入管法改定が目指す外国人管理の新局面「世界」2012年10月号、pp33-36 2012年7月9日から、いわゆる「新しい在留管理制度」が施行されることとなった。2009年7月に成立した入管法改定に伴う措置であり、在留資格によって日本に一定期間在留する外国人(中長期在留者)を対象として、法務大臣が在留管理に必要な情報を一元的、継続的に把握する制度である。これに伴い、これまで外国人管理政策の要となっていた「外国人登録」の制度は廃止となった。 今回の改定の意味は大きく分けて二つの方向性から考えることができる。一つは外国人管理の制度的一元化である。これまでは、中央における出入国管理と地域における外国人登録という二つの異なる制度に分割されていたため、二つの制度間の相互連携や管理方針のずれなどが発生し、さまざまな不都合もあったが、一方で現場レベルでの裁量の余地も生まれていた。今回の改定は、二つの制度を法務大臣の下に統合し、情報管理、事務処理を一つにまとめることで、こうしたずれを解消する意図を持っている。 もう一つは、これまで日本国籍を有する住民のみを管理対象にしていた住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が外国籍住民に対しても援用されるようになったという側面である。これまで、外国人である住民については外国人登録制度が日本国籍者を対象とした住民基本台帳とは異なる体系の下で運用されていた。しかし、今回の改定によって、特別永住者に対しては市町村で特別永住者証明書が、永住者、定住者、日本人の配偶者にあたるような外国人に対しては中長期在留者として在留カードが発行されることとなり、ともに住民票が作成されることとなった。これにより、住基ネットは、日本に合法的に居住するほぼすべての住民のデータを一元的に管理できることになったのである。このことの持つ意味は、現在上程されている共通番号制を考慮すると、極めて大きい。 外国人管理の一元化による問題これまで、法務省入国管理局は、日本に居住する外国人の在留資格の決定および管理を担っていたものの、実際に外国人が日本国内に居住する場合には、各市町村で外国人登録を行う必要があった。市町村レベルの外国人登録の中で把握される身分変更、住所地の変更などに関しては、入国管理局は事後に市町村から連絡を受けることで把握するにとどまり、間接的な管理となっていた。 外国人登録原簿は、各市町村において居住に伴う登録手続に付随して作成されるものであり、登録手続をしないと作成されない。また、転職などにより移転等を繰り返すような場合、入管当局はそうした生活実態を追うことができない。入管の持つ情報との齟齬が発生する事例が多いため、当局は一元的な情報の管理を求めていた。 一方で、外国人登録の事務は、本来的には在留資格とは独立に行われていたため、在留資格がない場合にも、市町村の裁量で登録が行われる余地があり得た。そこで、仮に在留資格がない状態になった場合でも、出産や乳児医療、公教育などのサービスを受けることは一応可能だったのである。 市町村レベルでは、これまで非正規滞在者であると無いとを問わず、この間隙を縫って子どもに対する公教育や各種生活サービスを提供してきた。しかし、今回の制度改革は、この種の現場レベルの裁量に基づく配慮を、むしろ有害なものとして駆逐することを目指している。 実際には、在留資格なしのまま外国人登録を行っていた人は少数であろう。在留資格がないことで取り締まりに怯えて暮らしている人びとが、表向きは連絡通報をしないとされている市町村の役場とは言え、公の機関に自らの状況を申請することを躊躇するのは当然である。そのようなリスクを冒してなお登録している人びとは、医療や教育など、差し迫った必要があると考えるのが自然である。 にもかかわらず、立法段階において当局が在留資格なしの申請者がいることをもって従来の制度の欠陥と指摘したのは、そもそも当初から、非正規滞在者を追い出したいという意図があったからである。従来制度の問題点として挙げられていた「不法滞在者の在留継続を容易にしている」という批判は、犯罪対策閣僚会議で出された指摘だが、ここでは「不法滞在者が日本の治安状況を悪化させている」という理解が、事実の検証を経ないままに所与の前提とされた。これは、2003年以降、警察庁が恣意的なレトリックで印象付けた結果、首相や知事、議員らによる一連の政治的発言に表れることとなった「外国人嫌悪」の発露である。 このように、今回の改定はそのそもそもの目的として「不法滞在者を追いだす」ことを掲げていた。そのために彼らの生活への圧力を高めている。実際に子どもを持ち、家庭を持つにいたった非正規滞在者の場合、人道上、社会サービスの提供を即座に断ってはならないことは論を待たない。しかし、そのような場合の対処方針について、当局は未だにはっきりとした基準や態度を示していない。 在留カードをめぐる問題今回の改定により、中長期在留者とされた外国人には在留カードが渡され、常時携行の義務が課される。これにより、一枚のカードを通じて、その外国人のすべての身分関係を一元的に管理することが可能となった。発行される在留カードには、住所、在留資格、在留期間、就労制限や資格外活動許可の有無などが記載される。 