『湾岸報道に偽りあり』(6)

第一部:CIAプロパガンダを見破る

電網木村書店 Web無料公開 2000.9.9

第一章:一年未満で解明・黒い水鳥の疑惑 2

無反省の裏側に圧力の匂い。「環境テロ」か「言論テロ」か

 テレヴィはただちに、視聴者の記憶をぼかそうと努力し始めた。画面を注意して見ていると、説明の地図入りパターンに巧妙な工夫を凝らし出したのである。サウジ・アラビアのカフジ海岸に、別の小さな油の広がりが描き足されていた。ただし、この部分の修正に関しては、何らの説明も加えられなかった。そして相変わらず、「イラクが流した油」などとしゃべり続けていた。NHKは一月二十九日のミッドナイト・ジャーナルで一度だけ、原油の流出源は三つあり、一つはカフジ、一つは多国籍軍によるタンカー爆撃、もう一つはイラク軍の流出、そして、これまでにお見せした水鳥の映像はカフジの原油流出によるものでしたという、訂正ぎみの飛び込み情報を流した。翌朝七時のニュースでは、カフジからの流出もある、と解説した。だが、それ以後は沈黙を守った。ブラウン管の裏で、何事かが起きていたに違いない。

 やっと二月九日になってNHKは、夜七時のニュースで、イラクが流した「とされている」原油はまだクウェイト沖に広がったまま、サウジの海岸に流れついたのはカフジのものと判明した、と涼しい顔で報じた。早トチリについては、ワビの一言もなかった。

 カフジの石油精製施設が開戦直後にイラクのミサイルで破壊されたのは事実のようだが、カフジは海底油田である。アラビア石油本社の総務部に問い合わせると、陸上の施設破壊で原油が海に流出する可能性はゼロだという返事だった。ではなぜ、その後に原油が海に流出したのだろうかと聞くと、戦闘区域で立入り禁止になったため、まったく事情はわからない、と固い口調で取りつく島もない返事。もしや誰かが、……。これらの疑問にもいっさいマスコミの説明はないままだ。報道の訂正をさぼる唯一の言い訳は、直接事実を確かめられない、戦争中だから、ということでしかない。一方では、未確認情報の早トチリ・タレ流しで作り出された印象が、アメリカ側の謀略のやり得になっている。 この事件は、朝日新聞のサンゴ事件やNHKのタイ少女身売りのヤラセ事件よりもはるかに影響が大きいはずだが、なぜ大手マスコミは騒がないのか。理由の第一は非常に簡単で、今度の早トチリが「赤信号、皆で渡れば怖くない」という、大手マスコミの共同責任問題だからである。第二は非常に重大で、九〇億ドルもの大金が懸かっている国会の開会中だったからに他ならない。

 だが問題は、水鳥の映像の真偽に止まらない。毎日新聞やフォーカスなどの報道には、やはり決定的な限界があるのだ。

 それらの報道は、「テレビで放映された油まみれの水鳥はシー・アイランドからの原油でなく、開戦直後にイラクが攻撃したカフジの(アラビア石油)プラントが破壊されて流出した重油によるもの」(『毎日』91・1・30)というアメリカ国防総省の発表の域を出ていない。日頃の「調査報道」の掛け声はどこへやら。アメリカ側の発表がなければ、この訂正もなされなかったに違いない。毎日新聞自体も、第一報の大見出し「ペルシャ湾に原油放出」(91・1・26夕)という判断を変えていない。「放出」という表現は、現場で確かめたところ、社としての意識的な判断によるものだったという。記事の中では「流出」という表現もあるので、「放出」見出しの決定は、デスクより上の判断によることがマルミエである。

 この点、朝日新聞は一貫して「流出」で通していた(★この部分は点検不足の間違い。やはり途中から「放出」に切り換えていた)。翌日の社説を比較すると、「放出」と「流出」の意味の違いは一層明らかになる。

 朝日新聞(91・1・27)の社説の題は「戦争が引き起こした原油流出」であり、次のように両当事国の主張を並べて論じている。

「原因について、アメリカは『イラクが意図的に石油積出し基地から流出させた。これは環境テロだ』と非難している。イラクは『米軍機がイラクのタンカーを爆撃し、原油が流出した』と、アメリカ非難の書簡を国連本部で配った。戦争には、宣伝がついて回る。いまの時点では、どちらの言い分が正しいのか、断定はむずかしい」

 毎日新聞(91・1・27)の社説の題は「卑劣なイラクの原油放出」であり、イラク側の主張は紹介もせずに、「『聖戦』の仮面を自ら剥ぐ、卑劣な反地球的行為」とまで決めつけている。

 読売新聞(91・1・27)の社説も「許せない『原油放出作戦』」と題し、一応はイラクの主張を紹介しているが、「故意に原油を海に流した疑いが濃厚だ」という判断を示している。こちらも「放出」派である。

 油にまみれた水鳥の写真の使い方は、大同小異なので、いちいち取り上げない。イラクの原油「放出作戦」の直接の結果として「罪もない鳥が殺された」「サダム・フセインが殺した」「残虐極まりないサダム」「九〇億ドルぐらいは出さねばならぬか」……という総ジャーナリズム状況であった。

 私はこの状況を、未確認情報に基づく、または確認努力不足による「言論テロ」として告発する。ただし、マスコミの現場には、いささか気の毒という気持ちを禁じ得ないのではあるが……。

