『湾岸報道に偽りあり』(14)

第一部:CIAプロパガンダを見破る

電網木村書店 Web無料公開 2000.12.3

第二章:毒ガス使用の二枚舌疑惑 3

宇宙空間から下るご神託「ヴィデオ」

 毒ガスのヴィデオの本当の出所は、日本の放送局のどこに聞いてもわからない。わかっているのは、アメリカからきたということだけである。私には今のところ、それ以上にさかのぼって調べる余力はない。だが、出所がアメリカの三大ネットワークだというだけでも、基本的な問題点は明らかであろう。と、これもここまで書いて出版間際、朝日新聞(92・4・2)のメディア欄の連載「権力報道/PART2/アメリカ編」で、「ある調査報道記者の告白」(『ワシントン・マンスリー』92・3)の紹介を発見した。「CNNにいた時、イラクがクルド人を毒ガスで迫害したことを取材しないか、と広告会社が言ってきたこともある。依頼主は分らないが、被害者と会見させるといっていた」というものだ。やはり、「広告会社」が動いていた事実があるのだ。

 すでに紹介ずみのフランスの女性記者ドゥ・リュデールは「巨大情報操作」の中で、「“psy op" 心理作戦」の仕組みの発達に触れ、こう書いている。

「このような仕組みの中で、イラクのクウェイト侵攻のわずか数日後に、ジャベル首長政府は、パブリック・リレーションズ会社3社、イメージメーカー12人、弁護士1チームと、アメリカの首都にある圧力団体の組織委員の1隊から、しっかりしたサービスを借り上げたのだった。その費用は、なんと一一〇〇万ドルにのぼる」

 この種の巨大なPR組織が「パッケージ」と呼ばれる「ヴィデオ」を作製し、報道機関に送り込むのである。背景には、発達の極に達したアメリカ式ロビー政治の支配力が働いている。そしてこの「ジャベル首長政府」「借り上げ」「チーム」が関わった「ヴィデオ」の実状については、湾岸戦争一周年を迎える折も折、「クウェイト避難民の取材、米大手広告会社が演出」と題する次のような現地情報がもたらされた。

「[ニューヨーク19日共同]米週刊誌TVガイド最新号(二月二十二日)は『偽のニューズ』という特集を組み、湾岸戦争でクウェイト側が流した映像情報には、米国の大手広告代理店ヒル・アンド・ノートンが深く関与していた、と伝えた。それによると、同社の『工作員』がサウジアラビアを自由に移動し、クウェイト避難民の中から生々しい体験談を持った人たちを選別、移動させ、報道各社が取材できるように手配。記者たちは、それを送信せざるを得なかったという。同社は当時、副大統領時代のブッシュ氏を演出していたクレイグ・フラー氏が率いていた。また、駐米クウェイト大使の娘が『避難少女』を装い、米議会公聴会でイラクの蛮行をでっち上げた問題でも、この代理店が事前にリハーサルを行い、演出効果を高めていたという」(『毎日』92・2・21)

 早速、ニューヨークの知人に頼んで、問題の『 TV GUIDE 』記事をファックスで送ってもらった。毎日新聞の記事の書き出しとは、若干ニュアンスが違っていた。『湾岸戦争の一部分はヒル・アンド・ノートンの手によって……あなたに届けられた』というモーガン・ストロングの署名入り記事が特別扱いのゴシック文字、別枠の囲みになっており、それが『偽のニューズ』という様々な日常的事例をまとめたデヴィッド・リーバーマンの署名入り特集の内側にくるまっていた。意味ありげな記事構成である。『湾岸戦争……』の書き出しはこうだ。

「湾岸戦争報道のかなりの部分が、イラクに対する軍事行動に向けて世論をあおるために演出されたということは、今では広く知られている」

 駐米クウェイト大使の娘に語らせたデマについては、ラムゼイ・クラークの告発にもあった「保育器」の問題をあげ、その事実自体が現地のクウェイト人の医師の証言で否定されたことにもふれている。全体として、この種「ヴィデオ」を軽々しく採用する大手メディアを告発し、反省を求めるトーンが強い。

 これなどは、しかし、ブッシュ大統領御用広告代理店の実際の仕事の、ほんの一端にすぎないであろう。ヒル・アンド・ノートン社の社長クレイグ・フラーは、一九八五年から一九八九年の間、ブッシュ副大統領の首席補佐官だった。アメリカで「回転ドア」とか「乗り換えエレヴェイター」と通称される仕掛け人型エリートの典型である。単なる「売り込みヴィデオ」製作者ではない。大手メディア自身の企画で製作する番組でさえも、今ではこの種の「売り込みヴィデオ」との境界線が定かでない。だから私は、湾岸戦争中に「ヴィデオでご覧ください」というキャスターの台詞を何度か聞いて、その度に背筋がゾクリとするのをおぼえたのである。

 キャスターの台詞は、当世風にソフトながらも神妙な口調だから、いささか違和感がある。四次元空間的に少し角度を変えて見ると、あたかも神官が巫女に向かって合図の会釈をし、「ヴィデオ様の有難いお告げがございます」とおごそかにのたまうかのようなのである。意識的にか無意識的にか、どちらにせよ、そういう曖昧な用語を都合よく選ぶテレヴィ制作者の姿勢にも、疑問を抱かざるを得なかった。

