第三部:戦争を望んでいた「白い」悪魔
電網木村書店 Web無料公開 2001.5.1
第七章:世界を動かす巨大ブラックホール 5
サウジアラビアが開いた「世界」開発プロジェクトへの扉
湾岸戦争前後にベクテルが見せた不思議ともいえる動きについて、これまでに記したことを時間的に整理すると、次の四つの項目になる。
一、テキサスのヒューストン支社強化。
二、イラクからの早逃げ。
三、安値の石油買い占め。
四、クウェイトの復興事業一手引き受け。
これだけ都合のよいことが重なると、とうてい、偶然のできごととは思えなくなる。
第二の「イラクからの早逃げ」の事情に関しては、まだなにも新しい観測は現われていない。だが、十一年前のイランのホメイニ革命のときの早業の秘訣は、当時ベクテルが元CIA長官( 1966.6.30~1973.2.2)のリチャード・ヘルムズを顧問に抱えていたことによるもの、と広く信じられている。ヘルムズは、CIAの前身OSS(戦略情報局)以来の秘密情報部員のベテランで、事件の直前には、イラン大使をつとめていた。
CIAと国際的なアメリカ系企業との関係は、決して驚くに当たらない現象である。日本の場合でも、かつて戦争中に海外に進出した企業は、軍の特務機関と密接な連携を保っていた。アメリカの場合は、第二次世界大戦中のOSSから冷戦期間のCIAと、ほぼ同じ体制が続いてきたのである。
ベクテル(現在はベクテル・グループ社)の創立は比較的新しい。創設者ウォーレン・A・ベクテルが蒸気シャベルの運転台に「W・A・ベクテル社」と書き、個人事業主としての独立を宣言したのは、一九〇六年であった。
二代目当主となった次男のステファンは、父親よりも野心家だったと評されている。
工業高校を卒業してすぐに陸軍に入隊し、第一次世界大戦でフランス遠征の陸軍工兵隊に参加した。戦後にカリフォルニア大学バークレー校に入り工学を学ぶが、これは中途退学。理由は特殊で、ここにベクテル社の秘密主義の原因を見ようとするものもいる。同級生で満杯の車を運転してダンス・パーティーに行く途中、三人の歩行者をはね、二人が死亡、一人が重傷という交通事故を起こしてしまったのだ。警察は殺人罪で告発したが、なぜか、起訴はなされなかった。不起訴の理由は不明のままである。
一九三七年には、バークレー校で一年後輩の親友ジョン・マコーンが共同経営者となり、ステファンが会長、ジョン・マコーンが社長という体制のベクテル・マコーン社が発足した。工学部出のマコーンは、すでに製鉄、鋼材、石油業界の現場で経験を積んでいた。パイプライン、貯蔵タンク、製油所、工場のすべての建設を引き受ける総合契約、┘┐今では普通のプラント建設方式だが、これが二人の新しい大計画で、大当たりだった。ベクテル・マコーン社は急成長を遂げ、二年後の一九三九年には一万人の従業員を抱える大企業となった。そのときすでに、ヨーロッパでは戦争が始まっていた。
軍需産業への進出で、ベクテル・マコーン社はさらに飛躍的に発展した。
一九四三年春、ステファン・ベクテルは突然ソーカル(現シェブロン、アラムコの中心)本社に呼び出された。石油不足を心配するアメリカ政府が、サウジアラビアの石油を大至急開発するようソーカルに命じたのだ。当初の要求は、バーレーンに精油プラントを増設、貯蔵タンクを建設、バーレーン海峡を経てサウジアラビアのラスタヌーラ港まで三七キロの地下パイプラインを敷設、という計画だった。ステファンはただちにチームを派遣して作業を開始し、さらにラスタヌーラでも大規模な精油プラントを建設した。
一九四四年には、イブン・サウド王の次男で外務大臣のアミール・ファイサル王子(のちに王)がサンフランシスコを訪問し、案内役を引き受けたステファンと親しい仲になった。
石油収入が入るようになったため、イブン・サウド王の国際的な地位は高まった。一九四六年だけでも、一千万ドルのロイヤリティーがアラムコから支払われていた。サウジアラビア政府は、首都リアドからダマン港までの、六百キロの鉄道建設計画を立てた。鉄道建設はイブン・サウド王の悲願であった。一方、アラムコは、ペルシャ湾の油田から地中海に抜けるパイプラインの建設を熱望していた。ステファンはイブン・サウド王と会い、鉄道建設を引き受けると同時に、パイプライン設置ばかりか、ダマンの港湾施設、ジッダの新埠頭、首都リアドの全都にわたる電化事業の工事許可まで獲得した。
石油の宝庫サウジアラビアは同時に、ベクテルの宝庫となった。ジッダ空港、リアド空港、アメリカ軍工兵隊が請負う諸施設……。マンモス・プロジェクトの圧巻は、総工費四百億ドルといわれるアルジュベールの都市丸ごと建設である。砂漠の半島の貧しい漁村は、一挙に、巨大な浄水装置を装備する超近代的石油工業都市に変貌した。ベクテルはアルジュベールで、すべての工事のプロジェクト・マネジメントを請負い、日本の三菱重工業、千代田化工建設、NEC、韓国の三星、金星などを下請けにした。
(43) OSS=CIA人脈とは「友人」以上の深いつながり へ