『アウシュヴィッツの争点』(29)

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために

電網木村書店 Web無料公開 2000.6.2

第2部 冷戦構造のはざまで

第3章:発言処罰法という「新たな野蛮」の
裏の裏の背景 2

『アウシュヴィッツの嘘』の内容をなぜ正確に報道しないのか

 さて、そんな言論状況のドイツでは、「アウシュヴィッツの嘘」などの「発言」を最高三年の禁固で処罰する刑法改正案が、一九九四年の五月二十日に下院で賛成多数をえて可決され、上院では「最高五年の禁固刑」に強化されるという事態になった。

 なお、「アウシュヴィッツの嘘」というのは本来、元ドイツ軍の中尉、ティエス・クリストファーセンが一九七三年に発表した短い回想録の題名である。わたしの手元にはその本の全文英語訳がある。

 クリストファーセンは一九四四年の一月から一二月までアウシュヴィッツに勤務していた。かれは、自分自身の経験から、「ガス室」の存在を完全に否定している。回想録の終わりでは、「なぜ関係者のみなが長い間、沈黙をまもっていたか」という疑問にたいして六項目のこたえをしるしているが、そのなかにはつぎのような切実な問題がふくまれている。

「発言は無視されつづけた」

「真実を語ることは社会からの追放をまねき、財政的な自殺行為にひとしい」

「子どもたちは無事に育てあげなければならない」

「妻は六五歳になると年金の受給資格が生ずるが、自分の身におきたことで、その支給が保留されないことをのぞむ」

 クリストファーセンがおそれたような社会的圧迫は、その後もつづいている。

 回想録『アウシュヴィッツの嘘』にたいしては、ポルノ出版などの「有害図書」を禁ずる青少年保護法が適用されて、ドイツの一般書店では発売禁止となっており、本人は刑事罰をさけるために隣国のデンマークにすんでいる。序言をよせた弁護士も、「民主主義侮辱罪」で有罪を宣告されて亡命中で、国際警察にも追われているという。

 本来ならば、メディアにもとめられている機能の第一は、『アウシュヴィッツの嘘』の内容を正確に報道し、世論の判断をあおぐことであると思うが、どうだろうか。「発売禁止」のこの本は、どうやら昔の「発禁本」の典型だった『共産党宣言』のように、禁じられているがゆえに逆に、ひそかな読者をふやしつづけているらしいのだ。わたしが持っているのは一九七九年版の英語訳だが、その内表紙には、「五カ国語で一〇万部以上が普及!」としるされている。

 なお、『アウシュヴィッツの嘘』の内容は、まったく政治色のないものである。クリストファーセン自身も、ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員などではなかった。中尉の位はあるが、前線で負傷して慢性瘻管という症状になり、軍務に耐えられなくなったため、アウシュヴィッツでは収容所の管理には責任のない農場の研究者として、天然のインドゴムの成分をつくるコック・サギスという草の栽培に当たっていたのである。弁護士のレーダーは序文のなかで、クリストファーセンのこの立場を「中立」と表現している。


(30)裁判官の解任までおきた「ホロコースト」否定の「民衆扇動罪」