 同じ台詞は、それ以前から使われていたのかもしれない。だがこの際は、内容が内容だけに、このときの「ヴィデオ」という一見中立的な用語の使用が、かえって不気味に感じられた。特に気になった理由は、問題の「ヴィデオ」が、アメリカ製の「中東問題解説」だったからである。

 つまり、日本人のアナウンサーやキャスターが恭々しく紹介し、まるで疑いを抱く余地のない歴史的事実の教科書であるかのように放映する舶来品の「ヴィデオ」は、まぎれもなく、衛星中継で送られてきたアメリカ製の番組の一部分そのままであった。それなのに、その製作責任者の名前も国籍も明らかにされず、単に「ヴィデオ」と呼ばれる習慣が作られてしまったのだ。こういうことは、少なくとも、まともな活字メディアでは生じない。出典を明らかにしなければ、著作権法違反となり、剽窃の罪に問われることになる。そればかりか、つい最近の共同通信記者の医学連載記事の事例のように、職業的名誉と同時に職そのものを失う結果を招く。

 ではなぜ、テレヴィという映像と音声の世界で、単に「ヴィデオ」としか呼ばない、いわば無印の「引用」の仕方が許されているのだろうか。

 経済上の商品としては、事前に使用契約を結んでいるので、どう使おうと自由だという気分なのかもしれない。だが、文化創造として活字メディアや美術品の場合と比較すれば、やはり、番組製作自体に「独自の著作権」を主張するほどの、権威と実質が欠けているからだ。通常のテレヴィ番組は、作りそのものがいい加減なのである。

ネットワークによる国際的な思想支配にも経済的土台

「ヴィデオ」の「垂れ流し」放映が簡単に行なわれるようになった理由として大きいのは、やはりカネの問題であるが、背景には、それを促進するようなメカニズムがある。

 テレヴィというメディアの特性の一端については、すでに元イギリス秘密情報部員リチャード・ディーコンの著書『情報操作』の一部を引用した。簡単にいうと、「いっそうつけ入りやすくなった」のが現状である。ただし、その「つけ入りやすい」性質にも、いくつかの段階がある。今度の湾岸戦争で顕著になったのは、衛星を使う世界規模の中継であるが、それにも色々ある。

 一番有名になったのはCNNのバグダッドからの中継であるが、これにも本当の「リアルタイム」である生の現場中継と、いったんヴィデオに収録し編集してからの送信とがある。いわゆる三大ネットからの送信には、さらに番組として製作されたものも加わる。さらに厳密にいうと、これらを受信するネット契約を日本で結んだのは、NHKを含む日本のキー局であって、個々の地方放送局ではない。

 以上が、形の上での中央支配ないしはアメリカ支配のメディアの状況であり、この傾向がますます強まったのが湾岸戦争報道の特徴である。

 国際的なネット契約には、やはり国際的な値段がある。CNNとこれまで三年契約を結んでいたテレビ朝日の場合、一年で三五〇万ドル(約五億円)の年間契約料だったが、湾岸戦争以後の交渉で、契約期間は四年に延長したものの、契約料は一年約一千万ドル(約一四億円)と、三倍に近い値上げ要求をのまされた。また、自社製作による放送も、こういう国際報道では極端に費用がかさむ。NHKは湾岸戦争報道で約四三億七千万円を使い、担当者は「こんなにカネのかかる取材は、これが最後になるんじゃないでしょうか」(『朝日』91・7・17)などと語っている。このうち、二〇億円が衛星中継の回線費用である。テレビ朝日系列では総経費約二〇億円で、その半分が回線費用だった。

 舶来品の「ヴィデオ」にもフィルムの前史があって、フィルムを編集していた時代のドキュメンタリー番組の制作者仲間には、「サルベージ」という内輪の用語があった。製作費が少ないと、沈没船から引き揚げるように古い外国製記録フィルムを探し出して、そのいくつかをつなぎ合わせ、新しい番組に仕上げるのである。だから湾岸戦争報道では、アメリカとのネット契約と自社の海外取材で、通常予算を大幅に上回る費用を使ってしまった日本のテレヴィ局が、あまり深く考えることなしに「ヴィデオ」を再生して使ったのだ。新しく必要な作業は、ナレーションの日本語訳だけ。カネも手間も省けるのだから、この誘惑に打ち勝つのは容易ではない。

 だが、「タダほど高いものはない」。逆にいうと、この仕組みを巧妙に利用する側にとって、こんなに「安い買物はない」のだ。ドゥ・リュデールが伝えたアメリカの「パッケージ」は、そういうメディア状況下にある視聴者をターゲットにしたトマホーク・ミサイルだと考えるべきであろう。しかもその裏に、先に紹介したようなCIAさえも巻き込む力を持つタカ派「Bチーム」が暗躍していたとしたら、これはすでに国際的な謀略そのものである。


(15) 問題の「アメリカのジャーナリズム」の先輩は日本か