第二部 「多元化」メディアを支配する巨大企業
電網木村書店 Web無料公開 2005.4.7
第五章 「打って返し」をくう「公平原則」信奉者 3
表面だけの議論のうらで「公平原則」廃止へ世論誘導
読者にも協力をもとめたい。私自身の文章をもふくめて、「すべてを疑え!」である
椿舌禍事件に関連してつぎつぎに発表されている文章の該当箇所を、そのつもりで読めば、そこにはレーガン大統領の時代を中心とした連邦議会、FCC、裁判所だけの、それも表面上のうごきしかでてこないことが、すぐわかるだろう。それで真相がわかるのだろうか
この状況説明を、レーガンと「ロン・ヤス」の仲をほこり、イギリスのサッチャーや西ドイツのコールらとともに「新保守主義」ないしは「新自由主義」の危険なバブル経済を演出した日本の元首相、中曽根の目玉商品、国鉄の分割民営化の場合の報道、その真相、深層などと比較してほしい
国会と臨時行政調査会と労働委員会の議論の表面上の報告だけで、だれが満足するだろうか。何十人もの自殺者、千人もの組合員と家族の八年目におよぶ解雇反対闘争、国鉄労組の四分五裂、総評の解体、連合の結成による労働組合運動全体の右より再編成、政権構造にまであたえた影響などなど……
ただし、こういった実態にせまるとなると、意見の相違が目立ってしまうから、深入りしない方が無難である。だから、大方の著名評論家たちはさけてとおる。しかし本当は、こうしたドロドロの底辺にこそ核心的事実がひそんでいるのだ
もう一方の核心的事実は、郵政省が予定している放送法の改正だ。当面の焦点は、衛星からふってくる海外放送のあつかいにあるが、椿舌禍事件に便乗して、「公平原則廃止」検討云々の当局発言もでており、事態は急をつげている。しかも、たとえば朝日新聞は、個人ルートのたしかな情報筋によると、すでに指摘しておいたように「公平原則廃止」の世論づくりにかたむいている。私は、朝日の「論壇」(93・10・27)に堀部政男が、「一橋大学教授・情報法学」の肩書きで登壇したのは、そのキャンペインの一つのあらわれだと判断している。本人がそれを承知のうえかどうかは別問題である。