『湾岸報道に偽りあり』(45)

第三部:戦争を望んでいた「白い」悪魔

電網木村書店 Web無料公開 2001.6.1

第八章:大統領を操る真のアメリカ支配層 1

原爆製造をも謀議した「紳士のみ」エリート・クラブ

 ベクテルの企業史は、アメリカが世界の憲兵を買って出る過程の一部をなしている。

 民主主義を掲げるアメリカが世界帝国に発展すると同時に、国内の政治支配機構にも大きな変質が起きた。一九三九年に大統領府が設置され、以来、議会の承認なしに大統領が任命できる「大統領補佐官」=「ホワイトハウス事務局」=「国家安全保障委員会」という側近体制と、CIAから通商代表部にいたる七つの大統領直轄行政機関が成立した。

 この大統領府は、旧来の、長官や幹部の任命に議会の承認を必要とする閣議・各省庁・各種委員会の行政体制と並存している。現在の実状に対しては、三権分立を形骸化する大統領独裁体制ではないかという批判もなされている。

 CIAの権力には「見えざる政府」の異名がつけられた。だがこれも、大統領直轄下の官僚機構の一つにしかすぎない。

 ところが、肝腎の大統領の陰にはさらに、大統領メーカーたちが潜んでいる。本当の権力、真の国家支配者たちは、「 Above the Line 」(ある線以上)と呼ばれ、もっと上のレヴェル、『ベクテルの秘密ファイル』の原題『 FRIENDS IN HIGH PLACES 』が示すような「高い位置」に隠れている。ベクテルも、その強力な一員なのだ。たとえば、「裏議会」または「影の政府」の異名を持つボヘミアン・クラブの実態と役割は、まだまだ世間には知られていない。特に、日本では……。

『ベクテルの秘密ファイル』の第一章の題名は「秘密の社交クラブ」である。

 最初の場面はサンフランシスコの高級住宅地。お抱え運転手つきのキャデラックに、ベクテルの三代目当主ステファン・ジュニアが乗り込む。行き先は「ボヘミアン・グローブ」(放浪者または芸術家の「小さな森」の意)と呼ばれる森の中のキャンプ場である。

 キャンプ場とボヘミアン・クラブの実態については、『星条旗のロビイスト』と『日本の錯覚 アメリカの誤解』に詳しい記述がある。この二冊の著者、高橋正武は、カリフォルニア州知事補佐官として十年勤務などの異色の経歴の持主で、実際にキャンプに参加したことがあるのだ。

 一般に「芸術家の溜り場」といえば、パリやニューヨークの裏町の安宿を想像するのだが、ここは大違いの豪華さ。世界的な巨木として有名なレッドウッドが生い茂る森林地帯の「私有地」。約二千平方キロの敷地の中に、川あり、湖あり、野外劇場あり。キャンプは一二二ユニットで、一ユニットに数十名宿泊可能。もちろん、超一流のまかないつき。周囲は高圧電流を通した有刺鉄線で囲まれ、完全武装のガードマンが二四時間体制で警備に当たっている。

 サンフランシスコのボヘミアン・クラブ本部は、レンガ造りで五階建てのビル。正面にはびっしりとツタが密生し、目立つ看板もない地味な建物だが、その奥行は底知れない。アメリカ各地の名門クラブの上に立つ、アメリカ随一の最高級名門クラブなのである。

 秘密主義に徹しているためか、会員数からして各種資料にくい違いがある。千四百人、千六百人、千八百人、といったところ。一応、千数百人としておこう。今から百三十年ほど前の一八七二年、荒らくれ者の港町として悪名高かったサンフランシスコに「文化と芸術の促進と交流」を目指して結成された当初の会員は、わずか十数人。それが今では、会員が死亡しない限り新入会を認めないという定員制度をとっており、入会選考委員会の厳しい審査を通った数百人の入会候補者が、早い場合でも五、六年は待たされている。

