武蔵野版『不祥事隠し』独自捜査シリーズ(その10)

「空領収書」を脅し取った前代未聞の「滞納税」詐欺か?

2000.8.4

 今回は氏名を明記する。地元有力者、3000万円規模の税金滞納者、当然、市長支持派のD,E,F氏こと、実は1個人と、2法人使い分けの井野光章(イノ・ミツアキ)、いやさ、それらゴキブリ一派すべてとの、わが命を賭けた真剣勝負なのだ!

 本日、2000.8.3.この頁を入力以後、わが命に別条あった際には、徹底捜査を願う。

決闘場への遅参のお詫びと状況説明

 さても、さても、武蔵野市「税金横領」不祥隠し事件の様相は、さらに奇怪な疑惑の黒雲に突入した。本シリーズは、さる2000.3.22.に版下を完成し、3月23日付けで「検察への要望書」(その9)提出を報じて以後、何と、4か月以上も途絶えていたが、その理由は実に単純である。その時期から、わが杉花粉症が急速かつ前代未聞の悪化状態となり、当ホームページでも「杉花粉症は産業・行政の公害だ!」シリーズを全面展開するの止むなきに至り、返す刀で、1960年安保40周年記念6.15.新宿情報発信基地こと、歌舞伎町ロフトプラスワンにての歴史的激論の準備に突入せざるを得なかったからである。しかも、その後、またしても、沖縄サミットとやらでIT革命云々となり、詳しくは当ホームページに掲載済みの情報を優先せざるを得ない状況に立ち至ったのである。

「業務上横領」部分のみの有罪判決が確定

 さて、経過を先回りすると、武蔵野市の「税金業務上横領事件」は、わが要望書提出にもかかわらず、「業務上」部分のみについての有罪判決が確定した。「単純横領」部分については、検事がモゴモゴと言及しただだけで、事実上は放置された。以下、『朝日新聞』(2000.5.26)記事を全文紹介するが、この「懲役3年」の判決を被告が控訴しなかったから、刑が確定した。それで市民が諦めれば一件落着ともなり得るのである。なお、この事件については一応の刑が確定したことでもあり、今後、以下のような朝日新聞方式で被告の実名報道とするが、個人名なので「行広」は「行廣」が正しいことを明記する。


税金着服の被告に実刑/地裁

 武蔵野市職員として在職中、住民から徴収した税金を着服したとして業務上横領の罪に問われた住所不定、無職細川行広被告(49)に対し、地裁八王子支部(片山隆夫裁判官)は25日、懲役3年(求刑3年6ヵ月)の判決を言い渡した。

 判決によると、武蔵野市納税課の職員だった細川行広被告は、1995年から98年にかけて、市民税や都民税など計約1,100万円を着服した。

 判決で片山裁判官は「徴税事務に精通した立場を悪用した悪質な犯行。公務員に対する社会的信用を失墜させた罪は重い」とした。


 この5.25.判決の前、かつ私の3月23日付け要望書提出以後には、微妙な事態が発生した。4.10.に予定されていた最終弁論が5.8.に延期され、5.8.には、従来の法廷担当検事ではなくて起訴担当の検事が出廷し、約3千万円の「単純横領」金額についても、何やらモゴモゴ指摘した後、求刑したのである。つまり、我田引水的解釈によれば、私は、「業務上横領」部分だけではなくて、「単純横領」部分についても調べよと要求したのであるから、そのわが要望書の提出に、検事が反応した可能性が高い。しかし、そうだとしても、これは単なるリップ・サーヴィスでしかない。「単純横領」部分に関する事実経過の解明の努力は、いささかも見られない。

被告は「多すぎる」とか「空領収書」とか口走る

 この際、最も重要なキーワードが出現したのは、5.8.最終弁論の後の廊下取材であった。被告の代理人、原口弁護士は、検察側の起訴に対応するのが仕事なので、検察が起訴していない「単純横領」部分については、特に調べる義務は負っていない。それでも、やはり、気にはなっているから、当方の質問には常に誠実に答えている。

 この時にも、法廷で述べた「求刑が重過ぎる。大銀行の頭取でさえ云々」の台詞を繰り返した後、私が、約3千万円とされた「単純横領」金額について質問すると、頭を振り回しながら、「細川さんは、はっきり記憶していないようなのですが、そんなに多くなかったと言っている」とか、「空領収書とか妙なことを言っている」とか答えたのである。

