『アウシュヴィッツの争点』(45)

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために

電網木村書店 Web無料公開 2000.8.4

第3部 隠れていた核心的争点

第5章:未解明だった「チクロンB」と
「ガス室」の関係 5

死亡「一〇分」除去「二〇分」「気化」「換気」の所要時間は?

 つぎには、所要時間の問題がある。

 さきにしめしたホェスの「告白」などを見ると、すぐに目につく点検項目は、「死亡」するまでと、死体を「除去」するまでの所要時間である。だが、まずその途中に、シアン化水素の「気化」に要する時間の計算がなければならない。「チクロンB」にふくまれるシアン化水素の成分が、空気中に青酸ガスとして放出され、一定時間内に致死濃度に達しなければ、「ガス殺人」は実現しないからだ。つぎには「換気」が必要である。そうしないと、死体の除去作業はできないし、後続の「ガス殺人」の用意もできないからだ。

『デゲシュ説明書』をまず見ると、「チクロンB」による燻蒸の所要時間は、二時間から七二時間とか、害虫の種類によって二四時間、四八時間、七二時間が必要などとなっている。このような全体の所要時間から考えると、この途中の、シアン化水素の気化にも相当の時間がかかりそうな気がするが、「気化」の所要時間についての説明はない。

 消毒作業が終了したのちには、換気をおこなわなくてはならないが、『デゲシュ説明書』では、「強制換気」は「かならずしも必要ではない」、「自然の通気でガスは急速に除去される」とし、そのうえで、換気に要する時間は「最低一〇時間」としている。

 さらに、換気を一定時間おこなったあとにも、試験紙を使ってシアン化水素の成分の残留のテストをすること、翌日までは室内に長時間とどまらないこと、室内で睡眠しないこと、などの注意をもしるしている。室内に品物がおおくて、それらの表面の面積がおおきいと換気に時間がかかるとか、衣服やベッドの寝具をたたくと換気の時間が短縮されるという説明もある。つまり、「青酸ガス」が物体の表面や繊維の内部に滞留していて、完全に離れるまでに時間がかかるのではないのだろうか。

 以上のような『デゲシュ説明書』の時間にかんする記述は、あまり厳密ではないのだが、もともとの目的が「短時間の大量殺人」ではなくて、「害虫駆除」にあったわけだから、日本でいえば「虫干し」作業の延長である。数日間の作業を想定した製品だったのではないだろうか。

 換気の所要時間については、これとはちがう計算もある。

 ざきに紹介したニュルンベルグ裁判の資料の方では「最低二〇時間」となっている。

 フォ-リソンはリーフレット『ガス室の疑問点』で、そのほかのニュルンベルグ裁判の資料をも根拠にして、つぎのよう主張している。

「チクロンBには表面に付着する強い牲質があるので、その除去は、強力な換気装置によっては不可能であり、二四時間たっぷりの自然通気によってはじめて可能になる」

 以上の所要時間の問題については、さらに厳密な共同研究が必要であろう。

 散布するときの説明写真では、作業員が防毒マスクをつけている。人体にも危険があるからだ。本当に「十分前後で人間を死に至らせる」ことが可能な青酸ガスの濃度を急速につくりだすことができたとすれば、なおさらのことである。ところが、『夜と霧』のホェス「告白」にもとづく解説では、つぎのようにまるで簡単な手順になっている。

「三十分後に扉が開かれ、死体はここで永久に働く囚人の指揮者の手で除去され、穴の中で焼かれた」

 ホェスの「告白」には、いくつもの自己矛盾がある。最初に紹介したのはアウシュヴィッツでの犠牲者の総数についてだった。「三〇〇万人」だったり、「一一三万人」だったりしていた。『遺録』の解説にさえ、ホェスが犠牲者総数の明細としてあげた数字について、「アウシュヴィッツで虐殺されたユダヤ人の調査のためには、何ら信ずるに足る基礎を示すものではないことは、はっきりと明記されねばならない」とある。

 テキスト自体にも、拷問の件で指摘したように、記述が異なるという問題点がある。

「ガス室」の換気については、『遺録』と『夜と霧』の解説との間に重要な相違点がある。『遺録』の方では、「ガス投入三〇分後、ドアが開かれ、換気装置が作動する。すぐに屍体の引き出しが始められる」となっている。つまり、『夜と霧』の解説にはない「換気装置」が、『遺録』では、あったことになっている。ただし、アウシュヴィッツIの「ガス室」には「換気装置」の痕跡もなかった。

 さて、以上のような「チクロンB」についての使用上の留意点と、「がス室」との関係を一応指摘したうえで、「チクロンB」で「人を殺すことは不可能ではなかった」という、わたし自身の判断にもどろう。


(46)「チクロンB」の主成分、青酸ガス(シアン化水素)の殺傷能力