第2部 ODAの諸問題:ODAにおける環境アセスメント

7.日本の環境配慮の問題点


A.アセスメントの内容の問題

1.プロジェクトの代替案が提示されていない

 環境アセスメント手続きにおいては、プロジェクト代替案の作成・提案、比較検討が必要とされています。例えば、第 章で少し触れたOECDの勧告(1986)でも、その付属書で「アセスメントは、特定の活動の結果生じうる環境影響を指摘するだけでなく、プロジェクトまたはプログラムが実施された場合の悪影響を抑制するためにとられるべき軽減対策または代替案を提案するものであるべきである」とされています。この場合プロジェクトの代替案とは提案されたプロジェクトの立地の代替のみならず、建築物の構造、配置のあり方、環境保全設備、工事の方法等を全て含む幅広い環境保全対策のことです。また、代替案には非実施という選択も含まれます。

 それでは、なぜ代替案の提示が必要なのでしょうか。

 まず、相対的評価が可能になります。つまり、案が一つだと絶対的評価となるため、どうしてもその案が基準にあうかどうか中心のアセスメントになりがちで、下手をすると、基準にあわせて終わるだけのものになりかねません。しかし、いくつかの案が出てくれば、お互いを比較した上での評価が可能となります。

 また、開発調査の場合には、アセスメントの結果、提案されたプロジェクトによって、環境に悪影響が出そうな場合、当然それを抑制する対策が講じられますが、それでも不十分な場合も考えられます。しかし、このようなときに、代替案が検討提示されれば、開発途上国は、より環境への悪影響が少ないプロジェクトを選択できます。

 以上からも分かるように、代替案の提案は、悪影響をより少なくし、防ぐことができるだけではなく、開発途上国側の決定の幅を広げることも可能なのです。

 それでは日本における代替案の提示はどうなっているのか見てみましょう。

 まず、JICAですが、担当者は「開発調査においては代替案の提示がなされる」としています。しかし、環境予備調査に適用される種々のガイドラインには、対策を講じるべきことは書かれていても代替案については触れられていません。そうすると、本格調査のほうで代替案の提示がなされるのでしょうか。というわけで、JICAの『本格調査用環境配慮手引書』というものの資料請求をしたところ、「内部資料である」として断られました。(この本格調査用環境配慮手引書というものは、環境アセスメントを行なう上で大変重要なもので、これを公開していないことは問題があると思われます。)現実に代替案の作成がなされているかどうかは不明です。

 一方OECFですが、OECFに代替案を提案しているかと質問したところ、「ガイドラインによる環境面の審査或いはそれ以前の段階で、適切な配慮がなされていないと判断する場合には、より適切で十分な環境配慮がなされるよう相手国に計画の見直し等を促し働きかけることとなります。このような相手国の環境配慮を支援するため、その手段として案件形成促進調査等を用いる場合もあります。このような検討を経てもなお、配慮が十分でないと判断される場合には、借款を供与しない場合もあります。」という回答がありました。

 この回答でわかるように、相手国に環境上の問題があれば計画の見直しを求めるだけで、代替案の提案・検討ともに行なっていません。また、OECFの『環境配慮のためのガイドライン』にも触れられていません。

 しかしながら、上記のことから考えると、技術・知識などの面で勝る日本側が、代替案の提案・検討を行なうべきです。

2.複数のプロジェクトでの総合的な環境アセスメントが行なわれていない

 ある特定地域でいくつかのプロジェクトが行なわれているときの環境配慮について、現在ではプロジェクトごとの環境配慮のみがなされており、USAIDのプログラムアセスメントのようなプロジェクトの複合的な環境への影響を考えた上での環境アセスメントは行なわれていません。これは、ODAの実施機関が複数に渡っていること、様々なODAプロジェクトにおける統一的な環境アセスメントの基準が存在していないことによるものと思われます。

 しかし、「従来の環境アセスメントは個々のプロジェクトの環境への影響の度合いを評価するものだが、この環境アセスメントが適切に行なわれるには、その影響の評価が、プロジェクトの行なわれる地域の環境収容能力を反映したものであり、かつ、同地域でのほかのプロジェクトや活動の累積的な影響をも反映したものである必要がある」(「『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』P82)ことを考えると、日本においても複数のプロジェクトにおける統一した環境アセスメントを行なうべきです。

