『湾岸報道に偽りあり』(4)

隠された十数年来の米軍事計画に迫る

電網木村書店 Web無料公開 2000.9.9

序章:帝国主義戦争と謀略の構図

立証困難を承知で挑戦したが、意外にも材料続々

「湾岸戦争はアメリカの謀略じゃないかというのは、だれでも感じていることですね。ただし、具体的に立証するのはむずかしいでしょうが、是非やってみてくださいよ」

 汐文社の吉元尊則社長との雑談の中でこういわれたのは、バグダッドへの爆撃開始後まもなくのことだった。当時私は、雑誌記事を書き続けながら手当り次第に資料を集め、本書を構想し、ああでもない、こうでもないと試行錯誤していた。以来一年余、「具体的に立証する」方法を模索し、本書の第三部に記したようなアメリカ支配機構の迷路の奥までさまよい歩いた。そのため出版予定は大幅に遅れたが、逆にいうとその間、次々と新しい材料が増え、「立証」のイメージもやっと確かなものになってきた。

 もともと謀略とは「機は密なるを要す」という隠密作戦なのだから、確実な証拠を握るのはむずかしい。しかも特に今度の戦争ではアメリカが、お得意の「リメンバー……」型の被害者スタンスで「正義」の旗印を国連舞台に大袈裟に振り回し、効果的な宣伝戦を繰り広げた。

 常識的に見ると、国連安全保障理事会の「正義」は「買収」されたにすぎないのだが、その罪状認定を、もう一つの国連の機関である国際司法裁判所に訴えることは事実上不可能であった。「買収」の方法も手が込んでいた。まず第一はアラブ諸国だが、湾岸のカイライ型独裁君主国はほぼアメリカの手中にあり、むしろ金主の立場だった。エジプトには七〇億ドルの債務取消しの努力を約束した。シリアには、ECが二億ドル、日本が五億ドルの借款を提供し、湾岸協力会議諸国(GCC)が二〇億ドル以上の資金援助をした。

 一九九〇年十一月二十九日の安全保障理事会で「武力行使容認」決議を取りつけるに当たって、アメリカは全理事国に個別工作を行った。拒否権を持つ常任理事国の動向は決定的だが、中国の「棄権」票は一番安く買えた。一九八九年の天安門事件にもとづく経済制裁を解き、世界銀行から一億一千万ドルの借款提供を約束するだけで済んだ。ソ連の「賛成」票を買うためには、湾岸産油国から三〇億ドルの経済援助が決定された。エジプトの七〇億ドル(焦つきで回収不能)以外はすべて人のフンドシを借りる方式である。湾岸諸国の拠出金に関しては、それ以前に、日本が都合四〇億ドル以上の援助を決めており、その後の九〇億ドルの拠出先もGCC(湾岸協力会議)だったことを思い起こす必要がある。

 アメリカ人は単純ではない。一般庶民は別として、支配層はなかなか悪賢い。ギャングとマフィアの国の住人でもある。「リメンバー……」スタンスにだまされてはならないのだ。

 アメリカに惨敗した後の日本の教育では「リメンバー・パールハーバー!」だけしか教えられなかったが、アメリカはイギリスから独立した直後から西へ西へと原住民の土地を奪う征服の戦いを繰り広げ、その際、いったん書面で結んだ条約を次々に難癖つけては破り捨てていた。

 元陸軍大尉、自衛隊の陸将補で退職した上村健二の著書『アメリカ謀略秘史』の記述を追うと、メキシコからテキサス州を奪う時に「アラモを忘れるな!」と叫んだのが、「リメンバー……」スタンスのはじまりらしい。アラモの伝導所を砦として「独立運動」を起こしたのは、アメリカからの移住民であった。本来はメキシコ領土のテキサスでの出来事なのだから、「内乱」として鎮圧されるのは当然の成行きであった。アメリカの介入の方が不当だったのであり、「独立運動」にはヤラセの疑いがあった。スペインからカリブ諸島やフィリピンを奪う時には「メイン号を忘れるな!」をスローガンにして、国民の戦意を煽った。「メイン号」はキューバのハバナ港で「原因不明」の爆発を起こして沈没したアメリカの軍艦であるが、軍事専門家の多くは、この爆発をアメリカの仕掛けではないかと疑っている。二度の世界大戦でアメリカは、終止一貫、被害者を助ける立場に身を置き、戦後利権の処理では圧倒的な優位を確保した。

