神戸少年事件(1997年神戸連続児童殺傷事件)疑惑

1999.4.2 WEB雑誌『憎まれ愚痴』掲載

神戸小学生殺害事件の疑惑


 この拙文があなたの目にふれる頃には、神戸事件の犯人とされた少年Aの両親の「手記」なる書物が全国の店頭で売れまくっているかもしれません。

 両親は、自分の子が殺人鬼だと信じているからこそ、反省の手記を書くのです。そう信じこまされているのです。いったいどういう過程を経て、少年は自白し、刑(保護処分)を受け入れたのでしょうか。また両親は自分の子が罪人であることを信じざるを得なくなったのでしょうか。自分の子の有罪を進んで信じる親はいません。しかも、その手記なるものが、新潮社とならんで少年法改悪推進の2大出版社である文芸春秋から出されるとは、なんと、おぞましいことでしょう。

 あの事件が起こってから半年くらいは、私も新聞を疑いませんでした。子どもにも「悪」の部分はあると思うので、「まさかあんな子どもが」とは思わなかったのです。

 ただ、少年Aをモンスターにして、今どきの子どもはおかしい、というふうに話をもっていき、とどのつまりは少年法改正につなげようとするマスコミには最初から一貫して反発を感じました。

 ああいう特殊な残虐性をもった事件ですと、それを論じる人達の態度には、とりわけアブないものを感じます。

 言わば、アンファン・テリブル・ヒステリー。

 手ぐすねひいて待ちかまえていた小田晋が、早々と「性的サディズムです」などと喋りまくる。

 警察の情報しか知らないのに。

 被疑者と面接したわけでもないのに。

 医師の基本的倫理も知らぬ「専門家」。

 木村敏氏のように「ノーコメント」と言ったひともあったのに、それは載せず、デタラメでもとにかく喋ってくれる人の発言ばかり取り上げる新聞、テレビ。

 子どもは純真なもんじゃないと言いたがるお兄さんやオジサンも、自分の心の中を子どもに仮託して、悦に入ってる人が多いと思いました。おおかた独断的で、自分の悪への嗜好を、正義派ぶった仮面の下にのぞかせ、あるいは手放しで開陳して喜んでいる。

 あの事件は、そんな奇怪なお祭りを引き起こしたのでした。

 学校攻撃の風潮も、名古屋の中学生が遺書をのこして自殺したときと同様、親の自己防衛を感じさせました。事件発生の直後から、校長が事実を生徒に語らないなどという攻撃がなされました。教育者に自分の教え子を、有罪も確定しないうちから、全校生徒の前で糾弾しろというのですから、恐れ入った話です。

 学校を擁護する埼玉県プロ教師の会などは、逆に、このチャンスに学校の管理主義を正当化しようという底意が見え透いて、これも不愉快でした。

 とりわけ「容疑者」と「真犯人」も区別しないマスコミの風潮には、私は危機感を感じます。フォーカスの顔写真/名前掲載は、その典型です。

 コメントを自粛していたはずの宮台真司や香山リカまでが、まだ神戸家裁で審判の途中なのもかまわず、「透明な存在」などという言葉を売り物に使って騒ぎはじめたのは、あまりに節度のない話です。

 そんな折に、神戸事件の真相を究明する会という団体の出しているパンフレットを検討したわけです。

検察供述書/神戸家裁決定の矛盾

 神戸事件の真相を究明する会の検証は大変綿密なものです。これを、神戸新聞の記事、昨年3月に文芸春秋が掲載して話題になった検事の供述調書と比較検討してみると、供述調書にはたくさんの矛盾があります。その主なものをあげましょう(同会の分析にないものも含む)。

○殺害と遺体毀損の現場とされる「タンク山」のケーブルテレビ中継アンテナ施設の柵内、少年Aが被害者の頭部を洗ったという自宅風呂場、それを隠したという自宅屋根裏、捜索によって発見された凶器であるはずの金ノコギリなど、どれにもルミノール反応がない。ルミノール反応は血液が2万~50万倍に薄まっても現れる(平凡社大百科事典)とのことなので、現場の血は雨で薄まったから検出されなかった、という警察の弁明は通らず、むしろ雨で広がって一面のルミノール反応が現れるはず。

