『湾岸報道に偽りあり』(53)

第三部:戦争を望んでいた「白い」悪魔

電網木村書店 Web無料公開 2001.7.1

第九章:報道されざる十年間の戦争準備 3

「謀略をも辞さない固い決心」を見破る問題意識

 アメリカの湾岸派遣軍については、専門誌『軍事研究』(90・11)の「全自衛隊を凌駕する中央軍の全貌/米海外遠征軍のメカニズム」がいちばん詳しかった。冒頭に「古代ローマ帝国」を想起しつつ、「五つの地域別統合軍」の編制を述べ、十六ページにわたって現代随一「米帝国軍」の「想像を絶する」戦力を描き出していた。筆者は同誌編集部の河津幸英であり、ほかの号でも詳しい論文を書いている。だが、この筆者の論文でさえもやはり、宮嶋の『石油資源の支配と抗争/オイル・ショックから湾岸戦争』(小論文「石油問題としての湾岸戦争」、『湾岸戦争と海外派兵[分析と資料]』所収もある)を一読したのちに見直せば、とうてい米議会議事録を参照したとは思えない記述振りなのだ。つまり、軍事的な現状には詳しいが、政治的な位置づけを欠いている。さらには、「中央軍」が形成されるにいたった歴史的背景については、記述が皆無に等しいという状況なのである。

 陸軍士官学校在学中に敗戦を迎えた「国際軍事問題評論家」(『正論』91・5の筆者紹介)の三根生久大は、「日本人だけが知らないアメリカの戦争概念」の神髄を、次のように鋭く指摘していた。

「……一九〇四年の日露戦争の直後から『真珠湾への道』を営々として三十年┘┐書いては消し、消しては書いてきたアメリカのその対日戦争のシナリオの原点となった『オレンジ作戦』とその作戦構想を導き出したと見られるホーマー・リーの『日米必戦論』が想起されてならない。……筆者は一九六一年に初めて米国防総省の戦史研究室でこの論文を読み、その中からアメリカという国、そしてその国民の不気味なまでの底力のあるナショナリズム、国家のヘゲモニーを確立するための執拗なまでの「戦勝」の追求、そのためにはあらゆる外交上の謀略的手段をも辞さないという固い決心の程がひしひしと感じられてならなかったことが思い出される」

 三根生久大は、ヴェトナム戦争に日本人としてただ一人、アメリカ国防総省から正式の従軍許可を得て前線を視察した経験の持主である。ペンタゴンとの接触では、日本で一、二を争う立場であろう。一九五〇年代からの空軍基地ダーラン建設開始や、一九七〇年代のカーター大統領時代の中東戦略にふれ、湾岸戦争規模の大戦争の準備には相当の年数を要することを歴史的な視野で示した点は、さすがの観がある。だが、この三根生でさえも、「詳細についてはスペースの関係で割愛」という部分にふくみを残してはいるものの、問題の議事録や報告の存在には言及していなかった。

 やはり肝腎なのは問題意識のあるなしなのであろうか。

 宮嶋の経歴は東大経済学部卒、イギリスとオランダを中心とする石油メジャーの子会社、日本シェルの一社員としてはじまっている。外資系特有の狂暴な組合分裂攻撃をも経験したようだ。経済学、石油、外資系という三つの要素だけでも、確かに、国際的な資料研究への必然性をはらんでいる。しかし、その分析作業が、あまたの軍事関係者を追い抜くにいたった決定的な要因は、やはり、自ら経験した外資系の「血も涙もない」体質への想いではなかっただろうか。


(54) 米帝国軍「中東安全保障計画」に石油確保の本音切々