3.住民参加が確保されていない

 JICA・OECFによる環境配慮手続きには最近まで一般市民が意見を言う場が設けられていませんでした。しかし、JICAは1995年3月にケニアのタナ河のムトンガ・ガランドスナールズ小力発電プロジェクトに関する事前調査において、地元のコミュニティグループやNGOと協議の場を持ちました。(『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』P79)しかし、OECFは、環境アセスメントは相手国の責任であるとして、そのような住民参加も相手国がすべきだとしています。

 環境アセスメント実施過程における住民、特に現地住民の参加を、サイクルの各段階において保障すべきです。最も影響を受ける現地住民の参加は不可欠です。そのためには、意見を述べる場の保障あるいはUSAIDのような公聴会のシステムを導入すべきです。ひいては、調査団に現地の人々を入れることも検討すべきです。

 さらに、現地の人々が、影響を受ける住民として調査の対象となるだけでなく、自らの地域を作る主体としてプロジェクトに対し代替案を提案・検討し、より主体的にプロジェクトの環境アセスメントに参加できるようなシステムづくりが望まれます。「多くの場合、NGOや地元のコミュニティは、提案されているプロジェクトに代わる代替案を認識しているにもかかわらず、その案を具体化したり、評価したりする機会を持つことができない場合が多く、また、その案を提示する機会も十分に与えられていない。また、環境アセスメントの時期が遅すぎたり、プロジェクトの決定後に環境アセスメントが実施されることさえある。こうした場合、NGOや影響を受ける地域住民は、そうした代替案を適切な場で提示できるよう、援助機関による独立した支援を必要とする。」(『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』P71)

 

B.アセスメントの制度的問題

1.主に援助国に環境アセスメント実施の責任がおかれている。

 環境アセスメントの責任を日本が負うべきなのでしょうか、それとも、相手国が負うべきなのでしょうか。

 この点に関してOECFのガイドラインは相手国に環境アセスメント責任があることを明確に示しています。すなわち、ガイドラインにおいては、「プロジェクトの環境配慮にかかる最終的な責任は借り入れ国自身にある」とし、「本ガイドラインは、環境配慮に関するOECFの審査の指針と借り入れ国がプロジェクトの計画準備段階において配慮準備すべき環境面の諸事項を示すものである」としています。

 それでは、なぜ相手国に環境アセスメントの責任をおくのでしょうか。1つには、実際にプロジェクトの実施主体は相手国であり、それに関わる環境アセスメントについても被援助国が責任を負うべきであるという考え方から、プロジェクトを行わない日本には責任がないという理由があるでしょう。別のものとして「非干渉主義」の現れが挙げられると思います。すなわち、日本政府は被援助国との関係を考慮し、被援助国の主権を侵害したり自らの政策の選択を相手国に押しつけるべきではないとか、環境配慮は被援助国内での利権対立を伴うもので、そのような対立を調整、解決し、環境配慮をいかにそしてどの程度まで開発に取り入れるかは被援助国の責任であり、日本の責任でないとする、といった見解です。(「非干渉主義」以下、『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』P78より)     また、5.B.OECFのところでも述べた通り、相手国の自助努力による開発という観点からも相手国に責任を負わせるという考えが出てきます。

 しかし、以下のようなケースもあります。ここでは、フィリピンのマシンロック石炭火力発電所のケースを取り上げます。(以下事例『これでいいのか、ODA!』)

 マシンロックはマニラの北西の約200kmほどのところにある、美しい海とマンゴーの森からなる静かな海沿いの町です。そこに日本輸出入銀行とアジア開発銀行の融資で石炭火力発電所を建てよう、という計画が持ち上がりました。事業主はフィリピン電力公社です。これに対して住民は猛反発しました。輸出用ともなるマンゴーが失われる、漁業ができなくなる、などの理由からでした。また大気汚染や水質破壊、マンゴーを含めた環境破壊の恐れもありました。しかし、JICAの行なった事前調査、フィジビリティ・スタディではマシンロックにおける輸出用マンゴーの存在にはまったく触れられず、それに対する大気汚染による影響も無視されました。また、立ち退き対象の住民からの意向調査もありませんでした。(JICAの人の話では現在は調査段階で住民からのインタビューを行なっているという話ですが、そのプロジェクトに関して賛成、反対の立場の両方から意見を聞いているかは分かりません。)このような不十分な調査であるにもかかわらず、発電所建設推進派は住民の意向を無視し、計画を進めようとしました。