 湾岸戦争で最も象徴的なのは、世界中でお馴染みの「アメリカ帝国主義」という用語の使用さえ、遠慮する向きが多かったという事実である。イラクの政治体制が独裁型だということは議論の余地がない事実である。国境を越えた軍事行動、侵略には、だれでも反対だ。だがそれだけで、相手側のアメリカの行為がすべて免罪されるわけではない。アメリカも同じことを各地でやってきた。イスラエル「建国」以来の問題もある。挑発の疑いは最初から匂っていた。それなのになぜ人々は口ごもったのか。

 そこで落ち着いて考え直すと、今度の戦争は、純軍事的な戦闘が局地的で短期だったわりには、政治・外交的にだけではなく、経済的、文化的にも世界を揺るがす規模であった。いわば現代世界の矛盾の焦点だった。さらには、メディアの発達と相まって宣伝戦争でも最先端の技術が駆使されており、これまた史上空前の規模と内容だったといえる。

 つまり、謀略の舞台としては、非常に複雑な要素をはらんでいたわけで、数学でいえば難解な高等数学である。こういうケースの場合、単純な○×思考で回答を求め、簡単に一般受けを狙う論法では、真相を解明することは不可能である。そう考えたとき、私はある学者の先輩が晩年につぶやいた次のような趣旨の言葉を思い起こした。

「確実に成り立つと分かっていることを論証してみても、それは学問ではない。成り立つか成り立たないか、ギリギリの勝負を挑むのが学問なんだ」

 私の作業は学問ではないが、ジャーナリズムの世界にもこの先輩の言葉に共通する評価基準があると思う。湾岸戦争の謀略を立証するのが困難であればあるほど、仕事のしがいもあろうというものだ。そう考えて努力してみることにした。

「健在?」だった「帝国主義戦争」

 私は『噂の真相』(91・5)で、「アメリカ帝国主義」という用語をあえて使用し、次の「基本的な状況認識」に始まる文章を書いた。

───────────────★────────────────

 今度の戦争は、人口約二億五千万人の超大国で機械文明最先進国のアメリカが、あまたの同盟国を従え、人口約一千七百万人(約二十六分の一)、国民総生産で約〇・七%(約百四十三分の一)の小国イラクたった一国をあの手この手で挑発し、中東支配を強化する目的で行なった帝国主義的侵略戦争である。

 国連フィクションを振りかざし、日本国民をあざむき続けた日本政府と日本の大手マスコミは、戦争犯罪共同正犯として、裁かれなければならない。

 今度の謀略の中心は「アメリカ帝国主義」という、世界中でお馴染みの言葉を使いにくいように仕組んだ点にある。だが、「侵略者は常に平和愛好者である(ボナパルトはいつもそういっていた)」(『戦争論』)

 ナポレオンの侵略にふみにじられた記憶も生々しいドイツ人のクラウゼヴィッツにとって、ナポレオン・ボナパルトは侵略者の代名詞であった。平和と民主主義を唱えるブッシュの場合も、まったく同じなのである。小国イラクの「軍事的脅威」を取り除くためと称して、撤退中の無抵抗な群れを気化爆弾などという残虐兵器で焼き殺すのが、どうして平和の実現につながるのであろうか。

 今度の戦争は、すでに何年も前から政治的経済的に始まっていた。背後には最初からアメリカの軍事威嚇があった。ところが、大手のテレビや新聞の報道には、アメリカの陰謀説がほとんど登場しなかった。ごくごく断片的な発言があっただけである。

 NHKの報道姿勢に関しては、島ゲジ会長自身が次のように明言している。

「私は国連決議にそって、侵略者はイラクであるというスタンスで報道するよう指示しているんです」(『週刊現代』91・3・9)

