岡崎哲(さとし)くん 殴打死事件 ( 事例No.981008 )
国家賠償裁判の準備書面と記者会見資料
日 付 | 内 容 | |
2009/2/25 | 高裁判決後の記者会見用レジメ 本件事件のポイント | 弁護士 |
2009/2/25 | 高裁判決後の記者会見用レジメ | 原告・父 |
2009/2/25 | 高裁判決後の記者会見用レジメ 本件の概要とポイント | 弁護士 |
2008/12/15 | 第6準備書面 | 弁護士 |
2008/10/15 | 第5準備書面 | 弁護士 |
高裁判決(2009年2月25日)後の記者会見用レジメ / 弁護士から 控訴人ら訴訟代理人弁護士 登坂真人氏・大石剛一郎氏・高橋正人氏 |
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■ 本件事件のポイント 1 原審の判断、原告の主張、被告らの主張 水戸地裁の 原審は、平成2年2月20日の最高裁判例(以下「平成2年最判」という)に立脚して判断し、原告を敗訴させた。 同最高裁判例は、「犯罪の捜査は、直接的には、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、被害者が、捜査によって受ける利益自体は、公益上の見地に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護される利益ではないというべきである」述べ、刑事司法が直接的には被害者の利益のために行われるものではないと冷たく言い放った。 これは、被害者には刑事司法手続のなかで権利性が認められず、被害者は恩恵の対象に過ぎないと見ているものであった。 しかし、上記最高裁判例は、平成16年12月に成立した犯罪被害者等基本法によって、実質的に変更されたか、あるいは変更されるべきだと言うべきである。 同法第3条は、「全て犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と定めて被害者の権利性を謳っているし、同法を受けて閣議決定された平成17年の犯罪被害者等基本計画では、「刑事司法は、社会の秩序の維持を図るという目的に加え、犯罪被害者等のためにもある」(10p、V 重点課題[5つの重点課題] B刑事手続への関与拡充の取組)と明記するに至ったからである。 本件訴訟では、刑事司法手続における被害者の権利性を認めてもらい、被害者のためにも刑事司法があると述べてもらうことが最大の目的の一つである。 これに対し、国側は、本件訴訟で、「被害者参加制度などの制定により少なくとも公判段階では被害者のためにも刑事司法がある」ということを暗に認めているようではあるが、他方、被害者参加制度などは公判段階の問題であり、本件のような捜査段階の問題ではないとし、捜査の段階では、必ずしも被害者のためにも刑事司法があるとは言えないとしている。さらに、本件は平成10年の事件で、その後に成立した基本法の射程範囲外であるとする。 しかしながら、基本法や基本計画は、広く刑事司法全般について定めたものであり、刑事司法のうち公判段階に限って権利性を認めたものではないから、国側の主張には無理がある。さらに、国側の論理に従うと、平成16年以前の被害者は、尊厳が保障されなくても良いことになって、到底納得できるものではない。基本法は、被害者に権利があることを確認した規定に過ぎないと言うべきである。 2 当審の判断 平成2年の最高裁判例は、 捜査及び刑事裁判に対し、 @ 被害者の権利を認める法律が当時、存在しなかった、 A 社会の状況においても、被害者の権利を目的として捜査・裁判が行われているという(国民の)意識の高まりが当時はなかった、 というあくまでも当時の状況を踏まえて出されたものであるとした(24p)。 そして、本件事件があった平成10年までの間に、上記@及びAを覆すような法制度の整備及び社会の意識の高まりもなかったから(25p〜27p)、 本件事件当時、「犯罪被害者が捜査によって受ける利益が法律上保護されたもの(=権利)になっていたというのは困難である」とした(27p)。 さらに、「平成16年の基本法は、基本方針を定めたものであり、既に認められていた権利ないし法的利益を確認するものではない」とした。 しかし他方、「基本法は、捜査や公訴権の行使は公益の実現のみを志向するものであるという伝統的な考え方に対する反省にたって、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るために」制定されたものであると積極的に評価した。 そして、平成17年に犯罪被害者等基本計画が閣議決定され、平成19年に刑事訴訟法が改正され、平成20年に少年法が一部改正されてきたことなどを列挙した上で(20p〜23p)、「平成12年以降は犯罪被害者等の利益に配慮する法律整備が継続して着実に実施されており、特に、基本法においては、国及び地方公共団体が被害者の権利利益の保護を図るべきことが法律上の責務とされている」と指摘し(26p)、「これらの法令整備は、平成12年にあすの会が設立されるなど、このころから、犯罪被害者等の権利利益についての国民の意識が高まってきた」ことが大きな推進力になってきたと述べ(26p)た。 そして、 「現時点ではともかく」 (26p16行目) という含みを残す表現を用いた。 |
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判決(2009年2月25日)後の記者会見用レジメ / 父親(岡崎后生さん)のから | TOP | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
