第一部:CIAプロパガンダを見破る
電網木村書店 Web無料公開 2000.11.4
第一章:一年未満で解明・黒い水鳥の疑惑 4
(『創』1991.10「衛星写真が明らかにした『情報操作』/暴かれた湾岸戦争“水鳥”映像の疑惑」続き)
ペルシャ湾にフタは不可能。第三の星の宇宙映像記録出現
「『創』四月号に書かれた水鳥の疑惑の件ですが……。気象衛星ノアの映像写真を入手しました。現在、専門家にコンピュータ解析をしてもらっています。油の流出源はアメリカ軍の発表とは違うという事実を、映像的に立証できそうです」
受話器を取った途端に「テレビ朝日のザ・スクープのスタッフですが……」と名乗りを上げた担当の岩下俊三記者が、いかにも仕事一筋の雰囲気でボソボソと事情を説明する。その声を聞きながら、私の頭は一瞬にしてコーヒー沸かしに化けていた。カーッと血が昇る。私自身、それだけの想い入れがあり、真剣勝負の気持ちで書いた記事だったのだ。
「コメントをいただきたい」という話でドキドキしていたものの、それは予定に終わり、個人的には残念だった。だが、すでに『ザ・スクープ』の本番をご覧になった読者には十分おわかりのように、一傍観者の理屈っぽいコメントなどは不必要だった。この「戦争報道検証2」は、近年まれに見る傑作ルポルタージュであり、よくもこれだけ見事に現場取材を積み重ね、映像的な物的証拠で勝負を決め切ったものだと思う。月並だが、まさに、手に汗握る一大サスペンス。事実は小説よりも奇なりの典型。「宇宙法廷」という言葉が浮かんだほどだった。
活字メディアによる「疑惑報道」として紹介されたのは、毎日新聞(91・1・31)の「湾岸戦争検証、ナゾ多い原油流出の原因」と、イギリスの政治雑誌『ニュー・ステイツマン』(91・2・8)の「嘘、忌わしい嘘と軍事発表」(Lies, Damned lies and military briefings)の二つ。いずれもチラリと画面に写っただけだったが、それで十分、事件当時の報道状況の説明になっていた。
事実を一番正確に知っていたのは、他ならぬアメリカ軍当局に違いない。ペルシャ湾岸の制空権も制海権も、完全にアメリカ軍の手中にあった。軍事偵察衛星も飛んでいた。
アメリカの星だけでなく、ソ連の星もあった。事件直後のテレビにも、ソ連のミールが撮ったという紹介の映像が、チラチラ映し出されていた。あの油の流れ方は、それ以前から何度も放映されていた手書きパターンの説明図とはかなり違うな、という印象が強く残っている。あの映像記録でも、コンピュータ解析が可能だったのではないだろうか。いや、軍事偵察衛星の映像は相当に精密だという話だから、ただちに真相がわかっていたのではないだろうか。
これが冷戦時代なら、ソ連がアメリカのデマ宣伝を黙って見すごすわけはない。だが、今のソ連には、昔日の面影はない。ニューズウィーク誌のマンガには、ホワイトハウス前で「ものごい」競争をするゴルバチョフとエリツィンが登場するありさまだが、この種の報道にソ連側が抗議したという話も聞こえてこない。しかも、本稿の締め切り間際には、ゴルバチョフ失脚、いやただちに、「保守派」クーデターの失敗というお粗末。ソ連情報に期待しても裏切られるだけだろう。「いずれ明確な事実と証言が次々と公開され、空前のマスコミ・スキャンダルとして歴史に記録されるに違いない」と見得を切ったものの、実のところ、心配でならなかった。
唯一の可能性は、アメリカの軍関係者による内部告発なのか。衛星が写した映像記録は廃棄できるかもしれないが、多数の関係者全員の記憶を抹殺するのは不可能だ。いずれ真相は明らかになるだろう。などと漠然たる期待を抱いたまま、湾岸戦争に関わる別の問題を追いかけているうちに、数えてみれば早いもので、丸々五ヵ月が経っていた。
しかし、大きな組織が本気になって探せば、意外な証拠が残っているものだ。アメリカ軍のものでもソ連軍のものでもない気象衛星ノアという地味な星が、もう一つあった。それにフランスのスポットイメージ。いわば第三、第四の、宇宙の目撃者だ。
おかしな画面構成の謎が判明。抹殺された記者とコメント
『ザ・スクープ』は、さらに、最初に出現した水鳥の映像を撮ったITN記者、ピーター・シャープの証言を得た。問題のヴィデオのオリジナル版も入手した。
撮影者不明でキャスターのコメントが入っていないことと、「画面構成」の技術に疑問があったのだが、この疑問に関して、『ザ・スクープ』は番組の冒頭にオリジナル版をそのまま流すことで、劇的な回答を与えた。
ITNが製作したオリジナル版では、記者のシャープがマイクを握り、現場でコメントしていたのだった。ただし、そのコメントはいささかも、イラクによる原油放出作戦または環境テロを、匂わせようとしてはいなかった。シャープはまず「クウェイト市の近くで爆破されたタンクから流出した原油」という、加害者名を避けた表現を使い、「どちらの側も、この大惨事の責任を認めてはいませんが……」と語っていた。
前後の事情を総合すると、シャープはむしろ、同盟軍側の「爆撃」による流出だと推測していたらしい。シャープ自身が、『ザ・スクープ』のインタヴューに答えて、要旨、次のように語っている。
「ただちにサダム・フセインが流したとは思わなかった。同盟軍の飛行機が飛んでいるのを見ていたし、同盟軍がタンカーを爆撃したニュースを知っていたので、最初はタンカーからの流出だと思った。だが、量が多いので、爆破された貯蔵タンクからの流出だと考えて、そうレポートした」
さて、ITNのオリジナル版はロンドン時間の一月二十五日午後五時四十分、そのままの姿で一度放映された。その二十分後には、CNNが同じものを全米、全世界に配信した。CNNの外報部長は、シャープ記者の「原油流出の原因は明らかでない」という趣旨のコメントを記憶しており、『ザ・スクープ』の質問に答えて、そのコメントが「疑問の余地なく」必要だったと語っている。
ところが、同じ映像をロンドンで受信し、ニューヨークに配信したテレビ・ネットが、もう一つあった。それがWTNである。WTNは、撮影スタッフに断わりなしに、油の流出源に関するコメントをカットしていた。オリジナル版は二分五十五秒だったが、WTN版は一分三十五秒しかなかった。
四時間後、ワシントン時間の一月二十五日午後五時には、ブッシュ大統領が記者会見で問題の「環境テロ」発表を行なった。その模様はCNNのネットで全世界に配信されたが、キャスターの紹介コメントの背後には、原油の波にもまれる黒い水鳥の映像がインサートされていた。その後に、いかにも痛々しい顔を作ったブッシュが登場し、次のような形容でサダム・フセインを告発した。
「この行為にはなんらの道理もない。自暴自棄。最後のあがき。いかなる軍事的教義にも当てはまらない。まさに一種の病的行為」
同盟軍は、同じ趣旨のブリーフィングを行ない、地図を指して、イラクがアフマディ沖のシーアイランドから油を放出していると主張した。以後、水鳥と「イラクが環境破壊」のコメントは、ワンセットで世界中のブラウン管に登場。シャープ記者の姿と、そのオリジナル・コメントは、完全に抹殺された。
(『創』1991.10「衛星写真が明らかにした『情報操作』/暴かれた湾岸戦争“水鳥”映像の疑惑」)
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