 これではアメリカの帝国主義的「侵略」政策という言葉が出てくるはずがない。

 雑誌にも少なかったが、その原因もまた、前々から準備されていた謀略にある。

「サダムはヒットラーだ!」というユダヤ・ロビー宣伝が先行し、これがまったく根も葉もないことではなかったから、日頃はただちに「アメリカ帝国主義」批判を放つ左派陣営までが萎縮してしまったのである。おりしも、東欧に嵐が吹き荒れ、チャウシェスクがあっさり処刑されたばかり。チャウシェスクと親しかったサダムを擁護すると思われては大変だ、という心理が強力にはたらいて、歴史の現実が見えなくなってしまったのである。

「歴史家としてこれを見ますと、世界の人たちが一瞬にしてリアリズムを失った」「なだれを打って、国連による新秩序とか法の支配を口にする」「憑きものがついたんじゃないか」「みんながそのレトリックに乗った」

『月刊アサヒ』(91・4)における静岡大教授中西輝政の発言である。

 そこで逆に、右派の雑誌の方に遠慮のないアメリカ謀略説が目立つという、奇妙な現象が生まれた。『文芸春秋』(91・4)の松原久子論文「アメリカは戦争を望んでいた」もその一例である。

 防衛庁関係者を主要な読者層とする『軍事研究』はこのところ売り切れ続きらしいが、発行元のジャパン・ミリタリー・レビューは防衛庁の並びのビルにあり、巻頭言を読むと社長はかなりの右派である。ところが、この雑誌(91・4)にも、やはり右派で有名なフジテレビ系列FNNの元特派員稲坂硬一がこう書いている。

「……仕掛人はブッシュという米国の謀略説を始め、今回の戦争は表面の戦闘とは別のところで、数々の権謀術策がうごめいている」「ブッシュは不意を突かれたふりをしただけで『実はイラクがクウェイトと言うエサに飛びつくのを待っていたのだ』という謀略説が登場している」

───────────────★────────────────

 だが、かくいう私自身も、時流に逆らって「これは帝国主義戦争だ」と断言してみたものの、やはり心細かった。湾岸戦争後の一九九一年七月末に岩波書店が「世界歴史叢書」の一環として出した

『アメリカ現代史』の「あとがき」で、次の記述にめぐり会ったときには、奇妙な安心感を覚えてしまったほどである。

「アメリカの戦争のやり方は、たとえ正当な根拠に基づいていたにせよ、多分に高圧的であり、『帝国主義』的であるといっても不当ではないであろう。湾岸戦争は圧倒的な軍事力によりつつ、経済的には日本などの相当数の国から資金をなかば強制的に拠出させて展開された。つまりアメリカは、相対的な経済力低下にもかかわらず、軍事力をはじめとする総体的な国力に基づいて、先進資本主義諸国における主導的役割をになって、中東のみならず第三世界全体にたいして、支配的地位を確保しようとしたと思われる。いいかえれば、それは世界的帝国主義体制の先端にある『アメリカ帝国主義』のあらわれである、ということになるであろう」

 これは学者の文章だから、非常に用心深く、まわりくどくなっているが、「たとえ正当な根拠に基づいていたにせよ」という条件づけの裏を返せば、「正当な根拠」への疑いを匂わせているとも解釈できる。つまり、「正当な根拠」そのものが怪しいとなれば、これほど「帝国主義」的で偽善に満ちた「現代的侵略戦争」は、かつて例を見なかったともいえるのではないだろうか。私は、この疑惑を、「報道操作」とその陰にひそむ「謀略」の手口と陰謀組織、アメリカ支配層の実態に迫ることによって、いささかなりとも明るみに出そうと努力した。

 最初から決定的で危険な、しかも結論めいたことをいうようだが、いまのアメリカ支配層のほとんどは、日本のロッキード疑獄やリクルート疑獄の被疑者たちの同類もしくは先輩であり、大衆を欺瞞するのは平気の平左なのである。簡単な日常的例証はボブ・ウッドワードの『司令官たち』にも出てくる。

 ブッシュ大統領の最初の人気取りキャンペーンは「麻薬戦争」だったが、密売の大物エスコバルの逮捕計画が失敗し、「大統領演説にぽっかり穴が開いてしまった」。そこでブッシュの側近は、チンピラ運び屋のやらせ逮捕劇を仕組んだ。だがこれを、「ワシントン・ポストがすっぱ抜き、ブッシュ政権は面目丸潰れとなった」のである。


(5ex) 「第一部:CIAプロパガンダを見破る」