息子の哲(さとし)が殺されてから約10年半、「身内かばいによる杜撰な捜査があった」と裁判を提訴して、9年を経過しようとしている。 裁判自体は永かったと思うが、息子と一緒に闘ってきた貴重な時間だった。 平成19年9月26日の水戸地裁で「原告らの本訴請求は理由が無いから、いずれも棄却する」との判決が出されました。 棄却理由として、一部については不合理な点を認めているにもかかわらず、「著しく不合理な点ないし故意に基づく違法・不当行為は無かった」としております。結局は『犯罪の捜査および検察官による公訴権の行使は、公の秩序維持のためにある』との平成2年の最高裁判例に沿った結果でした。 個々の争点については著しく不合理な点は無いと言うものの、死因が「従前から持っていた重篤な心臓病による心臓死」から、「右下腹部への相当な外力による加害者からの暴行死」に覆ったことは、「著しく不合理な点ないし故意に基づく違法・不当行為」があった結果ではないでしょうか。 被害者支援の重要性が叫ばれている中で、平成16年12月に成立した犯罪被害者等基本法によって、「全て犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と定めて被害者の権利性を謳っているし、平成17年12月に閣議決定された「犯罪被害者等基本計画」の中には、「『刑事司法は公の秩序維持のためにあると共に、被害者のためにもある』また、このことは少年保護事件であっても何ら変わりない。」と明確に謳われております。しかしながら原判決は、このような状況を考慮することなく、まさしく時代に逆行した判決でした。 事件から9年目にして初めて実現した加害者の証人尋問で、「被害者とは仲は悪くなかった。日頃から挑発されてはいなかった」との加害者の証言が判決に全く反映されていない。 証人尋問の中で、加害者から出て来た言葉は、事件当日作成された「被疑事実の要旨(日頃から被害者より喧嘩が出来るかと挑発されていた)」とは正反対の、「哲とは仲は悪くなかった。日頃から挑発されていなかった」との証言でした。しかし事件から年数もたっており、当時の供述が信憑性があるとしています。 裁判官をして、「被害者は運動能力に優れ、茨城県下有数のサッカー選手として将来を嘱望されていたが、・・・従前から持っていたいつ死んでもおかしくない程の重い心臓病のため突然死した」と、全くもって社会常識・一般の市民感覚の欠如した判決を書かざるを得なかったのは、杜撰な捜査を裏付けているのではないでしょうか。 冤罪事件を扱った著書の中に、「冤罪の構造として@見込み捜査・別件逮捕A嘘の自白の強要B自白の信憑性を、裁判所が判断を誤ったC裁判所が鑑定人の権威に盲従する過ちを犯した」の4点が挙げられております。息子(被害者)の事件は逆冤罪ではないかと思えます。 平成11年3月21日の毎日新聞に記載されている事件経過を見ますと、 @3月2日;茨城県警が両親に「説明不足」を認めて謝罪 A3月4日;関口祐弘警察庁長官が定例会見で「遺族の心情に配慮した対応に欠けた」と発表 B3月15日;参議院法務委で陣内孝雄法相が「被害者の損害回復や刑事手続き上の保護の法整備をしたい」と答弁したとあります。 翌年の3月16日の毎日新聞には、参議院法務委員会で、法務省の古田祐紀刑事局長(現最高裁判所判事)が「捜査の徹底が必要だったと感じている」と述べ、不十分な捜査だったことを認めたと記されている。同じく3月16日の読売新聞では、臼井日出男法務大臣は15日の参院法務委員会で「ご遺族の心情を察した徹底した捜査、あるいは的確な事実認定の必要性が痛感された」と記されています。(これらの新聞記事は、父親の「上申書」に添付して提出済)
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判決(2009年2月25日)後の記者会見用資料 〔本件の概要とポイント〕 | TOP | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1 平成10年10月8日、Hは岡崎哲君に対し、膀胱を含む下腹部を強く蹴るなどの暴行を多数加え、とくに膀胱を含む下腹部への強力な暴行により(医師の意見書)、神経性ショックないし副交感神経麻痺が発生し、同日午後6時58分、哲君は死亡した(死体検案書)。 2 本件事件の捜査過程において、被害者側の意向はほとんど斟酌されず、警察の捜査は、当初から加害者(H)の供述にほとんど依拠する形で、あるいは加害者側の責任をできるだけ軽減する方向で誘導する形で進められ、同少年の供述の信用性を裏付ける証拠収集はほとんど行われなかった。 検察の捜査は警察の捜査結果の確認作業の域を出ず、ここでも同少年の供述の信用性はチェックされなかった。加害者の父親と兄は現職の警察官であった。 警察・検察における、このような杜撰さと恣意性(言わば「身内庇い」)を感じざるを得ない捜査が、以後の被害者側の訴訟・責任追及活動に重大な影響を与え、また、その捜査過程・内容・結果そのものが、被害者家族の心に大きな傷を与えた。 3 直接的加害者として確定的であった少年(H)の処分を決める少年審判は約10ヶ月で終わり、同少年審判においては専ら加害者の供述に依拠して、「処分」が決まり、ここでも被害者側の思いは適切・十分には斟酌されず、被害者家族の心の傷は深まった。 4 学校に対する損害賠償請求訴訟(平成12年3月に訴訟提起、同14年5月15日第1審判決(請求棄却)、控訴棄却) 5 Hを被告とする不法行為損害賠償請求訴訟(平成12年3月に訴訟提起、同15年10月22日高裁判決(一部認容)、上告棄却・確定) 6 本訴訟(平成12年3月訴訟提起)は、捜査機関(警察・検察)の捜査内容の違法を問うものであるが、それは、本件事件全体における責任の所在や程度を判断するうえで最も根幹とされているものの是非・当否を問うものであり、裁判の進行としては最後になったが、本質的には、前提問題として最初に問われるべきであった、最重要問題である。 7 本件における捜査は基本的に、事件の経緯についても内容についても、客観的な証拠を軽視し、加害者の供述だけに依拠したものであったと言えるのであり、加害者の自己弁護・弁解をそのまま受け入れたものであり、加害者にとって利益的な要素を積極的に受け入れるという、「恣意的」といわざるを得ない意図のもとに遂行され、加害者の責任を厳正に追及するという方向の捜査としては不十分な、杜撰なものであった、と解される。 8 そして、その恣意的で杜撰な捜査によって受けた被害者側の不利益と精神的苦痛について強く問うたのが、本訴訟である。(捜査機関(警察・検察)側は、当然ながら、恣意的かつ杜撰な捜査の事実を否認し、かつ、捜査は被害者のためではなく、秩序維持のために行うものであるから、被害者から訴えられる筋合いはないと強弁している。) |