断片的な報道は存在。確認は可能だった

「イヤ、もうたくさん、という気分だよ」

 某大手マスコミの報道トップの言である。私は彼に冒頭のAP電の記事(91・1・25)を示したのだが、それを読んで、しばし沈黙の後の返事であった。記事中の問題の部分を、なるべく直訳すると、以下のようである。

「バグダッド・ラジオはまた、その報告の中で、同盟軍の戦闘飛行機が火曜日にペルシャ湾で2隻のイラクのタンカーを爆撃し、“大量の”油を海の中に流出させた、と報じた。しかしながら、バーレンにいる西側の軍幹部や石油会社や船舶関係の情報源は、そのような流出には気づかなかった、と語った」

 キプロスの首都ニコシア発のAP電は、バグダッド放送を傍受し、それを独自の情報源で再確認している。文中の「火曜日」は一月二十二日のことだ。裏づけ情報の確度は不明だが、「気づかなかった」というのは、決して「否定」ではないことに注意したい。

 西側からこれに符合する報道があれば裏づけられるのだが、これがまた微妙である。油の流出そのものには直接ふれていないものの、米軍機によるタンカー爆撃に関しては、すでに報じられていたのだ。

 読売新聞(91・1・24)は二段の二行見出しで「イラクタンカー撃沈、『兵器・弾薬を積載』と米側」というロンドン特派員からの記事を載せている。「撃沈」という用語もさることながら、米軍自身の「戦果」発表ではない点など、大変に興味深い文章なので、主要な部分をそのまま書き写してみよう。

「英国BBCテレビは二十三日、米軍機がペルシャ湾で、イラクのタンカーを撃沈したと報じた。………タンカーは二次爆発を起しており、米軍当局は『これは兵器や弾薬を積んでいたことを示している』と、タンカーが軍事目的に使われていたことを強調しているという」

 さて、なぜ米側はタンカーが「兵器・弾薬を積載」と強調しなければならなかったのであろうか。しかも、それは明らかに攻撃した「後に」二次爆発を起こしたこと「のみを」根拠にした主張なのである。

 いわずと知れた子供っぽい弁解の理由は、至極単純。タンカー爆撃は具合の悪い話だからである。タンカーとは読んで字のごとく、油の入れ物。爆撃すれば海に油が流れ出るに決まっている。しかも、事前の西側報道でも、イラクは「同盟軍が海から上陸しようとする場合には油を積んだ船に火を放つ準備をしている」(『ジャパン・タイムズ』91・1・17)などと伝えられていた。当然、満タン状態だったに違いない。

 ここではさらに、読売新聞の記事の行間から、「油の流出」の危険をめぐる英米両軍当局の確執を読み取らなければならない。

 米軍はタンカー爆撃で「油の流出」を招き、その発表をめぐって、英軍相手に下手な弁解を試みたのではないだろうか。しかし、イギリスの連合王国政府とその国営放送BBCは、第二次大戦初期の悲惨な敗北の時期にも、常に国民に真実を伝え続けてきたことを誇りとしている。そして、今もまた、湾岸戦争の真相の一端を報じたのである。

 だが、日本のマスコミ、特にテレヴィの報道トップは、そういう細かな情報収集および情報分析をする状態にはなかった。現場記者も同じような状態にあった。非常に次元の低い話なのだが、私が先に挙げたようなベタ記事の元になる外電は、すぐに屑箱にすてられてしまうのが、日本のテレヴィ局の実状なのだ。自力で切り抜きファイルを作るような記者は、非常にまれである。だから、頭の隅で「アレッ」と思う記者が何人かいても「ソレッ、ソレッ」と当局発表を追いかけているうちに日が過ぎてしまう。そして、内々に誤報の事実がほぼ判明してからも、あえて訂正しようとしない。これこそが私のいう「恐るべき」事態なのである。

 私自身も三十年近くメンバーの一員だった日本民間放送労働組合、略称民放労連は、一月二十四日に「湾岸戦争報道に関する緊急アピール」を発表し、緒戦の報道について「日本のテレビもこうしたアメリカサイドの情報をスルーで流し、……分析や見通しを行わなかった」などの問題点を指摘している。

 テレヴィは特に、アメリカのネットワークとの提携競争が一斉にゴールインしたばかりなので、

「アメリカサイドの情報をスルーで流し」たのも道理である。もともと戦後の混乱期に日本のテレヴィが急速に発達した背景には、冷戦状況下におけるアメリカからの強い要請とCIAがらみの暗躍があった。その基本構造が今、不気味なインフラ・パワーを戦争報道で発揮しているのである。

 テレヴィ局と比較してみると、新聞社の方が誤報の際の反省材料を持っている。それは、すでに示したように新聞にはごく小さなベタ記事が載るし、社としての切り抜きファイルづくりの体制があるからだ。毎日新聞(91・1・31)の検証記事は、その実例である。そこには、イラクからの抗議の後に、アメリカ側がタンカー二隻を攻撃した事実と、それによって「積荷の油が少量流出した」ことを認めたと記されている。


(『創』1991.4「湾岸戦争を考える/原油流出報道の『疑惑』を検証する」)
(7) 八〇%のイラク石油設備を空爆で破壊した「戦果」