Political Criminology - US-VISIT introduced in Japan

国際人権NGOとしてのアムネスティ･インターナショナル

企業と人権の最終報告書をめぐって

国際人権No.22（2011年、国際人権法学会）

国際人権NGOの戦略性

　国際的な人権NGOは、国際人権保障システムの実践の場において、専門団体として一定の役割を果たしている。その目指す方向性がその後の国際人権法の発展の動きと連動することもしばしば見られる。

　国際人権NGOのこうした位置づけは、NGO自身が少なからず意図しているところでもある。自らを運動と規定するNGOにとって、国際人権法は、現実に生起する問題を解決するための既存の手段であるとともに、実際に問題を適切に解決できるようにするため変えなければならない対象でもある。したがって、NGOは、運動として、国際人権法の将来的な姿に一定の意図を持って働きかける存在でもある。

　国際人権NGOが強く意識しているそうした戦略的な視点は、しばしば現実の国際人権法の発展を方向づけて来たし、世界的規模で特定の社会問題を印象付けることにも成功してきた。いわば、新たなテーマを「社会問題」化するプロセスに、NGOは関わってきている。

　東西冷戦の構造が変化し始めた1990年代以降から2000年代にかけて、こうしたNGOの態度は一層強くなった。大まかに言えば、貧困問題を人権の問題として捉える経済社会権の強調、従来の人権運動の枠を超えた広範な社会運動との連携、ミレニアム開発目標（MDG）と人権の問題をつなげる権利基盤アプローチの強調などがそれにあたる。2010年国連総会で採択された水と衛生の権利に関する宣言を推し進めたことや、経済社会権に関してポストMDGを見越した新たな目標を設定する際に人権の観点を含めさせることなどもそうした例である。

「企業と人権」というテーマ

　近年、上記のような問題群と連動しつつも、企業活動と人権という視点から捉えられる新しい問題意識の潮流が、新たな重点領域として力を増してきている。グローバルコンパクトの制定に始まり、国連の場では、ここ数年この企業と人権の問題に強い関心が寄せられてきた。2003年に人権小委員会が採択した「人権に関する多国籍企業その他の企業の責任に関する規範」は、多くの国際的なNGOが強く推していたし、これを企業活動に関する法的な枠組みとして認めさせようとする努力が払われた。NGOの中には、先行してこれを事実上のスタンダードとして使おうとする向きもあった。しかし、この責任規範の取り扱いが、人権委員会の人権理事会への改組とともに事実上棚上げされ、凍結されるに及んで、NGOの間では戦略上の方針転換が検討された。

　企業と人権の問題が国際NGOの間で問題とされたのは、主に次のような理由による。まず、国際的な人権問題をめぐる場面でも企業が重要なアクターとして関わっており、実質的に企業が人権侵害を引き起こしている例も散見されることである。特に国際市場において巨大な影響力を発揮する企業の活動に対する法的責任はあまり明確化されていない。そのため、一旦企業の活動によって問題が生じた場合の責任追及が難しく、被害者側にとって大きな足かせとなっている。これを解決できる国際的な法的枠組みを設置することが目標とされ、いわゆる道徳規範が構想されたのだが、その限界が明らかになるに連れ、新たな実効性のある法的な枠組みを構想することが急務となった。

企業と人権をめぐる法社会学的アプローチ

　企業活動に対する法的枠組みの整備が望まれたのは、現実に企業が関係する人権問題に対応してきたNGOの経験上の要請でもあった。しばしば、NGOは企業に対して訴訟も辞さないと考えられることがあるようだが、現実にはNGOや市民団体は、企業に対する訴訟には慎重な態度を示している。法社会学の分野でMarc Galanterが1974年に提起した仮説は、こうした社会運動的な訴訟形態も考慮に入れた興味ある分析を行っている。*1

*1 Marc Galanter "Why the 'Haves' come out ahead: Speculations on the limits of legal change" Law & Society Review Vol.9 No.1 Fall 1974