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別紙参考 (1)恣意性について 捜査の過程で作成された文書や収集された証拠に関しては、例えば、次のような点において、「恣意性」が顕著に窺われる。 @ 第一に、警察・検察は、緊急逮捕手続書などの被疑事実において、被害少年がHを日ごろから挑発していたなどという虚偽事実(しかも、加害者側に有利な事実)をわざわざ記載した。 Hは、「日ごろから挑発されていた」という事実ないことを明確に法廷で証言している。そして、本件暴力トラブルの原因については、H自身が「よくわからない」旨法廷で述べている。明確な原因、とくに被害少年側に非のある原因があったならば、Hがそれを忘れるなどということはありえない。 この「暴行事件に至った経緯」の点は、被害者側の落ち度の有無・程度、そして加害者の責任の程度の認定に深く関わるものであり、死という重大結果の発生とHによる直接的・確定的な加害が当初より明白であった本件においては、Hの責任重さの認定にとって、この「経緯」の点は最も大きなポイントの一つであったと言える。 そして、この捜査機関による「被害少年がHを日ごろから挑発していた」という被疑事実記載(Hの法廷証言ないし同人の認識事実と大きく食い違っている)は、捜査機関が恣意的にでっち上げたのでないとすれば、Hを強く誘導した結果として、そのような供述態度を引き出した、としか考えられないのである。 A 被害少年の父親が捜査に対し反抗的な態度をとった旨の捜査報告書を殊更に作成した。これは反射的に加害少年に有利な材料となることを企図したものと考えざるを得ない。 B 被害者の兄弟が学校に対し抗議的な行動(下校時に、学校周辺で起きた事件なのであるから、ある意味では当然のことであろう)をした旨の捜査報告書を殊更に作成した。 これもA同様、反射的に加害少年に有利な材料となることを企図したものと考えざるを得ない。 (2)捜査の杜撰・厳正さの欠缺 また、例えば、以下に掲げるように、捜査が杜撰であり、厳正さを欠いている、と言わざるを得ない対応がなされていたことはやはり、捜査機関に属する者の子ないし弟が加害者であったことから、いわゆる「身内庇い」の意識が働いていたことを示唆するものと思料する。 @ 被害少年の健康状態を調査する必要が生じており、とくに普段の心臓の状態に関するデータ(心電図)は本件における死因の解明のためには不可欠とも言える資料であったのにもかかわらず、捜査段階では、学校に対し資料提出が求められなかった。これが、少年審判における、「死に至った原因が主として被害者の心臓疾患にあった」(ストレス心筋症)という趣旨の安易かつ誤った死因認定につながり、その後の民事裁判の進行・判断にも大きな影響を与えた。 A 直接的・確定的な加害者であるHの負傷状況・衣服の状況など(甲4)と被害少年の負傷情況等の大きな違い(被害少年における負傷の方が一方的に多大であった)について、いろいろな可能性(例えば、複数対1のリンチだった可能性、凶器が使用された可能性など)を精査することなく、捜査機関は安易にHの供述を前提とした。 B しかも、上記Aの被害少年の負傷情況が写っている甲第9号証の写真(警察が証拠作成したもの)はいわゆる「ピンボケ」で、捜査の杜撰さを物語るものであった。 C 被害少年のパンツに付着していた血痕と尿は、死因や行為態様を推定するうえで非常に重大な痕跡であったにもかかわらず、捜査機関はほとんど顧慮さえしなかった。 D 本件事件当日、Hはジャージの上下に着替えて現場に向かったが、被害少年は通常の学生服姿で現場に赴いた。 このような服装の違いから、暴力行為場面に臨む意思の強さに明確に違いがあること(Hの方は確定的と言えるが、被害少年の方は制服が汚れない程度のことしか想定していなかった)について、捜査機関は全く顧慮しなかった。 E 本件当日に現場近くで本件を見聞していた、重要証人であるI氏から事情聴取をして、調書作成しなかった。この五十嵐氏の証言は、加害者が複数であった可能性を示唆している。また、H自身も、被害少年が倒れた時点で、自分以外の生徒がそばに居た可能性を否定しなかった(H本人調書p12)。 F 本件当日に現場近くで本件を見聞していたO氏と本件発生直後に現場に来たという少年の供述事情聴取をして、調書作成しなかった。このI氏の証言は、加害者が複数であった可能性を示唆している。 2 本件捜査はほとんどHの供述に基づいて行われたが、前提たるH本人の供述自体の信用性には明らかに非常に問題がある。 H自身が保身のために虚偽の供述を行ったのか、捜査側がHの責任を矮小化させる方向で誘導した結果なのかは定かではないが、Hの供述には、暴力事件にまで至った経過・理由、事件当日に起きた事実の経過、現場までの被害少年との会話内容、行為態様など、極めて信用性を認めがたい要素が多々ある。 その中でも特に典型的なものは、腹部への暴行の点である。 すなわち、Hが被害少年に対し暴行を加えた部位に関しては、最も重要なポイントの一つであるが、捜査報告書、員面調書、検面調書などを比較すると、全く一定せず、変遷が激しい。 直接的に死につながった暴行の内容は、「右下腹部への強い外力」ということで確定しているが、捜査段階の証拠を精査すると、Hが被害者の腹部への暴行を認める供述をしたものと把握できる資料は多くない。 多くはないが、確かに腹部への暴行を認める供述をしたものと把握できる証拠も存在する。 他方、H本人に対する損害賠償請求訴訟において、Hの父親(警察官)は平成15年7月31日時点で(事件は平成10年10月8日発生)、「Hは、哲君への腹部への殴打は絶対にないと供述しています。」と明確に陳述書において述べている。 この陳述書の内容は、今回のHの法廷証言(非常に曖昧な内容であるが)とは明らかに合致しない。 以上のような、死の結果につながった暴行に関するHの変遷と矛盾に満ちた供述は、Hの供述の信用性が全体として非常に低いことを示唆している。 本件事件の捜査は、そのようなHの供述にほとんど依拠した、というのである。捜査に関する裁量の範囲を逸脱しており、著しく不当と言わざるを得ない。 3 以上のような恣意的な、あるいは極めて杜撰な捜査の結果、真実は闇に葬られ、死因に関しては、Hに対する損害賠償請求事件の中で、ようやく従前までの誤りが修正され、ほぼ解明されるに至ったが、その他の点(例えば、暴力事件にまで至った経過・理由、事件当日に起きた事実の経過、現場までの被害少年との会話内容、行為態様など)については、未だに歪められたままの可能性が高い。 |
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国と茨城県を訴えた裁判(第二次訴訟)の準備書面 (刑事手続は被害者のためにもあると言えるか。) |
