第一部:CIAプロパガンダを見破る
電網木村書店 Web無料公開 2000.12.3
第二章:毒ガス使用の二枚舌疑惑 1
「黒い水鳥」と並んで、イラク悪魔化に大きな役割を果たしたのが「毒ガス」である。
果たしてイラクは、毒ガスを「自国民の」クルド人弾圧に使用していたのであろうか。
私は、この難問への回答の一部を、以下の文中に記した『文芸春秋』(91・4)で発見し、早速、『噂の真相』(91・5)に引用した。その後に現われた材料を加えて同誌(91・11)にまとめなおし、さらに加筆したのが以下の小文である。
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次々に暴かれるデマ宣伝の真相
「今はテレヴィでも笑顔を隠し切れないようだが、あのフランケン・シュタイン風の偽善者面が引きつり始めるのには、そんなに時間はかからないだろう」
『噂の真相』(91・5)で私はブッシュの近未来をこう予告したが、事態は着実にその方向に進んでいる。
その頃の私の予感どおりに、ブッシュ大統領の支持率は急速に低下し、一九九一年十月末には「再選支持」が半数を割った。十一月二十八日に予定されていた日本など太平洋地域諸国への歴訪も、急遽取り止めとなった。その後も支持率は低迷もしくは低落の一途をたどっている。
ブッシュ政権の足下のアメリカでも、巨大な運動が始まっている。元司法長官のラムゼイ・クラークを中心に「国際戦争犯罪法廷のための調査委員会」が組織され、五月九日には、アメリカ政府と軍を相手取り、ブッシュ、パウエル、シュワルツコフらを「被告」とする戦争犯罪の「告訴状」を発表していた。以後、世界中の主要都市で公聴会運動を繰り広げ、最終的には、残虐兵器使用禁止の平和条約で名高いハーグで、国際戦争犯罪法廷を開く予定になっている(★場所はニューヨークに変更。一九九二年二月二十八~二十九日の両日にわたって開廷され、告発の罪状すべてについて「有罪」が宣告された)。
日本でもさる九月十日、当日が第一回公判の九〇億ドル差し止め市民平和訴訟の運動と連携し、その夜、渋谷の山手教会で超満員の熱気溢れる公聴会を成功させた。
告訴状の十九項目にわたる「罪状」の第十八は、「合衆国憲法修正第一条」(表現の自由)への違反であり、項目の要約見出しは次のようになっている。
「ブッシュ大統領は、自分の軍事的、政治的目的への支持を宣伝によって取りつけるために、新聞その他のメディアの報道を系統的に操作し、統制し、指図し、制限を加え、誤りの情報を与えた」
項目内容では、「イラクを悪魔のように描き……事実無根の話をわざと流布する操作」などを厳しく指摘している。
「罪状」の第二では、「誤報だと知りながら、保育器の中の数百人の乳児が殺されたという報告を、繰り返し引き合いに出した」とし、「化学兵器の使用」に関しても、「アメリカ情報部がその情報を偽りだと信じていることを知りながら……非難した」という判断を示している。
CIAプロパガンダ作成者、スコウクロフトは何者か
もちろん、この「化学兵器の使用」もしくは「毒ガス」問題の真相追及は、決してクルド人への同情を否定する発想ではない。むしろ、「アメリカはいつでもクルド人を都合のよいように利用しているだけだ」という、大国エゴ告発の一部である。
フセイン政権が「自国民のクルド人に対しても毒ガスを使用した」という趣旨の報道は、これまた総ジャーナリズムで展開された。だが、調べてみればやはりこれも、だれも裏を取っていない垂れ流し情報であった。確かにヴィデオの映像はあった。アメリカのネットがコメントをつけて流したものであるが、この問題でも、ブッシュの発言が先行していた。ブッシュは、イラクがクウェイトに侵攻した直後の昨年八月十五日、ペンタゴンでの演説でサダムをこう形容していた。
「自国の男、女と子供に対して毒ガスを用いた男( the man who has used poison gas against the men, women andchildren of his country )」
『司令官たち』でも、この演説の一部が紹介されており、続いて、国防長官チェイニーの心理描写が入る。
「チェイニーは、口にこそ出さなかったが、この攻撃には個人的な感情がこめられすぎており、荒けずりで、少々やりすぎのきらいがあると思った。誇張した表現も多すぎる」
それでは、だれが立案したのだろうか。
「演説の原稿は一時間前にホワイトハウスから届けられたばかりで、チェイニーはじめパウエルほかの人間が変更を進言する機会はなかった。あとでチェイニーは自分の不安をスコウクロフトに直接ぶつけた」
どうやら、スコウクロフトが文責を負っていたらしい。