○遺体頭部は発見のとき赤い色をしていた。死斑は紫色になるもので、赤くなるのは、遺体を低温保存したことを示しており、殺害後遺体を置いた場所は殺害現場ではありえない(少年の家も不可能)。しかも、少年は、殺害翌日の首の色は青ざめていたと供述している。

○首を切ったのは、そのときの思いつきだと供述されているが、頚椎のうち、特に切断の困難な第2頚椎を斜めに切ったので、首を地面に置いたとき、顔面が斜め上を向く。人に見せることを意図した切り方。切り口も滑らかで、金ノコギリで切ったということは考えられない。少年逮捕前の報道では、プロの手口とされており、このほうが正しい。

○計7回の供述の6回目までは凶器を「糸ノコ」と言い、6回目の途中で「金ノコ」と訂正した。少年は地元生協販売店では札付きの工具の万引き犯。工具の名称を間違えることはありえない。供述でも、工具類そのものが好きなので、殺人とは無関係に盗んで集めていたと語っている。

○頭部を切断したという5月25日には、行方不明の被害者を探すため、現場は警察犬やPTAまで動員しての山狩りの最中だった。そんな状況で遺体の工作は不可能。

○アンテナ施設の柵の中に遺体を隠すため、南京錠を金ノコで切ったというが、その南京錠は発見されていない。ケーブルテレビ会社の人は5月21日にすでに南京錠が開けられなくなっていたと証言している。現場にも遺体の切断面にも金属粉が検出されない。

○6月28日の朝から少年を取り調べた警察は、少年を犯人と断定する物的証拠は皆無だった(少年を犯人として逮捕した段階でも、山下県警捜査1課長は、「凶器は?」という記者の質問に「ナイフ等」と答えたあと、「刃渡りは?」と聞かれて、一瞬とまどいの沈黙ののち「わかりません」と、肩から押し出すような声で答えている。逮捕の日の取調で物的証拠はあるのかと少年に聞かれた警察官は、お前の中学で書いた作文と酒鬼薔薇犯行声明の筆跡が一致したんだ、と言って、少年を自白に追い込んだが、じつは、兵庫県警科学研究所の鑑定では、両方の筆跡を同一人と認めることは困難とされていた。警官は自白を取るために、あえて偽ったのである。神戸家裁の決定でもこのことは指摘されており、警察の調書は証拠から排除する理由となっている。ところが、少年は、自分が騙されたことを知らないまま、同日警察の取り調べと並行して開始された検察の取り調べに答えているのであり、検察の供述調書も証拠能力を持ち得ないはずであるが、家裁決定はこのことにはふれていない。のちに、弁護団は、これを理由に、いったんは検察調書の排除を要請したものの、要請を引っ込めた。

○少年が中学に提出した作文と「バモイドオキ神」にあてた日記とでは、作文力のレベルが同じと見られる。しかし、酒鬼薔薇犯行声明とでは、まったく違う。さらに「懲役13年」という、裁判の進行中に検察か警察が故意にリークした文章も、まったく異なる。このようなレベルの文章を書ける子供は、中学でも能力の片りんを見せているはずだが、そのような証拠は一切ない。

○このほかに、神戸新聞の関係者から、少年が猫の舌を集めたというのは事実無根、警察は、酒鬼薔薇犯行声明文の消印の読み方を、いったん神戸新聞の鑑定結果通り「神戸西郵便局」と発表したのに、あとで、少年の家に近い「須磨北郵便局」場所に変えた、などの証言がなされている。

 以上のように、物的証拠がなく、強制や偽計による自白のみに頼った逮捕なのです。これは冤罪の典型的ケースです。

 無実の人が警察や検察の強引な取調によって犯してもいない罪を自白することが多々あるのは、よく知られたことですが、では、なぜ、少年Aは、警察、検察に対して自供したあと、親や弁護士に無実を訴えなかったのかということが、問題になります。

