南アジアの治安立法と予防拘禁
1994年7月南アジア研究合宿資料
- バングラデシュ
- インド
- パキスタン
- スリランカ
南アジア諸国の治安立法
治安立法導入の一般的な傾向として、まず憲法上の根拠を持ち、それにしたがって「命令(Ordinance)」という形式で導入され、その後議会通過の法律として恒常化されるというコースがある。非常事態令による緊急立法が先行するという場合も多い。
南アジア地域の治安立法の特徴としては、合法性を担保するためのReview(審査)手続きが比較的明確であり、一時的な、かつ強力な治安法よりも、恒常的な、かつ柔軟な治安法が好まれる傾向にある。旧英法の影響は絶大だが、成文化の傾向が強い。また、Schedule offenseが、通常の犯罪とは別に、こうした治安立法の問題として取り上げられる傾向がある。
ここで取り上げたのは、それぞれ治安立法として予防拘禁制度を持つ南アジアの特別法である。インドのThe Armed Forces (Special Powers) Actのように適用地域を限定する立法もあるが、ここでは割愛している。また、モルジブ(1990)のPrevention of Terrorist Act (PTA)とブータン(1992)のNational Security Act (NSA)は、制度の構造について資料が不足しているため収録していない。
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バングラデシュ
Special Powers Act (SPA)
1973年と1974年の2回にわたる憲法修正で設けられた特別法廷、人権制限条項などを核として1974年2月9日にSpecial Powers Act(「特別権限法」)として立法化。以後政治的反対者に対する予防拘禁法として機能している。
特別法廷は、本法にもとづき「国家主権ないし国防を害する行為」、「治安、公安にかかわる法、命令等を害する行為」などの事件を扱う。ダコイットなど指定犯罪もこれに含まれる。最高刑は死刑。その判決、決定、命令は通常裁判所では変更することができず、控訴審として特別控訴法廷が設けられているにとどまる。ただし、1985年の改正で最高裁高裁部の優越性が認められた(1980年の判例にもとづく)。
政府は、本法にもとづき「必要に応じて」予防的に身柄拘束することができる。被拘禁者に対する拘束理由の提示は15日以内、Advisory Boardによる拘束理由の審査は120日以内、継続拘禁の場合の通知は170日以内で、その後6ヵ月ごとに審査される。
正確な数字はないが、報道等から拾う限り、74年2月から75年8月までの期間(クーデター政権下)にこの法律にもとづいて逮捕された人々は25,000人に上るといわれる。1985年から1987年の期間でも同様の状態であったと推定される。現在バングラデシュには66箇所の拘禁所があり定員は16,381人(1991年現在)。
憲法141条Aにもとづく非常事態令
1973年改正で導入。1974年12月28日に初の非常事態令が発動。1975年にはEmergency Powers Actが成立。また1975年8月15日から1979年4月6日まで戒厳令がしかれた。1979年11月27日に非常事態令は解除。だが1982年3月24日から1986年11月10日にわたって再び戒厳令がしかれている。
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インド
National Security Act 1980 (NSA)
Terrorist and Disruptive Activities (Prevention) Act 1987 (TADA)
憲法22条に予防拘禁条項があり、これをもとに、Preventive Detention Act 1950 (PDA)が設けられた。当初は1950年2月から1年間の有効期限だったが、その後1969年末まで延長された。またこれをモデルとして、1971年5月7日にはMaintenance of Internal Security Ordinanceが大統領令として発布され、同年7月にMaintenance of Internal Security Act (MISA)として立法化された。MISAはジャナタ・ダル政権下の1978年に廃止された。経済犯罪については、現在も有効なConservation of Foreign Exchange and Prevention of Smuggling Act 1974 (COFEPOSA)が、MISAの経済版として1974年12月13日に施行されている。治安立法の一般法として、現在も用いられているのはNational Security Act 1980 (NSA)であり、その原型は1980年9月22日のNational Security Ordinanceである。テロ行為等についてはNSA以外に、Terrorist and Disruptive Activities (Prevention) Act 1987 (TADA)があり、1990年だけで5000人が拘禁されたという。
インドの治安、国防等を害する行為に対して、中央ならびに州政府は、「必要に応じて」予防的に身柄を拘束できる。州政府は中央政府に対して拘禁理由について報告義務がある。また、本法の特徴として、期間を設けて、州政府からさらに下位のDistrict MagistrateやCommissionerにこの権限を委譲することができることがある。この場合、州政府の事後承認が必要であり、承認を得られない場合の拘禁は最大12日である。
身柄拘束の最大限度は12ヵ月で、一事不再理原則の適用がある。また、釈放、条件付釈放、一時釈放などについては、必要に応じて自由におこなうことができる。
Advisory Boardによる審査については、1984年に改正された。拘禁理由の提示は10日以内から15日以内に延長され、審査を受けずに拘禁される期間を3ヵ月から6ヵ月に延長した。
