『アウシュヴィッツの争点』(66)

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために

電網木村書店 Web無料公開 2000.9.9

第4部 マスメディア報道の裏側

第8章:テロも辞さないシオニスト・ネットワーク 4

「経済大国日本の国際世論への影響」を重視し「交流」を予定

 調査した「教師」は、すでに名のでたアブラハム・クーパーである。

 記事の主要部分を紹介すると、まず、「米国内には日本でユダヤ陰謀説が流行し始めたことに反発する動きが出ており、調査を担当したユダヤ教教師は『日米摩擦の新たな火種になりかねない』と警告している」というのだ。これなどは「日米摩擦」という虎の威をかりた「おどし」ではないだろうか。なお、「ユダヤ教教師」とか「ラビ」というと、いかにも宗教家とか聖職者とかの感じだが、さきにも紹介した武装テロ組織、JDL(ユダヤ防衛同盟)のボス、メイア・カハネも「ラビ」だった。そのうえ、アメリカと二重国籍でイスラエルの国会議員でもあった。カハネは湾岸戦争の実力行使直前に暗殺されたが、その最後の死にかたまでが血なまぐさかった。

 勝又記者が「関係者の話を総合しての印象」をまとめたなかには、つぎのような「憂慮」の声がはいっている。

「欧米のタネ本の焼き直し版が日本でヒットした結果、韓国でも翻訳出版の動きが出始めたり、欧米、中東で反ユダヤ主義者を勢いづかせている」

 クーパーは日本での実態調査を土台にして、つぎのような「予定」を立てていた。

「クーパー師は、近くこうした調査結果をまとめて関係団体、議員らに連絡する。同時に『経済大国日本の国際世論への影響が大きくなっている』ことを重視、今後、米国や日本でユダヤ人問題のシンポジウムを開催したり、日本人をユダヤ人家庭に招くなどの交流を呼びかける」

 国際的な背景としては、当時から急速に展開しはじめていた東西冷戦構造の崩壊現象があった。アラブ・イスラム圏へのソ連の影響力がうすれる状況のもとで、財政と貿易の双子の赤字をかかえるアメリカは、あらたな世界市場支配の計画を模索していた。そのさい、これまでアラブ諸国の団結に打ちこむ分断のクサビの役割をはたしてきたイスラエルが、逆に、のどもとにささった魚の骨となる。アラブ諸国は、イスラエルを支援する国にたいして、いまなお「アラブ・ボイコット」を継続しているのだ。イスラエル、またはシオニスト勢力はこの状況下で、従来はアラブびいきがおおかった日本を、なんとかして自分の方の味方にひきよせようとしている。「おどし」と「交流」、またはアメとムチの対日工作が、クーパーの「反ユダヤ本実態調査」の背景をなしていたのだ。

 日経新聞の「反ユダヤ本」広告が問題になったのは、クーパーの実態調査旅行からかぞえて五年後の一九九三年七月末のことである。

 偶然の一致か、その二カ月ほど前には、読売新聞(93・5・21)の「論点」欄に「外務省中近東アフリカ局審議官」の肩書きの野上義二が登壇していた。論文の見出しは「低俗な『反ユダヤ』観を排す」である。「一時下火となったかに見えた『反ユダヤ』出版物が最近また目につくようになってきた」という書きだしで、このような出版状況が「日本人の無知を証明しているようなもの」と結論づけている。

「ホロコースト」物語についても、つぎのような見解をしめしている。

「ナチによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)は誇張だなどという議論は、エルサレム郊外のホロコースト記念館(ヤド・ヴァシェム)を訪ねてみればいかにひどい議論であるか一目瞭然(りょうぜん)である。日本は知的に隔絶されたガラパゴス諸島ではないはずである」

 外務省の審議官が新聞紙上で出版物の批判をすること自体にも、いささか疑問があるが、内容も一方的で、おそまつだ。しかも、その掲載紙がタカ派、というよりも「ヤクザをつかったおしうり拡張販売」で世界最大の部数にのしあがり、その勢いを駆って「改憲」のキャンペーンをはっているだけに、いやな感じをうけざるをえなかった。このところの外務省の「海外出兵」に関するタカ派ぶりと呼応するような事態なのだ。

 ところが、その翌年の一九九四年に発行された『ユダヤを知る事典』を見ると、冒頭にこう書かれていた。

「一九八八年、日本の出版事情を憂慮したアメリカ・ユダヤ人委員会は、日本政府に申し入れをした。これを受けて外務省は、同年九月『ユダヤ人問題』と題して、日本書籍出版協会、出版文化国際交流協会を通して、出版界にその要望を伝えた」

 つまり、野上審議官の文章は、決して個人的な作文ではない。また、サイモン・ウィゼンタール・センターのラビ、クーパーの調査報告は、その年のうちに「アメリカ・ユダヤ人委員会」を動かし、日本政府、外務省、出版界へとフィードバックされていたのである。わたしの手元には、外務省が「無署名」で出版界向けにだした文書(一種の怪文書?)と、それにそう要望をのせた日本書籍出版協会の会報のコピーがある。

 さて、本章の以上の記述のほとんどは、『マルコ』廃刊事件以前に準備していたものである。このような日本における当時の事実経過には、同事件の発生を予感させるものがあったとはいえないだろうか。

 わたしは、いわゆる「反ユダヤ本」取り締まりの動きは陽動作戦にしかすぎず、本命のねらいは、野上審議官が不用意にもらしたホロコースト「誇張」論の牽制にあったのではないかと疑っている。いわゆる「おどろおどろ反ユダヤ本」などは、夏のお化けのようなもので、気味は悪いが、いまどきそれほどの社会的影響力はないのではないだろうか。


(67)「日系米兵」物語ではイスラエル制作のテレビ作品が先行