　Galanterによれば、法務部などを備えた企業は、訴訟実務に慣れており、Repeat Player（RP）として、訴訟サービスを繰り返し利用するという経験上の優位性を持っている。これに対して、対企業訴訟を行う側は、訴訟サービスには、One Shotter（OS）、すなわち一度きりの当事者として関わることが普通であり、経験を蓄積し、そのノウハウで訴訟を闘うという構図に入りにくい。その結果として、RPである企業側が勝訴する可能性が高くなってしまうという。企業側が勝訴し、それを追求する市民団体側、NGO側が敗訴の可能性を強く持つということになると、訴訟という活動形態は、戦略上のリスク管理の面から考えて、採用しにくいものだということになりがちである。Galanter自身は、こうした経験上の差は徐々に縮まり、やがてNGO側にも対企業訴訟の経験が蓄積することで勝訴率が変わってくるのではないか、という予測をしているが、敗訴のリスクを考慮すると、現在でも以前としてNGO側には訴訟という行動形態を採用するだけのインセンティブは十分には備わっていないと言わざるを得ない。特にグローバルに展開される企業の活動を対象にした訴訟については、各国とも十分な法体制を備えておらず、適切に企業の責任を追及することが難しいという現状もある。*2

*2 現実に、Galanterの仮説を検証した1999年の研究でも、RPは以前として強力であり、対企業訴訟の場合の企業側の勝訴率が高いことが指摘されている。（Joel B. Grossman, Herbert M. Kritzer, & Stewart Macaulay "Do the 'Haves' still come out ahead?” Law & Society Review Vol.33 No.4 1999.）

　こうした事情を踏まえ、NGO側が企業との訴訟踏み込むリスクは、当のNGOによっても、かなり高く見積もられている。そこで、NGOとしては、実際に人権侵害に関与していると見られる企業に対しても、司法的、準司法的、非司法的とを問わず、さまざまな手段を動員することが必要になる。強く望まれる国際的な法的枠組みに関しても、従来のような条約を中心とする法体系にこだわらず、それを超えた多様な施策を講じるほうが状況に適っているとも考えられることとなった。

ラギー・フレームワーク

　以上のようなNGO側の動きを見据えつつ、国連は2005年にJohn Ruggieを事務総長特別代表として任命し、企業と人権の問題に注力するようマンデイトを設置することとなった。その事務総長特別代表2008年中間報告書が、いわゆる「ラギー･フレームワーク」の名前で知られる「国連保護・責任・救済フレームワーク」と呼ばれるものである。*3 ここでは、NGO側がこれまで経済社会権の重視や具体的な企業と人権の問題に対して取り組んできた成果を踏まえ、企業と人権の問題を全体的に広くカバーする枠組みが、国家による人権保護義務、企業による人権尊重責任、救済のための法制度の構築、の三部構成で総合的に提起されている。

*3 ”Protect, Respect and Remedy: a Framework for Business and Human Rights” Report of the Special Representative of the Secretary-General on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises, John Ruggie （A/HRC/8/5 7 April 2008）

　この2008年報告書のインパクトはかなり大きく、道徳規範の挫折を経験したNGOの力が、再び活発化することになる。まず、このフレームワークの登場を受けて、国連人権高等弁務官事務所が企業と人権の問題に関する活動を活発化させはじめた。また、OECDガイドラインがこれに合わせる形で改訂が進められ、さらに各国の国内法や企業内の諸規程の整備、国際標準化機構（ISO）のISO26000シリーズの策定に見られるような国際的な企業と人権の規程化の動きが生じることにより、国際NGOが強く主張してきた企業と人権との関わりに対する国際的な基準の設定に、大きな弾みがついたと言えるだろう。

　この2008年報告書は、あくまでも暫定的な中間報告という形態ではあったが、その後の企業と人権に関する国際人権法の体制が素描されていた。これを実質化し、指導原則としてまとめる作業が2011年の最終報告に向けて目指されることになる。John Ruggieと彼のチームは、その後2010年後半にこの指導原則（Guiding Principle）のドラフトを準備し公開した。ここでさまざまなNGOからの反応を得ることになったのである。

2011年指導原則に向けたNGOの反応

　2008年フレームワークへの期待が大きかったこともあり、この2010年草案に対するNGOからの反応は、むしろ批判的であった。草案が、企業に対し、明確な法的義務を課すものではなく、企業が自主的に左右できる人権尊重の責任という枠にとどまったと評価されたためである。アムネスティをはじめとする国際NGOは、共同書簡、個別の声明といった形で、次々と草案にコメントし、企業の責任への言及部分が、2008年当時よりも弱められたという認識が強く示された。*4 特に、人権に関する企業の法的責任があいまいで、企業を免責してしまう危険性が高いという懸念が示された。これに対してRuggieは、国際人権NGOは、これまで国家と企業の責任を追及する上での法的基準が存在しないことを再三にわたって批判してきたが、今回の指導原則は、その法的基準を設ける上での大きな一歩であり、これを批判するのは失当であると断じている。両者の文書上でのやり取りは短いものだが、最終報告で示されるべき指導原則の位置づけに関し、その意図が明確になったことは重要なポイントである。