 ここで登場するのが、フィリピン環境天然資源省の環境管理局です。環境管理局は環境アセスメントを担当するところです。(フィリピンには環境アセスメント法が存在し、その手続きも定められています。)フィリピンの環境法では事業を行なう際は、環境アセスメント手続きを受けて、環境適合証書(ECC)の発行を受けないと、その事業を推進できません。そのため、このケースでも、事業者のほうからは早急に環境適合証書を発行せよ、という要求がなされました。しかし、一方で地元住民や環境保護団体からの強い反対もありました。フィリピンの環境アセスメント手続きでは、狭義の環境問題だけでなくそのプロジェクトが社会的に許容されているかどうかも審査されます。そのルールから言えば、地元の住民が受け入れない以上、環境適合証書の発行はできないはずでした。実際、両者の間に挟まれて、環境管理局は3年以上も環境適合証書の発行に慎重な姿勢を取り続けていました。しかし、政府の事業部門(発電などの開発事業の部門)に比べて、環境保護などの社会的部門のほうが、力が弱いということは、フィリピンでも同じでした。結局環境管理局は事業推進派の圧力により、ついに環境適合証書を発行したのです。

 しかし、その環境適合証書には37項もの達成すべき条件がつけられており、実質的には環境アセスメントのやり直しを命ずるに等しい厳しいものであったそうです。しかし、電力公社はこのような状況をその条件を守るという方法ではなく、アメ(金)とムチ(軍隊の駐留)で、建設用地を買収するという方法で打破しました。日本輸出入銀行も電力公社の情報を鵜呑みにし、融資を決定しました。情報の中には、虚偽のものも含まれていたにもかかわらずです。(1994年12月のことです。)

 以上で分かる通り、開発途上国側で環境アセスメント手続きが定められていても、場合によってはそれが十分に機能しないこともあります。また、全ての被援助国が環境アセスメントの手続きを持っているわけではありません。したがって環境アセスメントの責任を途上国に負わせることは、不十分な環境アセスメントやそれに起因する環境への悪影響を引き起こす可能性があります。

 またODAのプロジェクトは、実施主体は開発途上国であるとはいえ、日本も公的資金を供与している以上そのプロジェクトから生じる環境への悪影響をに対して責任を負うべきであり、それをを正確に把握し、より低減する義務を有していると、考えるべきです。

 したがって、環境アセスメントは日本が責任を持って実施することが望ましく、そのための制度・基準の整備が行われなければなりません。

(補足)

 5章 B.OECFのところで少し述べましたが、OECFは相手国に環境アセスメントの手引書を配布しています。(毎年1〜2分野づつ)この内容によっては、ある程度、環境アセスメントが実効性のあるものになるかも知れません。しかし、毎年1〜2分野づつとなると、JICAくらいになるのでも10年はかかります。また、相手国にやらせるということには変化はありません。いずれにしろ、この手引書の存在を知ったのが遅かったので、調査できていません。(OECFも教えてくれればいいのに。)

2.評価が不十分

 JICAのガイドラインによると、開発調査において、適切な初期環境調査・環境影響評価がきちんと行なわれているかどうかチェックが行なわれます。ただ、これが初期環境調査、環境影響評価の評価に相当するかは不明です。しかし、OECFの場合、審査結果を評価するということは、ガイドラインを見る限り行なわれていない模様です。(なお、『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』には、日本は環境配慮手続きの評価を行なっていないとあります。)また、評価には第三者機関によることが望ましいのです。しかし、日本には、そのようなものは少なくともODAについては存在しません。

 環境アセスメントの評価は何らかの第三者機関により、公平かつ客観的に行なわれるべきです。第三者機関は環境アセスメントが不十分と思われるときにはアセスメントのやり直しを命ずることができるようにするべきです。

3.情報公開が不十分

 環境配慮手続きにおいての情報公開も不十分です。一番問題となるのが、無償資金協力における外務省・大蔵省協議、有償資金協力における四省庁(外務省・大蔵省・通産省・経済企画庁)協議の内容です。これらの協議で環境配慮のことを含め、プロジェクトの是非を総合的に判断し、プロジェクトの実施が決められるにもかかわらず、その内容はまったく明らかになっていません(情報公開の項参照)。これでは、本当に環境面において協議されたのか、まったく分かりません。

