ユーゴ戦争:報道批判特集《特別緊急連載》
100年前の至言「虚偽のニュースは世界を一周」
1999.8.13
これはすでに何度も様々な角度から論じてきたことだが、アカデミー業界がまき散らすメディア論の決定的な誤りは、技術が進歩すれば、情報が共有され、民主主義の前進に役立つと言う類いの「バラ色の未来」論である。事実は、全く逆で、技術が進歩すればするほど、情報取得の格差は広がり、一般庶民はガラクタ情報で騙され続けとなる。これを私は、情報エレキテルの黒魔術と名付ける。この黒魔術が、今度のユーゴ戦争では、さらに破廉恥な、エスカレーションを示した。
これも繰り返しとなるが、日本の新聞で、フランス3紙による「ラチャク村『虐殺』事件」報道への疑惑を、まともに紹介していたのは『読売新聞』(1999.1.24)だけだった。私は、その記事、「コソボ“虐殺”演出説」を図書館の縮刷版で発見する以前に、何人もの市民運動家、大手メディア記者などに、いわゆる「民族浄化」の実態を知っているかと聞いたのだが、誰もまるで知らなかった。ただ、そういう記事、放送にふれて、どうやら事実らしいと感じているだけだった。
誰も、上記の『読売新聞』記事を読んではいなかった。「ユーゴ空爆反対!」などのスローガンを掲げる集会などに参加する日本の平和主義者は、戦争放棄の9条の改正を中心とする改憲論を掲げる「右翼」の『読売新聞』を敵視しているから、読むわけがない。
現実そのものと同様に矛盾だらけの話なのだが、ラチャク村「虐殺」事件発生直後の報道では、『読売新聞』が一番派手に「虐殺」の見出しを付けていた。他紙も一斉に「外電」情報で「虐殺」と報じていた。
これらの商業紙以外の日刊紙には、日本共産党の中央機関紙『赤旗』があるのだが、これも例外ではなかった。
念のために、図書館で1999年1月分の束を倉庫から出して貰って調べてみた。私が参加した5月16日の「ユーゴ空爆反対!」集会には、日本共産党の衆議院議員で、私とはいささか因縁のある佐々木陸海がきていて、NATOを非難する演説をし、あとで話し掛けようと思っていたら、デモが出発する前に消えていたのだが、とにもかくにも、日本共産党は「ユーゴ空爆反対!」の姿勢を貫いていたはずだ。しかし、問題の1月15日以後の『赤旗』をめくってみると、なんと、3日間にわたって、全部を合わせると『読売新聞』以上に熱心に、「虐殺」と報道していた。以下、まずは、連日の写真説明と見出しのみを紹介する。
『赤旗』(1999.18)
(写真なし)「コソボ住民45人虐殺/欧米各国首脳セルビアを非難」「コソボ南部で戦闘が再開」「死者は51人/OSCE監視団」
『赤旗』(1999.19)
(写真説明)「17日、コソボ自治州南部ラチャク村で肉親の遺体を確認し、両手をあげて悲しみを表すアルバニア系住民(ロイター)」
「セルビア/アルバニア系/当事者の交渉一度もなし」「昨年10月、コソボ和平合意したが…/報復合戦くり返す」「NATO最高司令官をユーゴに急派」『赤旗』(1999.18)
(写真説明)「虐殺が起きたコソボのラチャク村を視察するコソボ監視団のウォーカー団長=16日(ロイター)」
「コソボ情勢緊迫」「NATO『空爆は可能』と圧力」「ユーゴ/冠師団長に退去命令」「国際法廷検事も拒否/ユーゴ」「国外退去命令を非難/米国務長官」「コソボ虐殺事件/国連安保理が非難声明」「ユーゴの対応憂慮/ロシア」
『赤旗』には、以上のような写真説明と見出しの通りに、「虐殺」をまるで疑わない外電が、実に詳しく報道されている。その報道のメディア機能上の特徴は、他紙と同様である。これもすでに本誌記事で指摘済みだが、まるでセルビア側の情報を無視した「欧米寄り」、つまりはNATO寄りの外電「鵜呑み」報道の典型である。
その特徴は、以下のような最初の記事の冒頭部分を見れば、歴然である。
【ウィーン17日片岡正明記者】ユーゴスラビア・コソボ自治州からの報道によると、同自治州南部で45人のアルバニア系住民の殺害された遺体が発見され、セルビア治安部隊による集団殺りくの疑いが強まっています。
上記のように、「コソボ自治州からの報道」とあるだけで、どこの誰平(だれべい)が、どこで、どうやって事実を確認したのか、まるで分からない記事なのであるが、他紙もほとんど同様の報道の仕方なので、「赤信号、皆で渡れば怖くない」ということなる。
これが、いわゆる「外電」の魔術である。これこそは、最新のエレキテル技術により、かの白人文明の先進国から送られてきた情報なるぞ、夢、疑うことなかれ、なのである。ハハッとひれ伏してしまった後で、「空爆反対!」と笛を吹いてみたところで、誰も踊りはしない。残念至極だが、それが、投票率5%とかの「唯一の野党」の実態である。
だが、この情報エレキテル黒魔術の開闢時代、つまり、マルコーニによる無線通信技術が、メディアの世界に導入されたばかりの時期に、アメリカの叩き上げ記者だったマーク・トウェーンが、実に鋭い至言を放っていた。以下、拙著『読売新聞・歴史検証』(p.304)からの引用である。
[前略]『現代新聞批判』(1941.9.1)には、社会批評家としても著名な元新聞記者、日本では『トム・ソウヤーの冒険』の著者として知られるアメリカのマーク・トウェーンの、つぎのような至言がのっていた。
「真実が靴の紐を結ばぬうちに、虚偽のニュースは世界を一周してしまう」
この、無線通信の黎明期に発せられたマーク・トウェーンの至言を前にして、内心ギクリせずにいられるジャーナリストが、現在でも、果たして何人いるのだろうか。
以上で(その5)終り。次回に続く。
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