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平成19年(ネ)第5194号 控訴人 岡 崎 后 生 他1名 被控訴人 茨城県 他1名 平成20年12月15日 東京高等裁判所 控訴人ら訴訟代理人 |
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目 次 第1 総論 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 3ページ 第2 犯罪被害者支援に関する流れ ・・・・・ 3ページ 第3 基本法による被害者の人権の確認 ・・・ 6ページ 第4 法令の制定と国家賠償 ・・・・・・・・ 7ページ 第5 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・ 9ページ |
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第1 総論 1. 被告国は,平成20年9月8日付準備書面(1)において,犯罪被害者等基本法(以下「基本法」と表記する)の成立が平成16年12月であり,犯罪被害者等基本計画(以下「基本計画」と表記する)の策定が平成17年12月であって,いずれも本件事件が発生した平成10年10月8日よりも後であるから,「基本法や基本計画等が平成10年10月当時の検察官の職務行為の適法性に何らの影響を与えるものでないことは当然」とし,控訴人らの主張は「後から制定された法令等を根拠として過去の検察官の行為の違法を主張するものに過ぎないから」失当である旨主張する。 2. しかし,被告国の主張は,あたかも,基本法や基本計画で犯罪被害者等の権利が法的に創設されたかのように主張している点で,根本的に誤っている。被害者及びその家族が,犯罪捜査が適法・適正に遂行されることを期待すること,被害者の尊厳が認められ,犯罪捜査の過程で権利・人権を侵害されてはならないことなどは,基本法の成立や基本計画の策定に先立って,本件事件当時既に法的保護に値する権利として認められていたのであって,基本法及び基本計画は,これらを確認したものに過ぎない。控訴人らの主張は,後から制定された法令等を根拠として過去の警察官・検察官の行為の違法を主張するものではない。 第2 犯罪被害者支援に関する流れ 1. 控訴人らは,平成20年6月2日付第3準備書面において,犯罪被害者の人権に関する国際的な流れを主張した。昭和60年8月26日には,ミラノで開催された第7回国連犯罪防止会議において,「犯罪及び権力濫用の被害者のための正義に関する基本原則宣言」(通常「被害者人権宣言」と呼ばれる)が決議され,同年11月29日の国連総会において採択された。また,その後の主な流れは,@平成元年5月24日の国連・経済社会理事会が,被害者人権宣言の適用に関して,刑事司法の実務家ないし関係者のためのガイドの準備・公刊・普及を求めた,A平成2年5月24日の国連・社会経済理事会が,被害者人権宣言に効果を与え,各国の現状とニーズに合わせるための継続的な努力を求めた,B平成2年の第8回国連犯罪防止会議が,各国に国内法を明確にし,被害者のための公的・社会的サポートを整備することを促す犯罪及び権力濫用の被害者の人権の保護に関する決議を採択した等というものであった。 2. 我が国の捜査機関は,このような国際的な流れを受けて,犯罪被害者の人権に配慮すべきであることを認識するに至り,具体的な対応を行ってきた。警察庁犯罪被害者対策室の「警察による犯罪被害者支援ホームページ」(甲136)には,「被害者支援の国際的潮流」として被害者人権宣言が紹介されているが,「国際的にも,近年の人権意識の高まりを背景に,犯罪により身体的・精神的被害を受けた被害者の方に対して,国家による救済,支援が行われるべきであるとの主張が高まってきています」との指摘の後,「被害者は,その尊厳に対し同情と敬意をもって扱われるべきであること」「被害者に対して,訴訟手続きにおける被害者の役割や訴訟の進行状況,訴訟結果等に関する情報を提示する必要があること」「被害者が必要な物質的,医療的,精神的,社会的援助を受けられるようにし,その情報を被害者に提供すべきこと」「各国政府は,警察,裁判,医療,社会福祉等の関係機関の職員に十分な教育訓練を行い,司法上・行政上の敏速な対応を進めるため適切な制度整備等を行うこと」とその内容が説明されている。 3. また,前記ホームページ「年表 被害者支援の経緯」から,平成11年頃までの警察による被害者支援の経緯を抜き出すと以下のとおりとなる。前記被害者人権宣言の紹介内容,「警察による被害者支援の経緯」の記載などからして,以下の警察による対応も,犯罪被害者の人権を前提として,これを確認するものに外ならないことを銘記すべきである。 (1) 平成2年11月17日,日本被害者学会が設立された。 (2) 平成3年10月3日,犯罪被害給付制度発足10周年記念シンポジウムが開催されたが,同シンポジウムにおいて被害者の精神的援助の必要性が指摘された(これを重要な契機として,更なる被害者支援のための検討が開始されたとの指摘が,前記ホームページの「被害者支援の経緯」に記載されている)。 (3) 平成4年4月,犯罪被害者実態調査研究会による調査が行われた。これは,前記10周年記念シンポジウムでの指摘を受け,犯罪被害救援基金の委託研究として犯罪被害者実態調査研究会(代表:慶應大学教授(当時)宮澤浩一)により実施された日本で初めての本格的な被害者の実態研究である。報告書は平成7年3月に提出されたが,これにより,警察の捜査過程における二次的被害の問題や情報提供のニーズ等が指摘された。 (4) 平成7年6月,「警察の被害者対策に関する研究会」による研究が開始された。これは,警察の被害者対策の在り方についての研究であり,これを参考として,警察庁が被害者対策に係る基本方針を策定した。 (5) 平成8年1月11日,警察庁が,犯罪被害者対策に関する基本方針を取りまとめ,国家公安委員会に報告した。 (6) 平成8年2月1日,警察庁が「被害者対策要綱」を策定し,全国の警察に通達した。この要綱は,「被害者対策の基本的考え方」として,「警察は,『個人の権利と自由を保護』することを目的に設置された機関である。