1984年には、さらに改正があり、パンジャーブとチャンディガルの紛争地域については、拘禁期間を1年から2年に延長することができるとした。後のテロ防止法への先行措置と捉えることもできる。1987年、TADA導入にともない、テロ行為については、Advisory Boardの審査なしで3ヵ月以上拘束され得るとした。
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パキスタン
Security of Pakistan Act 1952 (SPA)
パキスタンでは独立以来、幾たびかの改正を経つつも、憲法上治安条項が盛り込まれていた。英国統治時代の例外的措置という性格から、独立後はむしろ恒常的な制度としての性格を強く出しつつある。それを根拠として1949年には最初の治安法令であるPublic Safety Ordinanceが成立した。本来この法令は1年の期限付きだったが、毎年更新される形で継続した。その後1952年に同名の別の法令に引き継がれ、そこで中央政府が「公安」「治安維持」を理由に予防的に拘禁することが認められた。両法令とも、被拘禁者の人権保障についてはなんらの規定も持たない。そこで、Security of Pakistan Act 1952 (SPA)が、1952年法令を引き継ぐ形で導入された。なお、各州レベルでもそれぞれOrdinanceが存在している。
SPAもまた3年期限の法律だったが、更新されて継続している。1962年には、身柄の拘束理由の制限が修正された。それ以前には「パキスタン国家の安全」のほか「国防上の利害」「外交上の事項」「共同体に必要なサービスや物の維持」「治安維持」といった理由が掲げられていたが、この修正で「パキスタン国家の安全」のみに限られることになった。
SPAは1ヵ月以内に、被拘禁者に対して身柄拘束理由を提示しなければならないとなっているが、1962年の予防拘禁法(上記の改正法)では連邦が直轄する地域であるとないとを問わず、政府は身柄拘束理由を被拘禁者に対して速やかに、遅くとも15日以内に提示しなければならない、としている。
身柄拘束の審査の過程には、Advisory Board(現在憲法上に規定されている)が登場する。この審査手続については煩瑣に修正が加えられており、1991年現在の制度としては、以下の通りである。Advisory Boardが審査の結果相当の理由が存在すると答申しない限り、身柄拘束期間は3ヵ月を超えてはならず、また被拘禁者はAdvisory Boardから事情聴取を受ける権利がある。拘束期間の延長についても、Advisory Boardの審査が必要であり、かつ6ヵ月毎に審査されなければならない。
Maintenance of Public Order Ordinance 1960 (MPOO)
西パキスタン時代に発布された公共秩序維持令で、SPAと異なり期間設定がなかったため、現在でも有効である。公安維持ないし秩序維持を害する行為をする人物を予防的に身柄拘束できる。この「公安維持ないし秩序維持を害する行為」には非合法集団に所属することも含まれると1964年に規定された。同年、政府は全州に対し、MPOOにもとづく権限委譲をおこなっている。その執行については、SPAと同様、Advisory Boardが審査権を持っている。
Defense of Pakistan Ordinance 1965 ほか、ないし戒厳令
印パ戦争の影響で、1965年9月に国家防衛法が発動。また1971年にも同様の紛争の中で発動している。1977年に廃止。中央政府は州政府に対して権限を委譲していた。1977年5月から、戒厳令が発動した。
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スリランカ
Emergency Regulation 17(1)、26、41(2)(b)
英法上の有事立法を範として、非常事態令(Public Security Ordinance -PSO)下で立法化された。PSOの2条と5条は、大統領に治安維持目的による緊急立法の権限を与えており、これにもとづくものである。17号令(1)は予防拘禁法であり、国防担当のSecretary*の判断で、26号令(扇動)ないし41号令(2)の(b)(破壊活動)に定められた行為ないし、国家の安全あるいは秩序維持を害する行為のおそれがある場合、身柄を拘束できるとしている。
* Secretaryは、国防相を兼務する大統領の指揮の下で国防省を担当する職。
身柄拘束の期間制限は特に設けられていないが、非常事態令にもとづく措置であることから毎月の更新を要する。身柄拘束の命令が発せられた場合、法執行権は警察官および軍人に委ねられる。拘禁場所については、警視総監の決定による。
Prevention of Terrorism (Temporary Provisions) Act (PTA)
1979年導入。テロ行為および個人、集団、団体、組織等による非合法活動を予防することを目的としている。法執行の最高責任者は憲法44条にもとづき大統領が任命する。拘禁期間は、まず3ヵ月まで、さらに最高3ヵ月毎に更新されるが、18ヵ月を超えてはならない。
PTAにより処罰対象となる行為以外でも、非合法活動(同法6条に定義されている)であるおそれがある場合、予防目的による制限、特に拘禁が可能である。
Based on:
Andrew Harding and John Hatchard ed. "Preventive Detention and Security Law: A Comparative Survey". 1993. Martinus Nijhoff Publishers.
(S.Malik, M. Abraham and Paramjit S Jaswal, GL Peiris for each country.)
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