第2部 ODAの諸問題

医療分野のODA


1.なぜ医療ODAが必要か

 先進工業国とその他の国々との間には、あまりに多くの差があります。

 サハラ以南のアフリカ諸国では、生まれた1000人の子供のうち、半数は公共医療サ−ビスを受けられず、さらに3分の2は安全な飲料水を得られないでいます。後発発展途上国では今でも半数の人が、保険医療サ−ビスを受けられないでいます。1995年の平均寿命は、先進工業国では77歳、後発発展途上国では52歳です。

 しかし、生まれる場所によって命の長さが決められてしまうというのは、不条理ではないでしょうか。明日の命も分からないという状況では、自分の望むように人生を送ることは不可能でしょう。生まれた後に、衛生環境のいいところに移るというのも、現実的とはいえません。

 こうした状況を改善するために、様々なことがなされています。その中で最も直接的に命の長さに関わるものが、医療・保健分野のODAです。

 なお、とらえ方によっては医療・保健分野に入るものであっても、今回特に触れなかったものがあることをお断りしておきます。

 

2.日本の医療ODAのしくみ

 日本の医療・保健分野向けODAは、外務省・厚生省・大蔵省が担当しています。一般に医療というと、厚生省が中心になっていますが、ODAに関しては外務省が中心となっています。

厚生省のやっていること

oda4.gif (2671 バイト)

1996年度の実績

研修員受入れ 専門家派遣 WHO負担金 WHO拠出金 UNAIDS
156人 28人 61億円 17億円 6億円

 研修員受入れ・専門家派遣については、国際厚生事業団(JICWELS)と国際看護交流協会が厚生省から委託を受けて実施しています。主な対象は行政官(たとえば、地域全体の保健計画を立てたり、国家全体の衛生状況を向上させたりする役人)です。

 国際機関への拠出についてですが、まずWHO(世界保健機関)負担金は、日本がWHOに対して支払う義務のあるもので、金額はWHOが決めます。WHO任意拠出金は、たとえば熱帯地域の保健対策などといった、WHOが行なう事業ごとに、日本が自発的に支払うものです。UNAIDS(国連エイズ合同計画)は、HIV/AIDS対策を一層強力に推進するために、UNICEF、UNDP(国連開発計画)、UNFPA(国連人口基金)、UNESCO、WHO、世界銀行によってつくられました。HIV/AIDSは、工業先進国のみならず、発展途上国でも大きな問題となっています。世界のHIV感染者の9割が、発展途上国の人々なのです。

外務省のやっていること

oda5.gif (5135 バイト)

oda6.gif (5350 バイト)

 ※資金援助は外務省が実施、人的援助および物的援助はJICAが実施

 一般プロジェクト無償として、病院や研究所の建設、医療資材の調達を行なっています。これまでに実施された主な事業として、中日友好病院(中国)、ガ−ナ大学附属基礎医学研究所(野口記念医学研究所)などがあります。医療資材には、薬や注射器だけでなく、ワクチンを冷やしておくための大型冷蔵庫までも含まれます。

 研修員受入れ・専門家派遣は、主に技術者(たとえば、虫歯や白内障の手術をやったり、ウイルスの調査をやったりする人)を対象としています。

 国際緊急援助については、前ページの図の通りです。迅速な対応が求められるため、援助決定後、救助チ−ムは24時間以内に、医療チ−ムは48時間以内に日本を出発することが、一つの目安となっています。また、救援物資は成田、シンガポ−ル、メキシコ、ロンドン、ワシントンに備蓄しています。備蓄が難しいものについては、UNICEF物資調達部門を利用しています。

 医療分野のNGO事業補助金は、例えばAMDA(アジア医師連絡協議会)や難民を助ける会(AAR)に出されています。医療NGOの活動では、災害発生時の診療活動が耳目を集めます。しかしNGO事業補助金は、そうした分野ではなく、息の長い活動に対して出されます。

 医療や保健を担っているのは、中央の役所だけではありません。自治体には、公害問題への対応や地域保健事業を通じて、さまざまな経験の蓄積があります。それを途上国に伝えていくために、自治体に対して補助金が出ます。