「空領収書を渡した」とは何か。このキーワードが最も重要である。細川被告が不正に持ち出した武蔵野市の納税課の領収書に、金額を記入せずに、「滞納者」に渡したという意味なのである。つまり、滞納者は、その「空領収書」に好きな金額を記入して、「これだけを細川に渡したから収めた扱いにせよ」と居直ることができたという意味である。これは重大ではないか。詐欺である。

 では、なぜ、この様な疑惑を残したまま、事件が一件落着となり掛けているのであろうか。大筋を繰り返すと、市長が「業務上横領」部分についてのみ「告訴」し、警察も検察も、その部分のみしか「起訴」しておらず、議会は地方自治法100条による調査権限を放棄しているからである。与党だけの問題ではない。たとえ少数といえども、野党が市民に訴えて本丸を突けば、市長の小細工は暴けるのに、市民の党以外は、ほとんど逃げ腰なのだ。そこで、もう一度、議会の経過を要約する。

「公務員の守秘義務」の突っ張りに屈する振りのダラカン野党議員


本シリ-ズ(その5)42,733,100円へと横領額倍増の奇怪な展開

[中略]

守秘義務(地方公務員法・地方税法)を盾に取る攻防

 2月8日の武蔵野市議会の全員協議会では、A4判の『元市職員による横領事件資料』と題する「平成12年2月8日/全員協議会資料」が議員に配布された。傍聴者にも「貸出用」のハンコ付きのコピーが渡された。

 まず簡単に論評すれば、ギリギリ最低限の「情報公開」が、1999.5.17.と称されてきた「事件発覚」から、何と、9か月も経って、しかも、この間の議会での堂々巡りの紛糾の果てに、やっとこさ、実現したのである。ここに至るまでの土屋市長の「隠蔽工作」の武器は、お得意の「プライバシ-!」に加えて、「公務員の守秘義務!」、さらには、「税法上の守秘義務は、さらに厳しいのであります!」となっていた。

[中略]確かに、地方公務員法の方は単に「職務上知り得た秘密を漏らしてはならない」だけなのに、地方税法では「漏らし、又は窃用した場合においては、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」となっている。

 しかし、地方公務員法の方が基本的には優先するのであり、そちらでは、「法令による証人、鑑定人となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者……の許可を受けなければならない」とあり、さらに、「(この)許可は法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことはできない」となっている。つまり、この「事件」の場合のように、関係者が「証人、鑑定人」になる必要が生じた場合には、「職務上の秘密に属する事項を発表する」べきなのであって、その許可を、「任命権者」、この場合には市長が、「拒むことはできない」のである。

A,B,C,D,E,F.各氏の個別被害金額はなぜ秘密か?

[中略]目下まだ不明な部分は、D氏の「単純横領」分と、E,F両氏の個別の被害金額となる。この3氏の残存被害総額は、42,733,100円マイナス8,836,900円のはずだから、33,896,200円のはずである。これを単純に3で割ると、11,298,733円となる。つまり、平均で何と、「1千万円以上!」にもなるのである。[中略]

 被害者の6氏の内、どうやら、これまでの刑事法廷の公判で実名が出ていないのは、終りの方のE,F両氏であるらしく、しかも、この両氏、または最後のF氏の被害金額が、比較的に高額であるらしいのである。[中略]

 そこで、個別の具体的な推測は次回に回すことにして、以上のような簡単な問題点が示唆する重要かつ決定的な「問題点」を指摘して置くと、要するに市当局、いやさ、市長、いやさ、市長を担ぐ自民党他の体制派は、かなりの規模の中小企業主か資産家か、ともかく相当な金持ちの、つまりは「有力者」の、高額な税金滞納、そこに端を発する業務上横領、詐欺に関して、それら市内「有力者」の名前が出ないように、または、名前が出る時期を遅らすめに、必死の防戦を試みてきたらしいのである。しかも、この不祥事が、市長と市議の選挙以前に発覚していたのに、グルもグルの隠蔽工作、「不祥事隠し」に走ったがゆえに、「プライバシ-!」「守秘義務!」と、正義の御旗を振り回しては、この9か月の耐久レースのダンンマリ作戦に終始してきたらしいのである。


