第一章 ―「現状」「現状」 7
―正力家と読売グループの支配体制はどうなっているか―
電網木村書店 Web無料公開 2008.4.25
日本テレビ版・国民精神総動員
正力松太郎と小林与三次とで、若干のちがいといえば、正力が読売新聞に乗りこんだ時には陣頭指揮をしたのに対して、小林は最初から、雲の上の人を気取ったことである。もっともこのやり方は、晩年の正力をまねたといえば、それまでである。
正力の手口は、のちにも紹介するが、ひとつだけ挙げておくと、夜勤者への飲酒の禁止がある。正力は、占領軍と同じで、右側通行を左側通行に変えるのと同様、すベて自分流に改めさせ、もって支配貫徹の手段とした。元読売新聞記者の高木健夫は、『新聞記者一代』に、いくつかの例を紹介しているが、正力は、夜勤の記者の習慣としていた飲酒を禁じた。
当時の読売新聞は、半分バラック風で、暖房といえば火鉢だけ。その上、隙間風ははいる。新聞社は、朝刊印刷ギリギリまで、記事の新しさを競うから、夜勤は宿命である。寒さをこらえるにも限度がある。
「新聞記者が、酒をのんで仕事ができなかったら一人前じゃねェや……とわたしたちは、社長の命令に、ひそかな職業的抵抗(レジスタンス)をこころみていたものである。勤務中は酒をのんではいかん、などと、正力社長もワケのわからぬことをいうもんだ。酒をのんだって仕事をやりゃァ、いいじゃねェか、手めェの金で飲む酒だ……というのが、わたしたちの気持であった。
……(略)……そのようなある夜の一〇時ごろのことだ。玉虫社会部長は、おでん屋でいっぱいひっかけて、社会部のデスクヘ上ってきた。クツを卓の上に投げ出して、ふゥーと熟柿くさい息をはいた。顔がゆでだこのように赤い。
『ちェ、社長がなんだっていうんだ、べらぼうめ』
と、社会部長が管を巻きはじめたところへ、そのうしろに社長があらわれた。みんな固唾をのんでいると、騎虎の、……いや酔虎の勢いで、背中に眼をもたぬ社会部長は、
『手前の金で、手前が勝手に酒を飲むのが、何が悪いンだ。そんなことをいう権利が、社長にあってたまるもんか』
とやりだした。そのとたんに、玉虫さんは、あっというまに身体を宙につり下げられてしまった。正力社長がむんずと右手をのばして、玉虫さんのエリ首をつかまえて持ち上げたのだ。正力社長の『武力』についてはかねがね承知していたものの、その現実をまのあたりにしたのは、これがはじめてだった。手足をバタバタさせ、目を白黒させている玉虫社会部長を、正力社長はまるで魚をつかんだような恰好でズルズルと階段にまで引きずってゆくと、そのまま三階から下へ放り出した。
わたしたちは、びっくりして、階段下にノビているであろう社会部長のところへ駈け下りてみると、かれは腰をさすりながら起き上り、
『オラァやめる。うん、やめる』といいながら、円タクに乗って帰ってしまった」(同書二二〇頁)
玉虫部長は、ユーモア作家寺尾幸夫として、世間に名のとおった人物であった。三階から踊り場に投げ出されて、打ちどころでも悪かったら大変なところであった。こんな眼に会いながら、玉虫部長は、なぜか、なかなかやめないのであるが、後日談もあり、相当な人物でもあったようだ。
さて、小林社長は、『武力』の噂もないということもあるのだが、自分では手出しをしない。かわりに、組合の主張によると、暴力ガードマンをやとい、暴言専務の松本幸輝久に、いいたい放題、がなりたい放題をやらせた。そして、おどかし路線が必要でなくなると、どういう理由をつけたものか、四年目には、ポイと松本のクビをきった。
しかし、こういう暴力路線ばかりでは、社員もいじけてしまう。つづく手段は、なんと、常識の逆手をついて、赤字決算のデッチ上げによる非常事態宣言であった。いわば、国民精神総動員の、日本テレビ版である。
赤字決算のネタは、例の粉飾決算の延長線上にあった。かつての粉飾は、真相はともかく、帳簿上で簡単にいうと、洋画フィルムなどの放映権料の残高を、不当に高く評価していたというのであった。たとえば三〇本のフィルムがあって、五〇億円の放映権料を払ったものとする。これは、いずれも三回は放送できる契約なのだが、一回の放送で五〇%、のこり二回で合せて五○%償却する方式をとっていた。ところが、二回、三回と売るのがむずかしく、不良資産となってしまったというのである。
粉飾決算が問題になった時には、この第一回放映時の償却を五○%から七○%に増やすことにした。この差額の二〇%分などが、約一〇億円といわれたのである。そして、それらの「不良資産」処分措置により、「問題はなくなった」と発表されていたのである。
ところが、その舌の根のかわかぬうちに、「不良資産がまだある」という宣伝がまきちらされた。まだ九億円あったというのである。それも、社報などへ書くときには、その他もろもろの機材の早期償却やら、なんと、すでに処理ずみの粉飾分まで含めて、「二四億五〇〇〇万円の不良資産」が洗い出されたと、誇大宣伝したのである。
日本テレビが、そののち、実際に決算上、雑損失などで落したのは、九億五○○○万円であった。日本テレビは、実のところ、洋画フィルムの第一回放映時の償却率を、七〇%から一〇〇%にかえ、その差三〇%分を不良資産と称したのであった。つまり、放映権が残っているのに、評価額をゼロにしてしまったわけである。
これは、明らかに違法であった。日本テレビ労組は、東京都労働委員会と東京地方裁判所に、明治大学教授山口孝の「鑑定書」を提出している。その中では、「放映権料を初回放映時に一〇〇%費用化する」場合には、「フィルムについては、無価値なものとして、これを廃棄処分または返却すべきである」、と説明されている。また、山口鑑定書は、その他の事情も合せ、「日本テレビは、人員の圧縮、『合理化』のために、決算において、利益を過少に報告できる会計処理を選んだとみられる」、と結論づけている。
事実は明らかになった。東京都労働委員会では、会社側もいろいろと抗弁しているが、すくなくとも、このフィルム償却法の変化については、事実を認め、常務取締役(前経理局畏)名の陳述書に明記している。労働委員会の判定も、いずれは下るであろう。組合は、山口教授を組合側証人として申請中である。
小林社長は、以上のような東京都労働委員会での状況に困りきってか、今度は、商法はおかしい、といいだした。
「いま決算に使われているあのバランスシート、貸借対照表とか損益計算書とかいうものは間違っています。もう明瞭に間違っている」(『社報日本テレビ』一九七七年九月二〇日号、五頁)
これが、開局二四周年記念の演説である。
商法のほうがおかしいのだから、商法改正の論文を書くともいったそうだが、その論文が出たという話はまだない。しかし、いずれにしても、強気一本槍の姿勢には変りはない。大変な鼻息の社長ではある。
この小林与三次が、近く、読売新聞の社長となり、つまりは日本最大、世界最大を誇るマスコミグループの総帥になろうという観測がしきりなので、この人物そのものについても、公的な関心をよせなくてはなるまい。
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