『湾岸報道に偽りあり』(9)

第一部:CIAプロパガンダを見破る

電網木村書店 Web無料公開 2000.11.4

第一章:一年未満で解明・黒い水鳥の疑惑 5

熊男シュワルツコフは、なぜマニフォールドを破壊したのか

 アメリカ側は、イラク軍がミナアルアハマディ港の五隻のタンカーと沖のシーアイランドから原油を放出している、と発表した。テレヴィのパターン画面説明では、クウェイト沖から、巨大な原油のかたまりが南に向かって流れる様が描き出された。

 シーアイランドは、大型タンカーに油を積み出すための波止場兼中継基地で、金属性の巨大な人工島である。陸上の多数の原油貯蔵タンクから、原油の流れを集中コントロールして汲み出すマニフォールドを経て、海中に太い輸送パイプが延びている。マニフォールドの原義は「多様性」であり、機械工業の用語としては「多岐管」だが、新聞報道では実際の機能を表わすために「油圧制御装置」とか「汲み出しポンプ」と表現していた。

『ザ・スクープ』では簡単に「放出」といっていたが、当時の新聞報道で再確認すると、さらに具体的で、「米国防総省のウィリアムズ報道官は……『イラクは過去二十四時間、クウェイト海岸の沖合……シー・アイランド石油積み出し施設からポンプを使った組織的原油放出を行っている』と発表した」(『毎日』91・1・26夕)のである。本稿の最初に指摘しておいたように、これは、優秀な性能の軍事偵察衛星を持ち、ペルシャ湾の制空権も制海権も押え、連日朝夕の猛爆撃行を続けているアメリカ軍の発表である。ペルシャ湾岸の状況なら、すべて手に取るようにわかっているとばかりに自信たっぷり胸を張った報道官が、懇切丁寧に地図を指して説明するのだ。これを信用しないのは、余程のヘソ曲がりだろう。当然このままでは、ただでさえ豊富な自噴油田地帯から、さらに「ポンプで汲み出した」原油がドンドン放出され、環境破壊は止まるところを知らないだろう、という絶望的恐怖が全世界を支配した。

 そこで、インタヴュールームに登壇したのが、胸を張りっ放しの熊男、シュワルツコフ大将である。IQ一七〇とかの宣伝が行き渡っているが、知能指数が高いからといって、常識があるとはかぎらない。ましてや、善人だとか、ウソをつかないという保障にはならない、などと考えて眉にツバをつけるのは、やはり、相当のヘソ曲がりだけだろうか。

「原油はすべてマニフォールドを通る。だから、マニフォールドを破壊すれば、原油の流出を食い止めることができる」

 マニフォールド爆撃作戦に関して、シュワルツコフは、こう説明した。イラクがポンプで原油を汲み出し、放出作戦を続けている。だから、マニフォールドを破壊して放出を不可能にするのが、爆撃作戦の目的だという。

 当時の新聞発表は、たとえばこうだ。

「中東派遣米軍のシュワルツコフ米中央軍司令官は二十七日夜、サウジアラビアの首都リアドで記者会見し、クウェイト沖で深刻な環境破壊を引き起こしている原油流出を食い止めるため米空軍機が二十六日夜、流出源とみられるクウェイトのミナアルハマディ油田の油圧制御施設を爆撃したことを明らかにした。同施設から海底パイプラインでつながるタンカー積み出し用の洋上基地シーアイランドは現在炎上しているが、この爆撃で炎は急速に弱まっているという」(『朝日』91・1・28夕)

「米軍が撮影」した炎上中のシーアイランドの写真とともに、「原油流出防止へ爆撃、米軍」「ポンプ破壊と発表」「炎と煙勢い弱まる」の大見出しが縦横に踊っている。原油タンク、マニフォールド、海底パイプライン、シーアイランドの関係を説明する手書きの絵も添えられていた。

 ところが、『ザ・スクープ』の追跡調査で二つの矛盾点がでてきた。

 第一は、気象衛星ノアの写真映像コンピュータ解析結果との矛盾である。

 東海大学情報技術センターの分析では、マニフォールド爆撃作戦が行なわれた現地時間一月二十六日午後十時の十二時間前、午前十時の時点で、シーアイランドからの原油流出は認められないという結果が出た。原油が漂っていたのは、二十キロも南であった。海流は沖合の最大速度で南へ二十キロ。つまり、少なくとも丸一日、イラク軍はポンプで汲み出す放出作戦を行なっていなかったことになる。

 第二は、問題の油田ミナアルアハマディの現地調査との矛盾である。クウェイト国営石油公社のモセン・カージャ所長とハッサン・アル・シャマリ部長が口をそろえて、戦闘が開始される前に海底パイプラインにつながる陸上のバルブを締めた、と証言したのだ。しかも、シャマリ部長はさらに、マニフォールドに油を供給する陸上タンクの取り出しバルブも、すべて締めたというのだ。『ザ・スクープ』が現地で撮影した映像を見るかぎり、それらのバルブは破壊されておらず、固く締まったままなのである。


(『創』1991.10「衛星写真が明らかにした『情報操作』/暴かれた湾岸戦争“水鳥”映像の疑惑」)
(10) 新発見の原油流出源ゲッティ石油。タンク破壊は空爆か、地上爆破か