。
「KFORがコソボに進駐してから4ヵ月以上経っているが、彼らはコソボの多民族性を守るという任務を遂行することはできなかった。
KFORが意図的に職務を怠っているのかどうかは私は知らない。が、任務を忠実に実行しようとしても無理だろう。恐らくアルバニア人の間で何が行なわれているのかもKFOR側はつかめていないはずだ。我々プロの捜査官でも彼らの捜査は極めて困難だった。兵士などでは、彼らに太刀打ちできるはずがない」
彼はそう前置きして、麻薬密輸組織の捜査を指揮していた時代のことを語り始めた。ヨーロッパの麻薬捜査機関の間でコソボがへロイン密輸の一大中継地点となっているのが知られ始めたのは1985年頃からだった。トルコから持ち込まれたへロインはコソボでストックされ、注文に従って西ヨーロッパに密輸されるようになったのである。コソボが麻薬密輸のコントロール・セン夕ーとなったのだ。
この新たに登場した麻薬カルテルは、これまでの犯罪組織とはその性質が大きく違っていた。麻薬捜査の常套手段であり、かつ最も効果的な方法であるインフォーマー(情報提供者)の植えつけが彼らには通用しなかったのだ。
ニコビッチはその理由を、こう説明する。
「理由は4つある。まず第一に一族の絆が挙げられる。組織のメンバーすべてが血でつながっており、他所者は絶対に入れない。ちょうど、ひと昔前のイタリアン・マフィアのようなものだ。そして、その血族関係は彼らの社会に中世から存在する“レカ・ドゥカジニ”と呼ばれる秘密の掟に縛られている。それによって一族のルール、そして一族間の復響のルールなどが定められているのだ。例えば息子が警察に一族の秘密を漏らしたら父親が処刑しなくてはならない。
イタリアン・マフィアの掟などすでに有名無実化してしまっているが、アルバニア人社会ではそれがまだ脈々と息づいているのだ。それらに加えてアルバニア語という言葉、そしてイスラム教という宗教の障害もあった。このため我々に限らず、世界のどの麻薬捜査機関も彼らの組織にもぐり込むことがほとんどできなかった。
KLAの組織も基本的な構造はこれと同じなのだ。KFORが彼らの行動を抑制しようとしても、そうそう簡単にできるわけがない。それが可能なら我々も苦労はしない」
アルバニア人の麻薬密輸組織には、もうひとつの強みがあった。へロインが精製されるトルコ、中継地点のコソボ、そしてブツが捌かれるヨーロッパと、ヤクが流れていくルートすべてを同じ血族のメンバーが取り仕切っているということだ。世界でも全行程を一ファミリーで行なっているカルテルは他にはない。
通常、麻薬密輸は分業制になっており、各段階は別々の組織によって行なわれ、ブツが流れていく。こういったケースでは、ひとつの組織に浸透できれば、その前後にいる組織の情報も入手できるが、一枚岩の彼らには捜査側がつけ込む隙がないのである。
それでもニコビッチは何度かエージェントを組織内部に潜入させることに成功したという。これが極度に危険なミッションだったのは言うまでもない。ニコビッチ自身、暗殺されかけたことが幾度もあるというが、ある潜入作戦は悲惨な結果に終わった。
「ある時、私の部下のひとりが潜入に成功したが、しばらくするとマフィア側に捕らえられてしまった。その後、半年間、その男は監禁され、徹底的に拷問された。が、彼は人並み外れたガッツの持ち主だったので私との関係は一切吐かなかった。吐けば殺されるのは目に見えていたからだ。そして、拷問に耐え抜き、最後に生きて釈放された。彼は今、アメリカに住んでいるが、その時の拷問の痕跡はまだ残っている。手足の指全部に爪がないからね」
欧米の有力政治家を買収するKLA
ここから話題はNATOの空爆に移った。彼は、今回の空爆はアルバニア人マフィアの資金力の凄さを証明するもの以外のなにものでもないと言う。
「コソボのへロイン密輸組織はKLAの活動資金を提供しているだけではない。彼らは各国政府の有力政治家の買収にもその資金を投入してきた。その結果が今回の空爆なのだ。もちろん、私はそれだけでNATOが空爆に踏み切ったなどと極論するつもりはないが、外国の有力政治家を彼らが味方につけたことがひとつの大きな要因になったのは間違いない。
考えてもみてくれ。コソボに住んでいるアルバニア系住民は150万人ほどしかいない。たったそれだけの人間のためにアメリカに率いられたNATO軍がその最新鋭兵器をもってユーゴを叩いたのだ。頭を冷して考えれば、これほど不思議なことはないだろう。
コソボのアルバニア人など問題にならぬほどの迫害を受けている人々は世界にごまんといる。例えばクルド人は4ヵ国にまたがり140万人いる。しかし、世界は彼らの苦しみになどまったく目を向けようとしない。これが政治家を買収できるだけの資金力を持つ者と持たない者の違いなのだ。