したがって,犯罪によって個人の利益が侵害されることを防ぐとともに,侵害された状況を改善していくことは,自らの設置目的を達成するために当然に行うべき事柄である。被害者対策は,警察の本来の業務であり,警察は被害者を保護する立場にある」,「犯罪捜査における個人の基本的人権の尊重については,被疑者の人権のみならず,被害者の人権に対する配意も当然に含むものである。警察は,被害者に敬意と同情をもって接し,被害者の尊厳を傷つけることのないよう留意することが求められている」とし,犯罪被害者の人権尊重を強調している。 (7) 平成8年5月11日,警察庁長官官房給与厚生課に犯罪被害者対策室が設置された。 (8) 平成10年5月9日,「全国被害者支援ネットワーク」が設立された。 (9) 平成11年5月15日,全国被害者支援ネットワークが,「犯罪被害者の権利宣言」を発表した。 (10) 平成11年6月18日,「犯罪捜査規範」の一部を改正する規則が公布・施行された。この犯罪捜査規範の一部改正は,犯罪被害者の人権を尊重する視点で行われたものであった。例えば,犯罪捜査規範は,被害者等に対する配慮として「捜査を行うに当たっては,被害者等の心情を理解し,その人格を尊重しなければならないこととする。捜査を行うに当たっては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならないこととする」(第10条の2)とし,被害者等に対する通知として「捜査を行うに当たっては,被害者等に対し,刑事手続の概要を説明するとともに,当該事件の捜査の経過その他被害者等の救済又は不安の解消に資すると認められる事項を通知しなければならないこととする。ただし,捜査その他の警察の事務若しくは公判に支障を及ぼし,又は関係者の名誉その他の権利を不当に侵害するおそれのある場合は,この限りでないこととする」(第10条の3)等とする。 第3 基本法による被害者の人権の確認 1. 基本法第3条は,基本理念として「全て犯罪被害者等は,個人の尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と定めている。基本法第3条は,昭和60年8月26日に決議された被害者人権宣言が,「司法へのアクセスおよび公正な扱い」において「4.被害者は,同情と彼らの尊厳に対する尊敬の念をもって扱われなければならない。被害者は,受けた被害について,国内法の規定に従って,裁判制度にアクセスし速やかな回復を受ける権利がある」等としたことを確認するものである。 2. 被害者人権宣言は,国連総会においても採択されているものであって,普遍的な犯罪被害者の人権を確認したものであった。警察庁犯罪被害者対策室の「警察による犯罪被害者支援ホームページ」の経緯などは,被害者人権宣言に基づくものである。すなわち,平成8年2月1日の「被害者対策要綱」が「被害者の人権に対する配意」を前提に,「警察は,被害者に敬意と同情をもって接し,被害者の尊厳を傷つけることのないよう留意する」と宣言し,平成11年6月18日には「犯罪捜査規範」が被害者の人権保障を前提に改正されたのは,被害者の人権が既に確立したものとなっていたからに外ならない。基本法は,既に認められていた犯罪被害者の人権を確認し,個別具体的な対応を整備するものではあっても,犯罪被害者の人権自体を創設したものではないというべきである。 第4 法令の制定と国家賠償 1. 被告国の主張は,あたかも,法令の制定がなければ警察・検察官の捜査活動に関して国家賠償法上の違法を論ずる余地がないとするものであるかのようである。しかし,本件事件当時,犯罪被害者の人権は国家賠償法上も保護されるべきものとして認められていたというべきであって,被告国の主張は暴論以外のなにものでもない。 2. 国家賠償責任が問われた事案で,法令の有無にかかわらず国家賠償法上違法とされたケースも存する。例えば,中国残留孤児の帰国を制限する政府関係者の措置は違法であり,政府の帰国孤児に対する自立支援義務に懈怠があったとして,国の国家賠償責任が認められた事例である神戸地裁平成18年12月1日判決(判例時報1968号18頁:以下「神戸地裁判決」と表記する)が挙げられる。この訴訟で問題となった国の違法行為は,中国残留邦人の帰国妨害(早期帰国義務違反を含む)及び自立支援義務違反であった(なお,これらは,不作為の違法を問うものであった)。 3. 中国残留法人の帰国に関しては,「未帰還者留守家族等援護法」が昭和28年8月1日に公布・施行され,未復員者及び一般法人未帰還者のうち自己の意思により帰還しないと認められる者の留守家族に手当てを支給すること(同法第3条),国は未帰還者の調査究明をするとともに,その帰還の促進に努めなければならないこと(同法第29条)などが定められていた。しかし,帰国の意思を有していた中国残留邦人が放置され,大きな社会問題となったことは記憶に新しいところである。神戸地裁判決は,帰国妨害に関して「残留孤児の救済責任の実定法上の根拠を敢えて挙げるとすれば,援護法29条の規定を挙げることはできるが,この責任は,実定法上の根拠規定の有無にかかわりなく,端的に,国民の生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利は国政の上で最大限尊重しなければならいとする憲法13条の規定及び条理により当然に生ずると考えるのが相当である」(下線は控訴人代理人が付加)と指摘している。 4. また,中国残留邦人(特に残留孤児)に対する自立支援に関しては,平成6年10月1日から施行された「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律」(通称「自立支援法」)が根拠規定たり得るが,原告は殆どが自立支援法成立前に我が国に永住帰国を果たしていた。神戸地裁判決は,中国残留邦人の発生と帰国の遅延など経緯を追いながら,「このような政府自身による先行行為の積み重ねがあり,それにより日本社会での適応に困難を来す状態での永住帰国を余儀なくされた残留孤児がある場合,たとえ自立支援法のような特別な法律がなくとも,政府関係者(厚生大臣)は,条理により,残留孤児が日本社会で自立して生活するために必要な支援策・・・を講ずべき法的義務(自立支援義務)があったということができる」(下線は控訴人代理人が付加)とした。 5. 基本法は,既に認められていた犯罪被害者の人権を確認したに過ぎず,これを創り出したものではない。