序章 ―「体質」 3
―江川問題で表面化したオール読売タカ派路線―
電網木村書店 Web無料公開 2008.4.25
戦後読売争議とGHQ
読売新聞なり日本テレビなりが、本気で正力とCIAの関係を否定したいのなら、訴訟に訴えるべき記事が国内にもある。たとえば、『週刊文春』一九七六年四月二二日号は、「ワイド特集新ロッキード人脈研究」をのせており、その2は「ニューヨーク・タイムズ『正力松太郎はCIA関係者』を追って浮び上ってきた事実」となっている。
『週刊文春』の取材に応じた元日本テレビ専務の柴田秀利は、「思い当る節がある」と語りはじめた。第二次読売新聞争議で、編集局長を兼ねた鈴木東民組合長ほか六名を解雇しようという時の話である。
「GHQとの交渉を担当していた私は、吉田首相を通じて、マッカーサーを動かすことにした。……(略)……もし、あのとき、マッカーサーのバックアップがなかったら、いまの読売はない。のちの正力もない。おそらく今回指摘されたのは、そのことだろうと思う。CIAが正力に恩恵を与えたというのは正確ではない。が、GⅡがCIAと同様、アメリカの諜報機関であり、人的交流もあったのだから、ニューヨーク・タイムズのいわんとしていることもわかる」(同誌一二四―一二五頁)
GⅡとは、GHQ内の参謀第二部(幕僚第二部、班の訳語もある)のことであり、いわゆるタカ派、そしてハト派の民政局(GS)などと対抗関係をはらみつつ日本の戦後処理に当っていた機関である。
GⅡの機能は、情報・保安・検閲に大別され、その下には、民間検閲部(CCD)、対敵諜報部隊(CIC)や民間諜報局(CIS)が置かれていた。このほか公安関係などが、GHの本来の部門であり、マッカーサーの子飼いの幕僚(バターン・ボーイズ)の直接指揮下にあった。
日本のマスコミと関係を持つのは、このほかに、GⅡの下の民間情報教育局(CIE)新聞課、映画演劇課、ラジオ課、民間通信局(CCS)などであり、GⅡとは別に、経済科学局(ESS)労働課、民政局(GS)があった。GⅡとは、つまるところ、GHQ内のCIA的機関であったのだから、この点からみても、正力らの手が汚れていることに間違いはない。
ついで、『週刊文春』は、本書の第二章「背景」でふれる正力テレビ構想にも、CIAとの関係をみる。
「放送評論家の志賀信夫氏は、別の推理をする。
『もし正力氏とCIAが関わったとするなら、正力氏が日本テレビ網を確立するための資金集めのときではないか』
……(略)……柴田氏が溜息まじりにいう。
『結局、アメリカからの資金は、すべて幻に終ってしまった。いまの日本テレビは、国内だけの資金で賄ったものだ。アメリカとの折衝で、CIAの影を見なかったかって? そりゃあ、VOAや国防総省の裏にはCIAもいただろうよ。しかし、誰がCIAかなんてわかりゃしないよ』」 (同前一二五―一二六頁)
たしかに、CIA工作員がだれであったのかは、当事者たちにも、はっきりしなかったであろう。CIAは、本来、身分をかくしたスパイなのだから。しかし、柴田が語るように、読売新聞の戦後争議では、「GⅡはよく救けてくれましてね。それから毎日馬に乗ったMPがわれわれを激励に来てくれた。編集局がアカに占拠されたときも、ベーカー(准将でGHQ渉外局長―筆者)が手を打ってくれ、丸の内署から何十人もの警官がステッキふりまわしてやってきて、ぶんなぐり、五三人を検束、幹部は手錠をはめ、検事局へほうりこんでしまった」(同前一二四頁)、というような事態があったのである。
しかも、それだけではない。正力松太郎は、日本テレビを創設したときにも、のちにマイクロ・ウェーブ網の建設を提唱したときにも、CIA工作員どころではなく、アメリカ国防総省、いうところのペンタゴンと直接交渉し、その協力を得ているのである。その事実はのちに紹介するように、正力もみずから公然と認めているのであって、いまさらCIA工作員の恩恵を云々するのも、気が引ける話なのである。いくらCIAの悪名が高いといっても、それはアメリカの一機関であり、工作員は末端の組織員であることに変りはないのだから。
正力は、アメリカ軍政下の日本で、本国の国防総省を動かし、または動かされて、日本全土にテレビ網をつくろうとした。戦前、戦中には、日本の国政の裏工作にかかわりを持っていた。あえていうなら、正力は、相手が戦勝国のアメリカであろうが、CIAの一工作員の手中に汚職の「充分で精密な細部」の証拠を残すような、駆け出し官僚ではなかったのである。すでに戦前、汚職に連座すること数回、下獄したことさえあるというのが、読売新聞中興の祖、正力松太郎の実像であった。
それらの事実はさまざまな資料で明確にされている。しかし、いまや八○○万部の読売新聞にとって、数十万部の週刊誌とか、数万部、数千部の出版物は、問題ではないのであろう。読売新聞社と日本テレビが、ニューヨーク・タイムズの記事の「訂正」(?)に必死となったのは、その記事が、最大かつ唯一の競争相手、朝日新聞に大きく転載されたから、ということによるらしいのである。
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