ユーゴ戦争:報道批判特集《特別緊急連載》
ユーゴ侵略vsチェチェン侵略&カスピ石油パイプライン
1999.11.26
本シリーズは、一度、「(その15)終り。一応の中締め。」としたのだが、その後、すでに本シリーズ(その9-13)で、ユーゴ戦争の真の目的として詳しい資料リストをも示して指摘した「カスピ海石油利権」を巡る動きが、早くも決定的な場面を見せ始めたので、以下、補章として、簡略に状況の説明と分析を試みる。
ロシアは、圧倒的な武力による「チェチェン全土制圧」(『日本経済新聞』1999.11.4)に関して、「内政」と称し、干渉を拒否してきたが、全欧州安保機構(OSCE)の首脳会議で、調査団受入れに同意せざるを得なくなった。何せ、借金だらけ、崩壊寸前というよりも、崩壊の極に達した経済状態だから、札束でほっぺたをひっぱたくアメリカ商法の前では、口先で格好を付ける以外に手がない。
ロシアはもとより、OSCEも、NATOも、いずれ劣らぬ嘘付き揃い。古狐と古狸の化かし合い以外の何物でもないが、もともと、ロシアは、ツァーリ帝国時代にイラン(古代ペルシャ帝国の後裔)から奪い取ったカスピ海周辺を、革命後にも軍事的制圧によって確保し、いわゆる「社会帝国主義支配」をしていたのであるから、本質的には、他民族の歴史的領域への侵略の継続に他ならない。今回の猛攻撃は、チェチェン政府とは別の武装勢力が、モスクワで「テロ行為」(アパート連続爆破事件)を働いたから、「人道上」やむを得ずの治安行動だと称している。しかし、この爆破事件そのものにも、一応、口実デッチ上げの疑いを掛けて置くべきだろう。ロシアの本音がカスピ海の石油資源確保にあることは、最早、誰しも否定し得ないのである。
面白いのは、上記の『日本経済新聞』記事の真下に、「カスピ海石油パイプライン/トルコ・ルートで合意」と題する記事が載っていたことである。元ソ連領土でありながらも、すでに独立してアメリカの影響下にあるアゼルバイジャンとグルジアから、トルコ経由で地中海に抜けるルートに、トルコとアメリカが合意したというのである。この記事の最後は、次のようになっている。
「企業連合が一時、コストの安いグルジア西部の黒海に抜けるルートに傾いていたが、米国はロシアの影響を受けにくいトルコ・ルートを推進してきた」
同時期に、私が、米軍放送で聞いたアメリカのラディオ報道では、このルートを選んだ理由として、もっとはっきり、「ロシアとイランの影響を避けるため」(to avoid the influences of Russia and Iran)と説明していた。ともかく、アメリカは、ロシアを出し抜いたのである。
以下、まずは、あくまでも他紙との比較の上ではあるが、一応は上手に狭義の状況を要約していると思われる『読売新聞』の解説記事を紹介する。
『読売新聞』(1999.11.12) 解説と提言
カスピ海パイプラインのルート決着
露・イランを封じ米の覇権確立狙う
地図説明:最終決着したパイプラインのルート
地下エネルギー資源の新たな宝庫、カスピ海の石油を輸送する戦略的パイプラインのルートが、2年ぶりに決着した。
解説部 鈴木 雅明
アゼルバイジャン沖カスピ海の石油は、埋蔵量2千億バレルとも推定されている。この数字は誇張かもしれないが、世界的な地下資源宝庫であるのは間違いない。1997年11月から本格的採掘が開始され、現在は主にバクーからロシアを経由して黒海沿岸に抜けるパイプラインで輸出される。だが、将来の大量増産分の輸出にはパイプラインを増設しなければならない。
未曽有の規模の資源とパイプラインの戦略的重要性は、冷戦後、世界における唯一の超大国となった米国が、その足場を固めるために着目するものとなった。
今回決着したパイプラインは、バクーからグルジアを経由し、トルコの地中海沿岸港ジェイハンに抜けるもので、米国がその戦略目標の一環として強カに実現を推進したルートだ。今月18日からイスタンブールで開かれる全欧安保協力機構(OSCE)首脳会議という晴れがましい場で、関係するアゼルバイジャン、グルジア、トルコの大統領が、クリントン米大統領の立ち会いで、公式文書に調印する予定だ。
米国のもくろみは、同盟国トルコを拠点に、ソ連崩壊後、力の空白地帯になっているカフカスから中央アジアにかけての広大なユーラシア中央部に影響力を拡大し、米国主導の秩序を確立することだ。パイプラインを、まさに、その動脈にしようとするものである。米政府当局者もその意図を隠すことなく、大統領が派遣したジョン・ウルフ特使が、米国の推すルート実現を目指して関係国の根回しに走り回ってきた。
このルートが意図するものは、第1に、ロシアを経由しないことで、旧ソ連共和国へのロシアの影響力を削除することであり、第2に、イランを迂回することで、地域大国イランがこの一帯へ進出する素地を作らないことだ。それによって、米国がより大きな行動の自由を得ようというものである。