本件において,被控訴人らの国家賠償責任を論ずるに当たっても,本件事件当時に基本法が存しなかったことは,被控訴人らの責任を否定する根拠たり得ない。 第5 まとめ 犯罪被害者が,加害者に対して,適正に捜査してほしい,適正に処罰してほしいと願うことは当然のことであって,その無念の思いを国家が晴らしてくれると思えばこそ,被害者は,捜査や裁判に協力し,司法を信頼する。こうした,適正な捜査・処罰をしてもらうよう求める利益,さらには,真相究明を求め,名誉を回復してもらう利益は,法律上保護された利益であって,犯罪被害者等基本法(平成16年)も,被害者は,「尊厳を尊重され,尊厳にふさわしい処遇を受ける権利」があるとして,これを確認している。 もし,被害者の権利が,平成16年に創設されたというのであれば,それ以前の被害者は,尊厳が尊重されなくても良かったことになるが,これは,著しく正義に反するし,社会の一般の通念からも離れている。 また,基本法が権利の確認に過ぎないことは,その前文で次のように書かれていることからも明らかである。「安全で安心して暮らせる社会を実現することは,国民のすべての願いであるとともに,国の重要な責務であり,我が国おいては,犯罪等を抑止するためのたゆみない努力が重ねられてきた。しかしながら,近年,様々な犯罪等が跡を絶たず,それらに巻き込まれた犯罪被害者等の多くは,これまでその権利が尊重されてきたとは言い難いばかりか,十分な支援を受けられず,社会において孤立することを余儀なくされてきた。」ここには,権利として存在したが,それが十分に顧みられず尊重されてこなかったという反省に則って基本法が制定されたという経緯が,端的に表れている。 そもそも,人権は,憲法第97条が言うように,人類普遍の原理であって,憲法によって創設されたものでなく,被害者の権利も法律によって創設されたものではない。その時々の国家の予算や政策を勘案して法律で初めて具体的に認められる,いわゆる後国家的権利ではなく,前国家的権利であることは,その内実が「尊厳を尊重されるべき権利」とあることからも推察される。 国の主張は,単に形式的に基本法が平成16年に成立したという事実を言うだけの意味しかないのであり,だからと言ってそこで確認されている権利が,それ以前には一切認められないということにはならないと言うべきである。 |
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控訴人 岡 崎 后 生 他1名 被控訴人 茨城県 他1名 平成20年10月15日 東京高等裁判所 控訴人ら訴訟代理人 |
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目 次 第1 論点の整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3p 第2 基本法によって、刑事手続における犯罪被害者の権利性が認められるに 至ったか否か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3p 第3 刑事手続は公の秩序維持のためにその目的があるか、それとも公の秩序維持に加えて、被害者のためにもあると言えるか。・・・・・・・5p 第4 被害者の権利性が認められ、被害者のためにもあるとされる「刑事手続」とは、裁判手続だけを指し、捜査権や公訴権行使の手続を除外するものなのかどうか・・・・・・・・6p 1 被控訴人国の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6p 2 基本法の定める内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6p 3 捜査権及び公訴権行使における具体的な法制上の権利・・・・・・8p 4 被控訴人国が引用する大阪高判平成16年6月23日判決・・・10p 第5 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10p |
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第1 論点の整理 平成2年最判が実質的に変更されたか否かという問題提起を巡り、被害者のためにも刑事司法があるかという視点から、被控訴人国の準備書面(1)を整理すると、次の3つの論点が導き出される。 @ 基本法によって、刑事手続における被害者の権利性が認められるに至ったか否か。 A 刑事手続は公の秩序維持のためにその目的があるか、それとも公の秩序維持に加えて、被害者のためにもあると言えるか。 B 上記@・Aで言う刑事手続とは、裁判手続だけを指し、捜査権や公訴権行使に関する手続を除外するものなのかどうか。 第2 基本法によって、刑事手続における犯罪被害者の権利性が認められるに至ったか否か。 被控訴人国は、「基本法が、終局的には、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目指すことを目的としているものであることを否定するものではない」(準備書面(1)12p・イの第1段落)とし、「基本法1条にいう「犯罪被害者等の権利利益」は、基本法が定めた基本構想に沿って講じられる法制上又は財政上の措置等を介して、その保護が図られる関係にあるものと解すべきである」とする(準備書面(1)13p・イの第2段落)。 控訴人は、こうした被控訴人国の主張を必ずしも否定するものではない。被控訴人国も言うように、基本法は、終局的には、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的とした法律であり、また、そうであるからこそ、「すべての犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」(基本法第3条)と定められているのであるから、基本法により、犯罪被害者に権利性が認められていることは明らかである。 また、基本法を具体化する法制上の措置によって、被害者の権利がより一層明確になるという意味でも、被控訴人国の見解はその通りである。 しかしながら反面、具体的な法制上の措置が講じられない限り、権利性が認められないというのであれば、それは賛成しかねる。被害者参加制度を制定した改正刑訴法のような権利を具体化する規定がなくても、基本法によって、被害者に権利が認められたものであることは何ら否定されるものではない。 