『司令官たち』の描写では、ブッシュとともに、国家安全保障会議担当の大統領補佐官、退役空軍中将ブレント・スコウクロフトが、最も好戦的であった。ブッシュの釣りの相手までつとめ、一緒に「世界新秩序」構想を立てたというが、この「男」は、いったい何者なのであろうか。一部のマスコミ報道では「上品な紳士」と評されていたが……。
現在のアメリカ支配層の対イスラム・アラブ世界への姿勢を、最も正確に分析していると思われる本に、『イスラム報道』がある。ここでは、スコウクロフトを筆頭にあげる作業が「特記」されている。
一九七九年、ホメイニ師のイスラム革命が中東を揺さぶっていた時、アメリカでは、さまざまな対イスラム政策の立案、宣伝が行われた。その中でも、
「特記すべき例として、大西洋評議会の中東に関する特別作業部会(そこには、ブレント・スコウクロフト、……リチャード・ヘルムズ、……カーミット・ルーズベルト……らが含まれていた)があげられる。このグループが、一九七九年秋に発表した報告書の題名は、『石油と混乱――中東における西側の選択』であった」
文中、リチャード・ヘルムズはCIA生え抜きの元長官で、その後にイラン大使という経歴である。カーミット・ルーズベルト(現地の発音はローズヴェルト)は、セオドアとフランクリンの両大統領を出した名門に生まれながら、CIA作戦主任として、イランのパーレヴィ帝復活クーデターを指揮したことで有名な中東専門家であり、CIA引退後には石油メジャーの副社長に迎えられている。つまり、ブレント・スコウクロフトは、十数年も前からこれらのCIA人脈を率いて、中東での巻き返し政策を立案していたベテラン軍人なのである。
「リンケージ」提案への狂暴な逆襲
ではなぜ、この時期、ブッシュがサダムを先のように形容し、国防総省の職員をアジる必要があったのだろうか。
「やりすぎ」の理由は、この部分に先立つ演説の文脈から明らかである。サダムが「アラブの聖戦」を宣言したから、なにがなんでもその正統性を否定する必要があったのだ。
この演説の三日前の八月十二日に、イラクが平和提案を発表したが、それにはクウェイトからの撤退と同時にパレスチナ問題の解決を求める、いわゆる「リンケージ」提案がふくまれていた。これはアメリカにとって耳が痛い話だった。だから直接の反論を避け、「アラブの聖戦」を唱えているのは「毒ガス」を自国民に対して使った「男」なのだ、という喧嘩言葉で応酬したわけである。経過からして、あまり品の良いやり方ではない。
イラクはすでに、対イラン戦争での毒ガス使用は認めている。また、イラン側に味方して反乱を起こしたクルド人を、武力によって鎮圧したことも認めている。
イギリス国際戦略研究所編・防衛庁防衛局調査二課監訳『ミリタリー・バランス 一九九〇ー一九九一』の「軍備の動向」によれば、イラクの「反政府勢力」のうち、主要クルド組織は、次のような武力を保持している。
「クルド民主党……一万五千人(さらに民兵三万人)。小火器、イラン供与の軽砲、多連装ロケット発射器、迫撃砲、地対空ミサイルSMー7」
「クルド愛国同盟……戦闘員四千人(さらに支援要員六千人)。Tー五四/五五主力戦車×十一両、迫撃砲(六〇ミリ、八二ミリ、一二〇ミリ)×四五〇門、一六〇ミリ無反動砲、十二・五ミリ高射砲×最大二〇〇門、SAー7地対空ミサイル」
データの信頼度は不明だが、かなりの武力を持つ反政府勢力が、隣国との国境地帯を往来するというのが、イラクの現状である。
問題の「自国民」への毒ガス使用事件が起きたとされているのは、一九八八年のことである。映像がその当時撮影されたものだとすれば、水鳥の場合と違って、湾岸危機発生以前から存在した素材が使われたことになる。だから、謀略だとすれば、非常に計画性が高いといえる。
そこで、今までに判明している事実関係を整理してみると、アメリカ側は少なくとも、次のような疑問点を知っていたはずなのである。
私が入手し得たかぎりの資料によると、物的証拠の分析と専門家の医学的調査に関する報告は、以下に紹介する松原久子(歴史学者、スタンフォード大学フーヴァー研究所スペシャル・スカラー)のものだけである。
第一回は『文芸春秋』(91・4)掲載の「アメリカは戦争を望んでいた」の次の部分。
「毒ガスはイラクとイランがお互いに使ったのであって、自国民(クルド族)に使用していないことは当時イラクの死者を検診したトルコの医者たちが、毒ガスの内容から証言している。それはイラン側の所有するシアン化物であった」
『イラン・イラク戦争』という元陸将補鳥井順の大著によると、イラクがイランに対して使用した毒ガスは「マスタード・ガス」と「タブン神経ガス」であり、「シアン化物」または「青酸ガス」はふくまれていない。
(『噂の真相』1991.11に加筆)
(13) デマ宣伝で高名な特派員さえ、ついに沈黙 へ