第三部「換骨奪胎」メディア汚辱の半世紀
電網木村書店 Web無料公開 2004.2.9
第十章 没理想主義の新聞経営から戦犯への道 5
「死屍の山を踏み越えて」読売を発展させた「進軍喇叭」
数ある『現代新聞批判』の記事のなかでも、正力による読売経営に関してもっとも手厳しいのは、匿名筆者「X・Y・Z」による「何が読売新聞を発展させたか」(35・7・1)であろう。
同記事の論評は、正力の名による「現代新聞論」という雑誌記事への批判という形式で展開されている。書き出しは、つぎのようになっている。
「七月号の『経済往来』に正力松太郎の『現代新聞論』というものが載っている。正力は文章など書ける柄ではないから、いづれ誰かの代筆だろうが、はなはだつまらぬ内容のものである」
なぜ「つまらぬ」かというと、「読売をかくまでに発展させた[中略]ほんとうの原因について少しも触れていない」からである。なお、この『現代新聞批判』の用語としての「発展」には、「部数の増大」という意味しかない。念のために、わたし自身も国会図書館のマイクロフィルムで、この記事を探し出して読んでみた。確かに、はなはだ「つまらぬ内容」であった。
「X・Y・Z」によれば、正力は「彼の親分後藤新平」や「例の番町会、藤原銀次郎等へ方々の金穴を漁りまくって資金をつくった。この資金をつくる手腕を彼が持っていたということは読売新聞発展の第一の原因としてあげなければならない。そしてこうした金穴と結びつくだけの因縁をつくり得たのは、警視庁の高官だった彼の昔の地位が物を言ったのである」
ただし、この「読売新聞発展の第一の原因」についての論評は、まず最初の軽いジャブといった程度のものである。「X・Y・Z」が、正力名の「つまらぬ」論文、「現代新聞論」を逆手に取って、ここぞとばかりに加えたかったボディブロウは、つぎの「第二の原因」の告発のようである。いささか長い引用になるが、これまた非常に歯切れがいい。今から六〇年ほど前の大先輩の読売批判の切れ味を、存分に味わっていただきたい。
「第二の原因は、日本の経済的危機である。ドイツの経済的危機は、ヒトラーの台頭に拍車をかけたというが、日本の経済恐慌は正力松太郎に幸いした。労働市場にはインテリの失業者が氾濫した。正力は失業線を彷徨している優秀な新聞記者を、思い切って雇い入れることが出来た。彼のことだから遠慮会釈なく叩きに叩いて安く買った。そしてこれらの記者の尻っぺたを、彼自らひっぱたいて働かせた。哀れなるインテリどもは、その痩せ脛をけっぱって、東朝や東日の記者どもの三人分位の仕事を一人でやった。身体の弱いものはバタバタ倒れた。何にせよ読売の社屋という奴は、外部から瞥見しただけでも大抵想像のつくように、とても狭隘で不潔で、厳密に検査されたら当然工場法にひっかかる代物だ。その中で普通の人間の三人前を安月給で働かせられるのだから、倒れるのは当然だ。多くは呼吸器の疾患でやられた。しかし、幾人死のうと正力は痛痒を感じなかった。労働市場にはより安くて優秀なのがウヨウヨしているのである。代わりを買って来さえすればよいのだ」
正力名の論文では、「三原山噴火口探検」とか、「浅間山噴火口」の撮影とか、「尼寺の秘密を探るべく頭を丸坊主に剃った婦人記者」とかを、「忠実なる社員の献身的努力」の実例として「賛美」していたらしい。その正力の「おだて」政策を「X・Y・Z」は、「ほめるのはタダ」とくさす。
最後のまとめは、つぎのようにさらに強烈に高鳴っていく。
「要するに読売の発展の原因は上述の二つにつきる。別段正力松太郎に摩訶不思議な神通力があったわけではない。経済恐慌がつづき非常時が継続する限り、そしてそのために労働者や俸給生活者の陣営が沈滞し切って、賃金や俸給値上げの要求などが起らず、輝ける日本の労働組合の指導者が、ジューネーヴの労働会議で日本のソーシャルダムピングを否定したりしている時勢の続く限り、正力松太郎は万歳であり、読売は発展するであろう。但しその薄ぎたない編集室や工場に働いている連中は続々と血を吐いて倒れるだろう。その死屍の山を踏み越えて正力松太郎は進軍喇叭を吹きならすのだ。補充兵にはこと欠かない。
見よ、労働市場には失業インテリが氾濫している。正力万歳! 読売万歳!」
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