そもそも、被害者が、刑事手続において、平成2年最判が言うように単なる反射的利益を受ける存在に過ぎないのなら、基本法第3条のような規定が設けられるはずもなかったし、また、基本法に基づく基本計画で、「刑事司法は、犯罪被害者等のためにもある」と書かれることもなかったであろう。具体的な法制上の措置が講じられなくても、基本法が権利法であること自体は、その制定過程からも明らかである。基本法の制定は、平成15年12月、当時の小泉首相の指示を受けた自由民主党司法制度調査会において、基本法制小委員会が立ち上げられたことに始まる。小委員会では、上川陽子議員があすの会を訪れて被害者の実情を聞かれたのを皮切りに、被害者団体などからヒアリングを精力的に行っていた。委員会はすべて公開で行われ、あすの会の岡村勲代表幹事も毎回出席して積極的に意見を述べてきた。 確かに、当初、委員会の議論の中には、基本法を被害者に対する支援を中心にした支援法にすべきだとの意見もあったようである。しかしながら、最後は、被害者の権利を中心に構成する権利法という意見が大勢を占めるようになって、今の権利法という形を取ることになった。この辺りの経緯については、控訴人が証人尋問請求をしている岡村勲代表幹事が体験し、一番正確に熟知しているところである。同弁護士によれば、支援法の場合、恩恵という意味合いが強く、犯罪被害者の利益が反射的利益に過ぎないと解される余地があったので、権利法になったとのことである。 こうして平成16年12月1日、全政党が一致して(公知の事実)、権利法たる犯罪被害者等基本法が制定された。基本法の立法事実は、その前文に表れている。前文は、「近年、様々な犯罪が跡を絶たず、それらに巻き込まれた犯罪被害者等の多くは、これまでその権利が尊重されてきたとは言い難いばかりか、十分な支援を受けられず、社会において孤立することを余儀なくされてきた」「犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない」としている。 以上より、具体的な法制上の措置が講じられなくても、基本法によって、被害者に刑事手続における権利性が認められたことは明らかである。 第3 刑事手続は公の秩序維持のためにその目的があるか、それとも公の秩序維持に加えて、被害者のためにもあると言えるか。 被控訴人国は、国家訴追主義や起訴便宜主義を持ち出し、次のような主張を展開する。「基本計画においても、我が国のとる刑事訴訟法における原則、つまり、国家訴追主義や起訴便宜主義、そして、「検察官の捜査権及び公訴権行使は、公益の見地から国家及び社会の秩序維持のために行われる」ものであるという枠組みを前提にしながら、刑事手続等への関与の拡充を始めとした犯罪被害者等の権利利益の保護のための施策を推し進めるべきこととされている」と言う(準備書面(1)14p・下から2行目以下)。 控訴人も同じように考えるものである。控訴人の主張も、捜査権や公訴権の行使が、国家訴追主義や起訴便宜主義に立っていることを何ら否定するものではないし、また、これらの権限が、公益の見地から行われるべきことは当然のことと考えている。このことは、裁判手続においても同様である。改正刑訴法により、被害者参加制度が認められるに至ったが、そこでは、戦後60年続いたわが国の刑訴法の基本構造、つまり二当事者対立構造は何ら変更されていないのである。 そして、このような根本原則を維持しながら、被害者に、検察官に対する意見表明・説明要求権、在廷権、被告人質問権、証人尋問権、論告求刑権などの具体的な権利が、法制上の措置によって認められたのである。 だからこそ、基本計画も、「刑事司法は被害者のためにある」とは書かず、「刑事司法は公の秩序維持とともに、被害者のためにもある」と書いてあるのである。 ところで、もし、被控訴人国の上記主張が、捜査権及び公訴権行使は、公益の見地のみに立脚されて行われるべきで、そこにいささかも犯罪被害者のための法的利益を見いだすことができない、あるいは見いだすべきではないという主張であるなら、控訴人の主張とは異なるところとなる。控訴人の主張は、捜査権及び公訴権行使は、@公の秩序維持とともにA犯罪被害者のためにもあるという主張である。 第4 被害者の権利性が認められ、被害者のためにもあるとされる「刑事手続」とは、裁判手続だけを指し、捜査権や公訴権行使の手続を除外するものなのかどうか。 1 被控訴人国の主張 被控訴人国の主張が、裁判手続では、被害者の権利性を認め、被害者のためにもあることを認めるが、捜査や公訴権行使の手続では、権利性を認めず、被害者のためにはないとして分けて考える主張であるなら、その点でも控訴人の主張と異なる。 2 基本法の定める内容 そもそも、基本法はその目的として、「犯罪被害者のための施策に関し、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体及び国民の責務を明らかにするとともに、犯罪被害者等のための施策の基本となる事項を定めること等により、犯罪被害者等のための施策を総合的かつ計画的に推進し、もって、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ること」を掲げる(基本法第1条)。 そして、基本理念とは、「尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有すること」とし(基本法第3条)、犯罪被害者のための施策とは、「犯罪被害者等がその被害に係る刑事に関する手続に適切に関与することができるようにするための施策」(基本法第2条)と定義している。 これらを整理すると、「国(司法機関を含む)は、犯罪被害者が、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するという基本理念に従って、刑事に関する手続に適切に関与することができるための施策を推進する責務を負う」ということになる。 そして、そこで言う「刑事に関する手続」とはまさに刑事手続そのものであるから、裁判手続に限らず、捜査権や公訴権行使に関する手続も含むこと当然である。 この点、被控訴人国の主張は、裁判手続では、被害者に一定の権利が認められ、被害者のためにも刑事司法があるということを暗に認めているようでもあり、ただ、捜査権や公訴権行使については、未だ認められていないという論調のようにも見受けられる。