この政治的ルートについて、石油開発に直接携わっている企業連合「アゼルバイジャン国際操業会社(AI0C)」(国際石油資本など12社で構成)は採算を度外視しているとして難色を示していたが、米政府の強力な圧力に抗しきれなかったものとみられる。ここにも、ユーラシア覇権を目指す米国の並々ならぬ強い意志を読み取ることができよう。
ルート決定に至るまでの間に、この地域と周辺諸国を取り巻く政治的環境は不安感を増している。イランでは、ハタミ大統領の出現で潮流となった民主化が保守派の抵抗で行き詰まり、イランが地域安定の不確定要因としての色彩を再び強め始めた。パキスタンでは先月の軍事クーデターで米国の支援していた民政が倒れた。アフガニスタンを拠点とするイスラム原理主義勢力は、隣接するタジキスタン、ウズベキスタンへ浸透し、さきにキルギスで発生した日本人人質事件の要因にもなった。
カフカスから中央アジアへと影響力を広げようとする米国にとって、こうした展開は決して望ましいものではない。いずれの動きも、米国を敵視するイスラム原理主義との直接対立の危険を生み出す可能性をはらんでいるからだ。その意味で、新たな地平線に延びるパイプラインは、21世紀における米国の覇権維持を確実にするための橋頭保にもみえる。
上記の「アゼルバイジャン国際操業会社(AI0C)」(国際石油資本など12社で構成)には、『朝日新聞』(1999.11.7)記事によると、「比率は3.92%と低いが」、「伊藤忠の子会社の伊藤忠石油開発」が出資している。当然、「採算を度外視」の苦情を抱えるパイプライン建設に、隠れもないアメリカの属国、または末っ子州、日本国の円が、ふんだんに投入されることになるであろう。
さて、経過の細部には不明の点が多いが、結果から見ると、このルートの「決着」には、ロシアとイランばかりではなくて、ドイツを筆頭とする西ヨーロッパ諸国も、大いに不満を抱いているに違いないのである。『日本経済新聞』(1999.11.19)「トルコ・ルート調印」と題する記事の地図、「カスピ海原油を輸送するパイプライン」では、トルコへの太い実線の上に点線で「ロシアが敗れた北ルート」が引かれている。チェチェンを通過し、黒海に出るルートである。この先のバルカン半島を横切って、ドイツ方面に向かうルートについては、いくつかの案が入り乱れていた。石油資源の乏しい西ヨーロッパにとって、まさに垂涎の的のカスピ海石油を、ソ連崩壊後、虎視眈々と狙っていたドイツが、かつてのナチスドイツの進撃ルートを辿って、最後には地上軍まで送り込んだのは、理の当然であった。この目的あればこそ、イの一番に、国際法上は違法の「スロベニアとクロアチアの独立承認」を、叫んだのであった。
ところが、石油となれば黙っていないのがアメリカである。1990年代全体を振り返れば明らかなように、ジリジリと間合いを詰めたアメリカが、コソボ問題で主導権を握り、ボカスカ、ぶっこわし、結果としてバルカン・ルートは消え去った。ユーゴを破壊し尽くしたのも、戦後復興で儲ける巨大ゼネコンの意図に添っての行動の可能性が大である。
私は、拙著『湾岸報道に偽りあり』(p.57)で、アメリカの労働組合関係者に「ベクテルを知っているか」と質問した時の会話を、次のように記録した。「ベクテル」は世界一の事業規模を誇るアメリカの建設会社のことである。
[前略]彼は、「もちろん知っている」と深くうなずいただけでなく、私の次の質問を手で封じ、身を乗り出した。目配せしながら指先でテーブルをコツコツ叩き、語気鋭くこう語ったのだ。
「アメリカ軍がクウェイトの石油精製施設を爆撃して破壊しただろ。あれはベクテルの仕事を増やすためだったんだ」
もちろん、この疑惑を完全に証明するに足る証拠はない。だが、当のアメリカの労働者が、これだけ確信を持って語っているのだ。
ベクテルは、百億ドルと推定されるクウェイトの石油関係復興特需の契約を、ワシントンで地上戦開始の2日前に獲得している。過去をたずねると、第2次世界大戦後には日本で、朝鮮戦争後には韓国で、やはり、復興特需で大活躍した実績を誇っている。[後略]
上記の「アメリカの労働組合関係者」については、今や、むしろ、名を明かすべきであろう。湾岸戦争を契機に結成された民衆のメディア連絡会の例会には、来日の際に何度も参加したくれた「レイバー・ネット」のスティーヴ・ゼルツァーである。
彼の妻は日本人である。彼は最近、韓国の国際メディア交流集会への参加で、入国拒否の目に遭っており、その件は、広くインターネットで伝えられている。米・日・韓、これまた最悪の極東軍事同盟の狭間で、国際的な民衆のメディア交流の「放火魔」として活躍を続ける快男子、スティーヴの健闘を祈る!
以上で(その16)終わり。(その17)に続く。
ユーゴ連載(その17)「角が立つ」恐れて歪む平和論の矯正法へ
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