なぜボブ・ドールがあれほどコソボのアルバニア人に肩入れしてきたと思う?」
「……」
確かに、前回の大統領選でクリントンと戦った元共和党の長老ドールは何度もコソボに足を運び、この問題に異様な関心を示してきた。彼に相当前からへロイン密輸組織の金が第3者を通して流れていた可能性は高い。そうでなければ彼の行動は説明がつかないところがあるのだ。
なぜなら、ドールはコソボ問題が浮上するはるか前の1986年、すでにユーゴ政府がコソボのアルバニア系住民の人権を侵害していると非難する決議案を上院に提出し可決させているのである。その頃はまだコソボには共和国並みの自治権が与えられており、人権を侵害されるどころかアルバニア人側の迫害によってセルビア人がコソボから追われていたのが問題となっていたにもかかわらずだ。
同じ決議を下院で提出したニューヨーク選出の共和党議員ジョセフ・ディオガルディはアルバニア系アメリカ人である。このディオガルディとドールを窓口として、コソボのアルバニア人はアメリカ政界に影響力を伸ばしていったとみて間違いない。
『いずれ欧米はKLAの恐さに気づくはずだ』
さらにニコビッチはヤク密輸でコソボに集まった金が現在のコソボ問題を引き起こしたと分析する。
「へロイン密輸組織がコソボ独立を考えるようになったのは、手に入れた莫大な資金力が大きく関係していると私は見ている。金が入れば次に求めるものは権力だからだ。
彼らはKLAの資金援助や外国政治家の買収以外にも、コソボの地下政府であるルゴバのコソボ共和国にも金を出していた。過去10年近く彼らは教育も自分たちでやってきたが、政府の維持コストの90パーセントはへロイン密輸の利益で賄われていた」
これについては面白い話がある。ある外国人ジャーナリストがコソボのアルバニア系住民に、仕事もないのにどうやって生活費を得ているのかと訊ねた。すると、バンク(銀行)から金がくるという答えが返ってきた。彼はてっきり貯金をおろして生活費にあてていると思ったが、とんだ勘運いだった。それはどこからともなく外国から流れてくる金のことだったのだ。海外の銀行で洗浄された麻薬の利益が使われていたのだ。
「ルゴバやブコシはそのことを知っていたのだろうか」
「すべては知らされていなかったはずだ。彼らは多分、外国に住むアルバニア人たちからの寄付金とでもいわれていたのだろう。これは嘘ではないからね。前にも言ったように、アルバニア人マフィアのトップたちはみな欧米に住んでいるからだ」
彼はアルバニア人マフィアの脅威を何度もミロシェビッチ大統領に忠告したという。資金力にまかせて彼らが権力奪取に走る可能性があったからだ。だが、彼の忠告は無視された。
ニコビッチは言う。
「ミロシェビッチには問題の本質さえわかっていなかった。アルバニア人を甘く見ていたのだ。あの頃に問題を真剣に受け止め、その対策を打っていればNATOの空爆を招くような事態には陥いらなかっただろう。が、今度はアメリカとNATO諸国が彼らを甘く見たツケを払う番がきている。まだ法律的には実現していないが、すでにKLAの悲願である大アルバニアは完成している。犯罪組織に牛耳られた無法地帯としてだ。アメリカがこの後始未をどうつけるか見ものだ」
すでにアルバニア本国もコソボのアルバニア人に経済的に支配されている。ピラミッド・スキーム(ねずみ講)事件で国の経済が破綻した後、ヤク密売組織がアルバニアの不動産、ビジネス、工場その他を買い漁ったからだ。彼らからすれば経済破綻は絶好の投資チャンスとなったわけだ。
すでに以前述べたように、コソボのへロイン密輪はKFOR進駐以来、さらにステップアップし、臓器密売や人身売買なども行なわれているが、今後注意せねばならないのはCIS諸国から流れてくる核物質だという。戦乱のバルカン半島は以前よりルース・ニュークス(核物質密売)の重要ポイントとして欧米の捜査関係者から注目されてきた。密輸のエキスパートであるアルバニア人たちがこの多大な利益をもたらすビジネスに目をつけていてもおかしくない。
ニコビッチはこのインタビューの翌日、モスクワヘ飛ぶことになっていた。恐らくルース・ニュークスについて現地の法執行機関と協議するためだろう。そう訊ねると彼はニヤリとしただけで何も答えなかった。
別れ際に彼が皮肉っぽい口調で言った。
「いずれアメリカとNATO諸国はアルバニア人マフィアの実態に気づくだろう。それまで我々は待つしかない。多分、彼らはうんざりしてユーゴ軍に戻ってくれと懇願してくるのではないかな」
(以下、次号)
以上。次回に続く。
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