 以上の内のD氏の名は法廷で明らかになった。今回の冒頭で紹介したように、地元の有力な地主の一族であり、ゴルフ場などを経営する井野光章である。E氏(法人)は、井野興業である。つまり、井野光章所有の企業である。F氏(法人)の名称は明記されていないが、議会で市民の党議員、山本ひとみの媛が、「2法人はE氏を代表者としており、D,E,F.氏は、事実上、同一人物ではないか」と質問したところ、市長は「プライバシ-!」「守秘義務!」のみで逃げ切った。その間、傍聴席からは熟達の鋭い声で「空領収書とは何だ!」、「市ぐるみの詐欺ではないか!」、などの質問が何度か飛んだが、市長もヤジ専門の与党議員も黙りこくり、議会事務局は傍聴席を制止し得なかった。

3000万円規模の「脱税詐欺」を隠し通す市長の危やうい足場

 そこで、もう一度、本独自捜査シリ-ズによるD,E,F.氏の状況を要約しよう。


本シリーズ(その6)『元職員による横領事件資料』の縦横解読

[前略]

最後の大物「F氏」の「醜の御盾」が守秘義務?

[中略]

D,E,F氏の「差押年月日」は「10年10月16日」

 さて、ここからが、このミステリーの最大の山場となる。不祥事そのものよりも「不祥事隠し」、それも、1999年(平11)4月の市長選挙と市議会議員選挙が一緒に行われた全国一斉地方選挙、その「5か月前」に、この不祥事が判明していたのに、「現職市長に不利になるから隠蔽したのだ」という「匿名の市職員の告発」が、事実なのか否か、という一大政治疑惑、その最大のポイントが、「差押年月日」なのである。

[中略]

 D,E,Fの3氏の「差押年月日」は「10年10月16日」である。「物件」は3氏ともに「不動産」である。この日付は、H被告が保険年金課に配転になってから、半年以後である。西暦では1998年の「10年10月16日」は、翌年4月25日に行われた選挙から数えると、5か月と9日前である。この日付は、また、6氏の「差押年月日」の中では、一番早い時期である。しかも、出来過ぎと言いたいほどに、[中略]「匿名の市職員の告発」の「5か月前」とピッタリ符節が合っている。

 さらに興味深いことには、「横領期間」の方が、D,E両氏に関しては「10年11月30日」、F氏に関しては「10年12月8日」と、いずれも「差押年月日」以後まで継続しているのである。つまり、財産の差押えまで受けながら、D,E,Fの3氏は、H氏に現金の納付を続けていることになる。これは、いかなる状況なのであろうか。

 それを考えるためには、「差押」という行為の具体的な進行状況を知る必要がある。また、D,E,Fの3氏に関しては、「解除年月日」の項目に、全員が同じ(注3):「一部納付があるため換価措置は取っていない」とあることも、重要なヒントとなる。「換価」とは、競売に掛ける前の準備段階の財産評価のことだそうで、納税課長は、「いきなり競売に掛けたりはしない。差押えは納税を促すため」と説明した。「差押え以前に本人に連絡している」とか、「本人とは会えなかったが税理士と会った」などとも答弁した。つまり、H被告の配転以後に、引継ぎをした納税課員、または納税課長が、D,E,Fの3氏と、直接話し合っているのである。また、税務部長は、3氏の差押年月日が同じであることについて、「この3人だけ」と答えた。つまり、特別の扱いだったらしいのである。

 以上のような接触の事実までありながら、H被告による「着服」に関して、関係者が何も気付かなかったなどという「間抜け至極」の事態が、あり得るのであろうか?


 最早、これ以上は蛇足となる。以下、当然の経過についての推理の粗筋を示す。

 地元有力者の井野、またはその手下の会計士か税理士は、「差押通知書」を受け取って事態に気付き、被告の細川を呼び寄せ、小銭を渡して「空領収書」を巻き上げた。市長の土屋には「選挙後まで秘匿」を約束した。この「選挙後まで秘匿」の密約については、土屋も共犯だから、井野に尻尾を握られていることになる。いわば「死なばもろとも」の関係である。秘術を尽くして防戦に励むしかない。

 議会では、与党ばかりかダラカン野党も、市民の目を曇らす役割しか演じていない。市民の党も、事態の核心を突く「空領収書」のキーワードを使えない以上、良く言っても「ガス抜き」程度の役にしか立っていない。それゆえ、私は、以上を要約した『武蔵野市民オンブズマン』の印刷物をも作成し、市役所内と井野「屋敷」周辺ぐらいには一人で配布し、ゴキブリ供の肺腑を突くこととする。では、もしかしたら、おさらば!

以上で(その10)終わり。(その11)に続く。


(その11)「土屋さんとは親しくさせて頂いてます」井野興業代表を告発
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