その他の医療分野向けODA

 二国間援助―政府貸付―プロジェクト借款・・・OECFが実施

 医療分野において円借款は、主に病院や研究所などの建物を建てるために使われます。ただし、無償資金協力で建てられる場合もあります。

 

3さまざまな批判

 国際協力推進協会による1996年の世論調査では、6割の人が「保健・医療分野への援助は役立っている」と答えました。2位の農業分野(3割)の2倍という、高い支持を得ています。しかし改善すべき点もあります。

(1)そもそも予算が少ない

 1995年の医療分野の二国間ODA実績は、DAC諸国中、アメリカ合衆国に次いで第2位となっています。しかし、二国間ODA実績全体に占める医療分野の割合は2%となっていて、DAC諸国平均の5%に比べて、依然低い水準となっています。

(2)WHOやUNAIDSへの任意拠出金が減るのではないか

 上記とも関連することですが、98年度予算でODA予算が1割削減されることにともない、医療分野ODAも減らされることが予想されます。そのなかでも特に、国際機関に対する任意拠出金が減らされるのではないかと危惧されています。

(3)要請がないために動けない

 特に国際緊急援助隊に対していわれてきたことですが、相手国政府の要請が前提となっているため、どんなに急を要する事態であっても、要請がない限り、援助隊を派遣できません。湾岸戦争後のクルド難民については、イラク政府からの要請がなかったため、イラクには入りませんでした(トルコ、イランには入りました)。

 相手国政府にもメンツがあるため、必要な援助ができないでいるのではないかといわれてきました。

(4)国際緊急援助隊は迅速に動けない

 92年3月14日(日本時間)に起きたトルコ東部地震では、スイスの国際緊急援助隊の先遣隊が18時間後に到着しました。日本国内でも医療チ−ムの派遣を準備していましたが、「既に多くの医療部隊が入っている」としてトルコ政府に断られました。91年のバングラディシュのサイクロン災害では、初期対応が一段落ついた半月後に、ようやく現地入りしました。

 スイスが迅速に動けた背景には、二国間協定の存在や、専用飛行機を常にチュ−リヒに待機させていること、派遣する医療従事者の帰国後の身分保障がしっかりしていることなどがあげられます。二国間協定には、派遣する際の協議方法や、救援機の着陸権限、持ち込む通信機材への国内法適用除外などが定められています。

(5)相手側の実情にあっていない

 たとえば、高度すぎて使いこなせない病院や、住民の意識が低いためにうまくいかない地域保健事業などです。前者の例としては、マニラ市にあるフィリピン総合病院外来棟の建設があげられます。いくらきれいでも維持管理費が高すぎるとか、水質や電圧の違い、頻発する停電などによる機器への負荷が大きいため、日本の最新機材では故障しやすいとか、故障したときフィリピン国内では修理が難しいため、修理代が高くつくとかいった批判がありました。

 

 このような批判に対し、変化も起きています。

(4)に対して

最近では割と早く動くようになっています。たとえば、1996年5月13日に起きたバングラディシュ北部での竜巻災害では、4日後に医療チ−ムが派遣されました。

(5)に対して

 結局のところ、事前調査を念入りにやるということにつきるのでしょうが、さまざまな援助を新たに始めています。第2国研修、第3国研修、草の根展開支援事業がそれです。第2国研修というのは、日本国内で研修した人に、より現場の近くにいる同じ国内の人に、技術を伝えてもらうものです。第3国研修というのは、日本国内で研修した人に、近隣諸国の人々に技術を伝えてもらうものです。これらをはじめとする援助によって、従来の「技術移転型援助」から「現地の主体性と住民参加を重視した地域保健体制の確立のための援助」に移ろうとしています。

前のページへ次のページへ

第1部 5.ODA改革に向けて 第2部 情報公開

 

 

第1部 ODAの基礎知識
.[1.ODAとは] [2.歴史] [3.現状] [4.批判] [5.改革に向けて]

第2部 ODAの諸問題
[医療分野のODA] [情報公開] [ODAにおける環境アセスメント]

1997年11月祭研究発表 「ODA研究発表」のページへ