 かりに少年が完全に事件と無関係でないにしても、なんらかの事情で真犯人(たぶん複数の成人男性)と接触をもってしまい、そのために、無実を訴えることのできない立場に立たされている、あるいはそう思い込んでいるということも考えられます。

 それにつけても、少年についた弁護士が、なぜかきわめて不可解な態度をとっていることをを指摘さぜるをえません。

 弁護士は、なぜか、少年Aがクロだと早期に判断しました。

 検察の調書を証拠から排除するよう請求したものの、取り下げました。

 弁護団長N氏は、少年が「自分は警察に騙された、自分としては許せんのだ」と言うのを聞いたが「大人なら、ここで事実を争っただろうが、この子の場合、警官を非難してばかりいても教育上よくない」からという、奇妙な理由で、深く問題を追及しなかった、と、97年末の付添人研修会で話しています。ところが、今年同氏が出版した『それでも少年を罰しますか』という本には「少年は、警察が嘘をついていたことを白状すると、それで満足したのか、なぜか、事実を争わず、審判を早く終えてほしいと言いだした」と書いてあります。

 このふたつは、矛盾しないでしょうか。「教育上よくない」というのは、明らかに子供に対する不当な差別です。そのくせ、少年が審判を早く終えろと言ったから検察を追及するのをやめた、とは、これが子供の世話をする立場の大人が言うことでしょうか。

 少年の両親に供述調書も見せていません。精神鑑定書も、両親が文春に説得されて手記なるものを書くようになった段階で見せたようです。

 昨年10月からの民事訴訟でも、吉井正明弁護士は一切事実を争わなかったばかりか、公判を欠席したりしているのです。

 こうして、少年の人権を守るためにいるはずの弁護士たちが、少年法改悪推進の代表者にほかならない文芸春秋に、少年Aの両親を委ねてしまったことは、なんとしても納得がいきません。

 一般の少年事件専門の弁護士も、この問題についてはふれたがりません。神戸家裁で決定が出ているから、などと言うのです。

 少年が逮捕されたとき、当時の橋本首相は「心の教育」などと言いました。自民党は、戦後、現行少年法ができたときから少年法改正を唱え続けており、橋本氏の発言もそれにそったものです。自由・人権・民主主義が「行き過ぎて」世の中が悪くなった、「危機管理が必要だ」と主張する彼らには、少年の凶悪犯罪は好都合でしょう。神戸事件が最初から仕組まれた「陰謀」であるとは限りませんが、政治的利用価値をもつ事件であることは確かです。オウム裁判の主任弁護人安田好弘氏の逮捕・長期拘留も冤罪によるものであると見るのが正しいようです。少年法改悪を見ていても、裁判官たちが少年審判をいやがっているふしが窺われ、それが検察や法務省、自民党の改悪の動きを支えています。今や日本の司法はかなりひどい状態だと思います。

 現在、真相を究明する会をはじめ、全国で5つ以上の団体が、真相究明と少年Aの再審を求める運動を進め、松川事件で有名な後藤昌次郎氏やフェリス学院の弓削達氏その他、党派と無関係に、多くの人が、警察・検察の不正を告発する訴訟を進めていることをお伝えしておきます。

 以上をお読みになって、関心をお持ちくださった方は、下記の連絡先にご連絡ください「革マルが係わっている」ことに危惧をお持ちの方のために、この運動の参加者の顔ぶれをご紹介しますと、上記の後藤さんや弓削さんのほか、同志社の浅野健一さん、共産党員である元毎日新聞の鬼記者、品野実さん、国文学者の壽岳章子さん、免田事件などの冤罪裁判を手がけた安倍治夫さん等々です。これらの人達がいったい革マルの操り人形でしょうか。松本サリン事件の被害者、河野義行さんも、賛同のメッセージを寄せてくれています。

 神戸事件の真相を究明する会 電話03-3232-9005

 警察・検察の不正の告発を支援する会 電話03-5684-5420

 神戸事件と報道を考える会 電話06-373-5151

(以上、文責 萩谷 良 E-mail:liangr@alles.or.jp )。


 以上。


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