このことは随所で、「検察官の捜査権及び公訴権の行使自体について」などの断り書きをつけて論旨を展開していることから窺える。 しかし、そうした見解は、基本法に沿わない独自の解釈だと言わざるを得ない。基本法は、広く、「刑事に関する手続」と述べ、何ら捜査権や公訴権行使に関する刑事手続を除外していない。 また、もし除外しているとしたら、被控訴人国は、捜査権や公訴権行使の手続における被害者の尊厳は、どのように保障されると考えるのであろうか。それとも、裁判手続では尊厳が保障されるが、捜査などでは、尊厳は保障されなくても良いとでも考えるのであろうか。もしそうなら、被控訴人国の見解は、基本法の趣旨をないがしろにするものと言わざるを得ない。 また、現実的に考えても、基本法が、裁判手続では尊厳を保障するが、捜査などでは尊厳を保障しないという趣旨で書いているとは思えない。なぜなら、基本法(及び基本計画)は、公判段階に止まらず捜査・公訴提起を含む刑事司法全体にあてはまる考え方や、国(司法機関を含む)・自治体がなすべき施策を定めるものだからである。また、実際上も、被害者の、適正な処罰、真相の究明、名誉回復という利益は、適法かつ適切な捜査があってこそ初めて成り立つものであることは言うまでもない。公判段階では一定の法律上保護されるべき利益がありながら、捜査では反射的利益の客体のままだというのでは、被害者の尊厳は十分に保障されたとは言えない。 刑事手続は、警察、検察、裁判、矯正施設というシステム全体として捉えるべきもので、部分に捕らわれすぎて全体を見失うと、結果的に機能しなくなるものである。従って、基本法が、裁判手続だけを切り離して、その部分だけに被害者の権利性を認め、被害者のためにもあると書いているとは考えがたい。基本法は、捜査や公訴権行使も含めた、システム全体としての刑事手続において、被害者の権利性を認め、被害者のためにも刑事司法があることを認めているものと言うべきである。 また、基本法がこのようなスタンスであるからこそ、基本計画においても、捜査段階における様々な施策について定めを設けているのである(控訴人「第1準備書面」の添付書面34p、36p、39p、44p、52p)。 3 捜査権及び公訴権行使における具体的な法制上の権利 基本法以降の具体的な法制上の措置においても、捜査権や公訴権の行使に関し、被害者の権利が進展している。 たとえば、被害者参加制度で認められている検察官に対する意見表明権及び説明要求権(刑訴法316条の35)であるが、これは「被告事件」について意見を表明し、説明を求めるとなっているものの、公訴権の行使とも深い繋がりがある。検察官の不作為についても意見表明及び説明要求が認められているため、たとえば、起訴後に、なぜ殺人ではなく傷害致死で起訴したのかについて公判検事に説明を求めることができるとされている。これは公訴権行使に関し、事後的に説明を求めるための、被害者の具体的な権利に他ならない。 同条の直接の趣旨は、検察官と被害者参加人の間のコミュニケーションの充実を図ることにあるが、その立法の背景には、次のような経緯があった。すなわち、従来より、被害者側から、訴因設定権、証拠調提出権、上訴権まで認めて欲しいという強い要望があったが、ただ、そこまで認めると三当事者対立構造となり現行法を崩すことになるので、二当事者対立構造を維持しつつも被害者の要望を最大限取り入れるため、代わりに意見表明・説明要求権が規定されたという背景である(甲123号証の2「法制審第5回議事録」13p(12個目の「●」)、35pの1個目の「●」〜37pの7行目まで)。このように、意見表明権及び説明要求権は、公訴権の行使とも密接に関係する具体的な権利である。 さらに、最高検は、平成18年の法制審議会刑事法(犯罪被害者関係)部会の第7回会議で、公判段階での被害者だけでなく、捜査段階の被害者に対しても、意見表明権及び説明要求権と同じ趣旨の通達を出すと明言されており、現在、すでに出されているものと思われる。第7回会議で表明された通達の内容は、次の通りである(甲123号証の5「法制審第7回議事録」21pの2個目の「●」、44pの4個目の「●」及び5個目の「●」)。 第1に、事件処理に関し被害者(捜査段階の被害者と公判段階の被害者双方)からの要望に配慮し、要望に沿えない場合は、その理由を被害者に説明する。 第2に、検察官が取調べを請求するために弁護人に予め開示した証拠については被害者の要望があれば、相当と認められる範囲で(刑訴法第47条但書)、公判前でも開示し、弾力的な運用に努める。 第3に、検察官の主張立証事項について、被害者からの要望に配慮し、必要に応じ内容について説明する。 第4に、上訴の可否について被害者から意見を聴き、上訴しないときはその理由を説明する。 第5に、検察官を監督すべき立場にある者は、担当検察官の判断について被害者から不服申立があったときは、必要に応じて監督権を適性に行使する。 ここにも、捜査権や公訴権行使が公の秩序維持のためだけでなく、被害者のためにもあるという理念が具体的に現れている。 4 被控訴人国が引用する大阪高判平成16年6月23日判決 被控訴人国は大阪高判平成16年6月23日判決を引用するが、同判決は基本法制定(平成16年12月1日)以前の判例であるから、本件では参考にならないと言うべきである。 同判決は犯罪被害者保護2法について意見を述べるものであるが、犯罪被害者保護法は、従前、「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」とされていたところ、基本法制定後の平成19年の改正で、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」と改名されたものであって、改名からも分かるように、現在は権利法となっている。従って、権利法になる前のいわゆる支援法について論じた同判決を引用しても、参考になるものではあるまい。 第5 結論 以上より、捜査権や公訴権行使との関係で、被害者を反射的利益の客体に過ぎないとした平成2年最判は、基本法及び基本計画により、実質的に変更されたか、あるいは変更されていないなら、変更されるべきであると言わざるを得ない。 捜査権や公訴権行使との関係でも、刑事手続は公の秩序維持とともに、犯罪被害者のためにもあるものと言うべきである。 |
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