 NGOからも、「環境配慮がどこまで厳しく審査されるかは明確でなく、むしろ低い優先順位が与えられているようである、このプロジェクト承認の段階においては、環境配慮に関する政策や各省担当者に対するガイドラインは存在しない。このため、環境影響が許容できる範囲内のものであるかどうかという問題は無視されているようである」(『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』PP.78〜79)との懸念が示されています。

 また、OECFはプロジェクト完了後も含め、プロジェクトサイクルのいかなる段階においても環境アセスメントに関する情報を公開しません。OECFガイドラインでは、「環境アセスメント報告書は、借り入れ国内において公開されたものであるものが望ましい」とされています。しかし、過去には、相手国で公開されなかったケースも紹介されています。OECFはこのような場合にどうするのでしょうか。相手国で行われる環境アセスメントに関する情報公開を条件に融資を行なうことの是非について「日本政府に照会いただくほうが適切かと思いますが、二国間援助の場合世界銀行など国際機関による多国間援助とは異なって、内政干渉的要素もあるから難しいものと考えます。」と回答しています。また、「環境アセスメントの内容に関する情報公開は援助条件ではないが、公開するよう勧告している」との回答でした。環境アセスメントの結果については、最も影響を受ける相手国住民に公開されるべきであるのに、OECFは公開を義務づけてはいません。

 ODAにおける情報公開は国民の知る権利を保証し、ODAをコントロールするためにも重要です。また、政府側にも説明責任(アカウンタビリティ)が存在します。

 したがって、環境アセスメントの内容、結果、事後評価などの情報公開が必要だと思われます。これにより、環境アセスメントに対する監視が可能になり、いい加減なアセスメントが行なわれる可能性が少なくなります。(情報公開一般については情報公開の項を参照)

 また、USAIDの環境影響報告書における公聴会のシステムを、国内国外を問わず、日本の環境アセスメント手続きに導入すべきです。

 

C.環境配慮を法的に保障するために

環境ガイドラインに法的基盤がない

 以上のように、日本のODAにおける環境配慮には様々な問題点があります。こうした問題の根本には、日本がODAにおける環境アセスメントの手続きを定める法律を持っていなかったという事実があります。

 日本は、ODAの理念やプロセスを規定するODA基本法、援助法に類似した法律を持っていません。このため、ODAのプロジェクトにおける環境配慮の手続きも法的に何の根拠もなく、OECFやJICAなどが自発的に定めたガイドラインに拠っています。こうしたガイドラインはなんら法的拘束力を持たず、守られなかった場合の法的な責任が明確ではありません。

 さらに、日本国内のプロジェクトにおける環境アセスメントについても、1993年制定の環境基本法で必要性が指摘されていたにもかかわらず、1997年6月に成立した環境影響評価法で初めて法的に定められました。したがって日本のODAにおける環境アセスメント手続きは、(USAIDがNEPAに準じているような)基準となる確立した手続きを持たず、各実施機関によるまちまちな内容となっています。このため環境配慮のガイドラインの内容はJICAとOECFで大きく異なり、特にOECFのガイドラインは、環境アセスメントの手続きについては何も触れず、環境配慮に関する審査の大枠を示すのみで、極めて不十分な内容にとどまっています。

 以上のことから考えて、ODAにおける環境配慮を保障する法律を制定し、環境配慮の手続きを法的に定める必要があります。

法整備の仕方としては以下のような方法が考えられます。

環境アセスメント法を国外における事業にも適用できるように改正する。

 ただどの方法にも欠点があります。まず国内の環境アセスメント法では、手続きとしてはモニタリングが十分でない点を除けばまあいいのですが、内容の面では問題点が指摘されています(詳しくは、『ジュリスト 1115 1997.7.1号』等参照してください)。そのため、実効性に欠ける恐れもあります。

 ODA基本法についてはかつてからNGO等から制定の要求が出されていましたが、外務省を中心とする反対意見も根強く、いまだ制定されていません。(かつてODA基本法案が新進党から出されたこともありましたが、外務省の抵抗により失敗しました)

 しかしながら、環境配慮に関してだけではなく、日本のODA全体を法的に規律し、国会の監視の下に置き、ひいてはODAを国民がコントロールできるものにしていくために、ODA基本法の制定は不可欠です。

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6.海外援助機関の環境アセスメント ODA用語集

 

 

第1部 ODAの基礎知識
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第2部 ODAの諸問題
[医療分野のODA] [情報公開] [ODAにおける環境アセスメント]

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