*4 2011年1月に出された国際NGO諸団体からの批判声明、"Joint Civil Society Statement on the draft Guiding Principles on Business and Human Rights"には、アムネスティのほか、ヒューマンライツ・ウォッチ、国際人権連盟、国際法律家委員会（ICJ）、ESCR-NET、CIDSE、RAIDなど、有力な国際人権NGOが連名している。

　この指導原則は2011年3月に最終版が提示され、6月の人権理事会で最終報告書とともに採択された。31項目の原則とそのコンメンタールから構成される。*5 採択前には批判を展開していたNGO諸団体も、一旦成立した後は、指導原則について受け入れに転じている。指導原則のアプローチは、既存のすべての国際人権基準を援用しつつも、各国内の司法的な体制および準司法的な仕組みと考えられる国内人権機関などの役割の重視、さらには非司法的な枠組みとしての企業内のコンプライアンス体制までを視野に入れた総合的な施策であり、道徳規範の際に見られたような新たな国際基準作りとは異なった提案となっている。Ruggieのこれまでの発言なども含めて考えると、これは、一般的な国際基準作りに主な力点を置いてきたこれまでの国際人権法の動きから、さまざまなレベルの法的枠組みを有機的に機能させるという新しい方向性への変化を象徴するものかもしれない。

*5 "Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations ’Protect, Respect and Remedy’ Framework" （A/HRC/17/31 21 March 2011）

　中でも、デュー・ディリジェンスとして知られる手続の要請は、各企業ごとに人権侵害に加担しないための事前の保障手続きの遵守を義務付けるもので、今回の指導原則だけでなく、OECDガイドラインやISO26000などでも大きく取り上げられており、企業の関心も高い。こうした手続きには、多くの場合、NGOを含めた多様な関係者が企業活動のチェックに関わる「マルチステークホルダー・アプローチ」が採用されており、NGOが企業と人権の問題に関わる領域は拡大したように見えるが、国際人権NGOの間では、そうした企業イニシアティブへの参画の関心が強いわけではない。そこには、企業の内部の手続きに絡め取られることによって人権擁護の目的から乖離してしまうことを警戒する意思も働いているだろうと思われる。

グローバル化時代の人権への傾斜

　この点について、国際人権NGOはあくまでも人権状況の改善を目的としているのであって、企業と人権と言う文脈においても、企業を人権擁護と親和性の高い存在にしようと考えているわけではないことを再確認しておくことが重要だろう。そうした立場から考えれば、国際人権NGOが今後重視していく分野は、特定の企業活動を超えて、経済のグローバル化全般が人権に及ぼすであろう影響に対してどのように効率的に取り組むべきかという方向だとするのは、自然な流れだということになる。

　そうであるならば、企業と人権という問題が国連で問題になった流れもまた、企業アクターの国際人権法への取り組みという文脈だけでなく、今後展開される経済のグローバル化と人権の問題を取り上げるための入口の一つだったということが明確になる。今後、取り上げられる可能性が強いのは、国際金融機関の活動が人権に与える影響や、開発金融と経済社会権、特にグローバルな貧困撲滅へと連なる問題群であろうと考えられる。各地で続く武力紛争などへのアプローチについても、従来の自由権中心の捉え方から、新興経済国による投資と経済のグローバル化が及ぼす影響、それへの人権論の立場からの対応という視点で捉える可能性が高い。実際、BRICSなどの新興経済国が人権状況に対して及ぼす影響は、今後ますます国際人権NGOによって重視されるだろうと思われる。ここでも国際人権NGOは、今後の国際人権法の体制が向かうべき方向性をすでにある程度先取りした上で戦略を講じているのである。