 現在は七月十日前後に開かれるキャンプに、例年、非会員五百人が招待されるが、これも二十人で構成されるゲスト選考委員会全員の賛成を必要とする。日本人で招待されたのは、今までに二人だけ。一人目の高橋正武は特別会員の資格も許されている。もう一人はユニデン・グループの会長、藤本秀朗。今までに招待を受けようと下工作した日本人の有力者は何人もいるそうだが、だれも成功していない。

 会員の資格は、会則第一条「文化・芸術に情熱を抱く『紳士』」。イギリスの「紳士」クラブを強引に訪問した実績を誇るサッチャー首相でさえ、このクラブでは、「将来、もし『ミスター』になったら歓迎します」と丁重に断わられ、抗議せずに引き下がったという。一九八〇年代には、ウーマンリブ組織が「アメリカ最大の攻撃目標」に定め、しきりとデモをかけたが、「紳士のみルール」は守り抜かれた。

 だが問題は「紳士のみルール」に止まらない。高橋正武が「WASP(純白人)のみ」と記す実態である。WASPは言葉通りに解釈すると「ホワイト・アングロ=サクソン・プロテスタント」だが、その境界線は実際にはあいまいなようだ。もともと、言葉どおりのWASPの範囲内で血統を守っているわけではないから、それは当然の結果であろう。ともかく、従業員さえも年配の白人にかぎられ、FBIが身元調査した上で採用されている。例外的にユダヤ系のヘンリー・キッシンジャーが会員になっているが、裏情報によるとこれは「特別」入会で、理由は「大学教授」「国務長官」の経歴で 「反共主義者」だからだという。政党系列では、九八%が共和党員もしくは共和党支持者、民主党系はたったの二%しかいない。それでもこの二%が、いざというときの橋渡し役になり、民主党の右派を味方に引き寄せているらしい。

 会員のうち、約四百名はクラブの趣旨にもとづく芸術・教育関係の著名人で、レーガンもかつては映画俳優として名を連ねていた。だが、この入会審査も、芸術的技量よりは「政治的スクリーン」の結果というのが裏情報である。元・現大統領はニクソン、レーガン、ブッシュ、いずれも共和党。上院・下院の議員が約二百名。元・現州知事が百名以上。元・現閣僚や司法関係の有力者多数。そしてなによりも、財界の有力者がほとんど網羅されている。これはまさに、現代アメリカ新貴族の宮廷である。ベクテル一族は創業百年に満たない成り上がり者だが、二代目当主ステファンに引き続き、三代目当主ステファン・ジュニアが会員になった。

 ボヘミアン・クラブの地位上昇は、カリフォルニア州のそれと正比例の関係にある。今ではアメリカ一の人口(選挙の票数)と経済力を誇るカリフォルニアを抜きにして、ワシントンやニューヨークだけで政治を動かすことはできない。カリフォルニア州の地位上昇とともに、ボヘミアン・グローブの男たちだけのキャンプで、重大な決定がなされる仕組みができあがったのだ。また、そこでファーストネームで呼び合う仲になった同士なら、電話一本で話がつく。

「ウヌ……」とはいっても、それほど驚くには当たらない現象であろう。日本でも、料亭とかゴルフ場で、重大な政治的取引が行なわれているのだから。

 各種資料から、ボヘミアン・クラブで実質的に「決定」または「論議」されたといわれている重大問題の一部を、抜き出してみよう。

 一九四一年七月(真珠湾攻撃の五ヵ月前)……日本への経済封鎖の強化。原爆製造の極秘「マンハッタン」計画。第二次世界大戦直後……アイゼンハワー陸軍大将(のち元帥)が朝鮮戦争を予告。一九六七年……ニクソンがレーガンから大統領選挙不出馬の約束取りつけ。一九八〇年……イランのホメイニ革命で発生した米大使館占拠・人質事件に関して、民主党カーター大統領への非難、共和党レーガン大統領候補への支援体制。

 となれば、いわゆる「湾岸危機」への対処もしくは「イラク処分」の方針も、議論の対象にならなかったわけはないのだが……。


(46) 資金豊富な政権共和党と議員数でまさる民主党