在留カードをめぐってはいくつもの問題点が指摘されている。今回の改定では、外国人が雇用されている場合について、雇用主に「在留資格の有無」と「就労制限の有無」を確認することを義務付けた。これに反して無資格の外国人を働かせていた場合には雇用主が罰せられることになる。したがって外国人は常に在留カードを携帯し、雇用主の求めに応じて提示しなければ、就労することができない。さらに入管当局には、雇用主も含めた関係者に対して出頭を求めて質問したり、文書を提出させるなどの事実調査権が認められた。これは、入管当局が外国人に対してだけでなく、外国人労働者によって成り立っている日本社会全体に対し、捜査取締機関として機能する余地を与えたものと理解できる。 外国人は、住所変更の届け出は市町村に、その他の記載事項についての変更は入管に、14日以内に届け出をしなければならない。届け出を怠った場合には、1年以下の懲役か20万円以下の罰金など、在留資格の取り消しともなり得る罰則が規定されている。これは2004年の入管法改定によって設けられた在留資格の取り消し制度の拡大であり、今回さらにいくつもの取り消し事由が付け加えられた。 たとえば、「偽りその他不正の手段により」在留特別許可あるいは難民認定を受けた場合には、在留資格が取り消しとなる。この取り消しは入管当局が職権で行えるため、これらの在留資格を持つ人は、入管当局に生殺与奪の権を握られ、常に不安定な立場に置かれることになる。 また、「日本人の配偶者等」や「永住者の配偶者等」の在留資格の場合、「配偶者の身分を有する者としての活動」を継続して6カ月以上行っていない場合は、在留資格の取り消しを受ける。これについて、当局は「同居の有無、別居の場合の連絡の有無とその程度、生活費の分担の有無とその状況、別の異性との同居の有無、就労活動の有無、職種など、種々の事情を総合的に考慮して判断する」としているが、伝統的な結婚観を色濃く反映した基準であるだけでなく、こうした事情を判断するためには外国人カップルのプライベートな情報の収集が必要であり、入管当局による個人生活への過度の介入を許すこととなる。 このように、在留カードおよび在留資格取り消しの制度により、外国人の私生活は、その細かな部分にいたるまで、当局の統制の対象となっている。 住民の一元管理に関する問題より大規模なのは、今回の改定により、住基ネットによる住民管理が、日本国籍保持者以外の合法的に日本に居住するすべての住民に拡大された点である。共通番号制度がもし仮に実現すると、日本国内に居住する外国人も含めた全人口をこの共通番号制度の下に管理することが可能になる。 共通番号制度は、社会保障と税に共通の番号を割り振ることによって、国家が個人の生活に介入する契機を飛躍的に増大させる。個人を識別する番号には、個々人の所得、移動履歴、社会保険の納付状況についての情報などが事細かに記録される。これによって、個々人を一元的かつ継続的に分類することが可能になる。 共通番号制が実現すれば、福祉的な介入の余地を拡大することにつながり、低所得層への社会保障政策の進展を促すという主張もある。しかし、ここには落とし穴がある。在留カードを持たず、住民票データにも表れない非正規滞在者については、逆に社会からの分断、排除が加速する。データに表れないこと自体が違法状態を指し示すということになれば、当局は比較的容易に違法な住民を特定し、選別することが可能であり、これにより差別が激化する危険性がある。しかも、外国人は常に入管による在留資格の統制を受けており、当局が一旦在留資格取り消しを実施したら、即座にあらゆる社会サービスからの排除が実現してしまう。 その一方で、日本の現在の制度では、たとえば生活保護の受給権は外国人には認められていない。わずかに恩恵として法令にすら基づかないまま通達レベルの運用で実施されているにすぎない。したがって、日本に居住する外国人はそもそも、共通番号制によるきめ細かな福祉的な措置を得る契機が限られている上、生殺与奪の権を握っている当局にその動静を把握されるという、ほぼ完全な監視体制下に置かれることになる。 また、難民申請者については、中長期在留者に含まれず、市町村レベルの登録からはあらかじめ除外されている。これは、難民申請者をさまざまな社会サービスから除外する措置にほかならない。現状では、難民申請者には、少額の保護費の支給など、極めて限られた恩恵的措置が限定的に実施されているのみである。本来保護するべき対象である申請者を原則排除の方針で取り扱うことは、難民保護の国際的な原則に沿ったものとは言えない。 日本の国内に居住する人びとを統一的な監視システムの下に置きつつ、その中から外国人と分類される人びとに対しては恣意的な分類と介入を強化する。その上で、この監視システムから外れる人に対しては、敵対的に対応しようとする。おそらく、排除の標的とされているのは外国人だけではない。そう考えると、今回の改定は、単なる外国籍住民の管理政策の枠を超えている。多くのマイノリティを排除することで国家と社会の同質性を夢見ようとする、より巨大な動きの一部なのである。 寺中 誠(東京経済大学) |
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