国際人権法に関わるアムネスティの組織

　このように国際人権法の新たな潮流を生み出す場合、どのような戦略で臨むべきかについては、国際人権NGOは専門団体として慎重な検討をおこなっている。アムネスティの例で言えば、現在の方向性を選択するまでに10年以上におよぶ国際的な議論を経てきた。会員組織であるアムネスティの場合、そうした議論は、世界中の会員との長年の協議の中で進められ、二年に一度の頻度で開催される世界大会において決議として採択される。近年では、6年ごとに策定されるアムネスティ全体の統合戦略計画の議論の中で、国際人権法の全体的な動きや、今後目指すべき課題などが検討され、目標として組織内で共有されることになる。

　そうした国際人権法に関わる議論の中核に位置してきたのは、世界各国でアムネスティの会員として活動する国際人権法学者や実務家、弁護士などであるが、日常の業務執行に携わる職員集団である国際事務局の国際法務部、そして各国支部の国際人権法に関わる職員、ボランティアたちもまた、組織の実務を担うという立場から、日々の活動を推し進める立場にある。各国の人権侵害事例を直接調査する調査員たちと並んで、国際法務部の専門家たちは国際人権法に関わる動きを日常的に追い、その中から、新たなアプローチを生み出すべき組織的な位置に立っている。

　アムネスティは、国際事務局をロンドンに置き、およそ80か所に及ぶ支部、準支部、地域事務所などを有する。国際法務の分野では、ジュネーブとニューヨークに国連代表部を置き、国際人権法の専門家を職員として配置している。その専門領域は、国際人権法、国際人道法、国際刑事法の各分野に及び、各国支部にもそうした専門家を職員あるいはボランティアとして擁している。各国支部と国際事務局との関係は、上下関係ではなく、水平的に連携している。そうした国際的ネットワークを通じて、アムネスティでは、国際人権法に関係するアドボカシー活動を遂行している。

　国際レベルでの活動に関しては、国連の人権理事会に対する活動が中心を占める。憲章71条及び国連NGO規則に規定された協議資格を持つNGOとして、人権理事会を舞台として、各国政府に対する様々な働きかけを実施しているのだが、安全保障理事会に対しても、いわゆる「アリア形式ブリーフィング」などを通じて必要な情報提供を行っている。特に武力紛争などと関連する人権侵害事例を扱う場合には、人権理事会とともに、安全保障理事会、そして国連総会第三委員会などに対して働きかけることになる。人権理事会に関しては、各会期ごとに、ロビー重点項目を策定し、国際事務局と各国支部の専門家らによる国際的ネットワークを通じて世界中から働きかけている。テーマによっては、複数の人権NGOが連名で声明を出すこともしばしばある。

　国際事務局は主に、そうした国連の憲章機関との連携を基本にしているのに対して、各国支部は、それぞれの関係する分野の特別手続きや条約機関などに働きかけることが多い。たとえば自由権規約第40条に基づく自由権規約委員会での日本政府報告書審査に際しては、アムネスティ国際事務局が日本に関するNGOレポートを提出し、条約機関としての自由権規約委員会への働きかけは日本支部及び日本担当の調査員が実施する。これと同じ構造で対応しているのが、人権理事会における普遍的定期審査（UPR）手続きである。アムネスティでは、全世界各国のUPRにレポートを出すことを方針としており、各審査に対しては、関係各支部及び担当部署が適宜フォローすることになる。

NGOの戦略構想が示す今後の方向性

　組織としての戦略の方向性が示されると、こうした日常の作業の際にも、重点領域に関するアドボカシーに力点が置かれることになる。国際事務局では、重点領域を担当する部署が設けられ、国際人権法から見たその重点領域に関わる問題点が研究される。その上で、各国、各地域の調査活動にもそれが反映し、人権理事会や特別手続、条約機関への情報提供などでも、その重点領域に関係の深い事象が強調されることになる。重点領域の「問題化」である。

　こうしたプロセスは、単一のNGOだけの現象ではない。たとえばアムネスティの方針は、他の国際人権NGOとの間で、一定程度の連携を見越した上で形成されている。したがって、国際人権NGO諸団体には、ある程度共通した傾向が生じることになる。これが国際社会のダイナミックスとなって各国の態度にも影響していくのである。

　将来の国際人権法システムの姿を見越す上で、国際人権NGOの描いている戦略的な将来構想は重要な要素である。現時点で、諸団体が強く傾斜しつつあるグローバル化と人権というテーマは、今後の国際人権法の構造を考える上でより注目されるべき分野であろうと考える。

寺中　誠（東京経済大学）

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