『アウシュヴィッツの争点』(47)

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために

電網木村書店 Web無料公開 2000.8.4

第3部 隠れていた核心的争点

第5章:未解明だった「チクロンB」と
「ガス室」の関係 7

「毒ガス」発生のメカニズムと「ガス室」の性能の相互開係

『噂の真相』(1994.9)では、「分かる人がいたら、ぜひ教えてはしい」とうったえておいたところ、同誌の翌月の投書欄に「匿名希望」の読者からの手紙が寄せられ、陸軍工兵少佐中村隆壽著『化撃兵器輯録』(1934年刊)と、東京都技師奥田久司著『防空化學』(1942年刊)の二冊の該当部分のコピーを提供された。戦前の日本でも「チクロンB」が知られていたことがわかる。

 その後、『マルコ』廃刊事件のケガの功名といっても良いのだろうか、あらたに関心をいだく市民研究者が現われた。国会図書館で資料検索したという武本敦志からは戦前の日本の専門書『新訂/農用薬剤学』(1937年刊)の該当部分コピーを提供された。

 以上の三冊の戦前の日本の専門書の記述には若干の相違があるが、比較検討して推定すると、「チクロン」の商品系列には、「チクロン液」「チクロンA」「チクロンB」の段階的発展があるようだ。最初に、シアン炭酸メチールエステルとメチール塩化炭酸の混合液、「チクロン液」がつくられたが、これは「発売を禁止され」(『新訂/農用薬剤学』)ている。つぎには、この液をチップに吸収させたものか「チクロンA」として発売された。「チクロンA」からシアン化水素が発生し、それが気体化して「青酸ガス」となるためには、空気中の水分と化合する過程が必要である。ところが、「チクロンB」は「液体青酸」をチップに吸収させたもののようであるから、商品名は似ていても成分はちがう。水分の必要なしに、そのまま気体化して「青酸ガス」となる。

「チクロンB」の主成分が「液体青酸」であることは、『デゲシュ説明書』にもしるされている。おなじく『ロイヒター報告』の付属資料のニュルンベルグ裁判書証では、単に「青酸」であるが、基本的には一致する。「ドイツのシラミ退治消毒室」(『歴史見直しジャーナル』1986年春)という最近の研究論文でも、やはり「液体青酸」となっているから、これはまちがいないだろう。『アウシュヴィッツの医師たち』では、「チクロンB」が「注入されて酸素と結合すると、直ちに青酸の蒸気が発生」するとなっているが、青酸(HCN)には酸素(O)はふくまれないので、奇妙な物語だといわざるをえない。

 気化の所要時間については残念ながら、以上のどの資料にも明確な記載がない。

「ドイツのシラミ退治消毒室」は、「ホロコースト」見直し論者が参加している研究所の機関誌の掲載論文である。「一方的な主張」だという見方もできるだろうが、そこには気化の所要時間について、つぎのように書いてある。

「チクロンの小粒の、または紙製のディスクからシアン化水素が蒸発する速度は、瞬間的ではない。シアン化水素はチクロンBの缶が開けられるやいなや、ただちに多孔性の素材から遊離しはじめるが、すべてが一時に遊離するわけではない。むしろ逆に、通常の条件で、六八度F(二〇度C)ぐらいの通常の室温の場合、ほとんどのシアン化水素が遊離するのには約半時間かかる。チップからすべてのシアン化水素が遊離するのには、さらに時間が必要である」

 室温が「二〇度C」より低ければ、この過程はもっと遅くなる。だから、さきにも紹介したような温風を吹きこむ装置や、室内の空気の循環させることによって「青酸ガス」の濃度を平均化して効果をあげる装置などが工夫されて、一般向けにも売りこまれていたのである。「ドイツのシラミ退治消毒室」ではとくに、「循環装置」についての記述がないことを、「ホロコースト」物語の不合理性として指摘している。

 さて、通常の条件であれば「約半時間」のち、つまり、さきのホェスの「告白」の「三〇分後」とおなじ時刻にはまだ、「チクロンB」のチップにふくまれる「液体青酸」が気化して「青酸ガス」が発生しつづけていることになる。殺す方の時間を短縮するためだけならば、経済効率は悪いが、「チクロンB」の使用量を増やすという方法もあるだろう。ただし、その場合には、「三〇分後」の室内の「青酸ガス」の濃度も、「青酸ガス」を発生しつづけているチップの数も増えることになるし、その増加率に反比例して、経済効率は下がる。

 ところで、まったくどの著述にもでてこない問題がある。それは、チップの処理、または行方である。デゲシュ社はチップを回収して再利用していたようであるが、回収される前のチップは、どこにころがっていたのだろうか。『デゲシュ説明書』は、あくまでも害虫駆除を目的とする使用法の説明だが、倉庫の床に「均等に散布する」を強調している。その方が効率が良いのである。

『夜と霧』の解説のように、単に「壁に特殊に造られた隙間から注ぎ込まれた」とか、『遺録』の方のホェスの「告白」の一部のように、「缶入りガスの中味が、特殊の小穴を通して室内に噴射された」という説明のとおりなら、「均等に散布する」のはむずかしい。それはおくとしても、「チクロンB」のチップは、無造作に床にバラ撒かれた状態になっているとしか推定できない。ところが、よく考えてみると、それが大問題なのだ。

『遺録』の方のホェスの「告白」には「換気装置」という言葉がでてくる部分がある。だが、いくら換気しても、「青酸がス」を発生しつづけているチップをさきに片づけなければ、人がガスマスクなしで室内にはいることはできないはずだ。床にバラ撒かれた状態で、しかも、「青酸ガス」を放出している最中のチップを吸い上げることが可能な、強力な高性能掃除機のような装置が当時、果たしてあったのだろうか。しかも、その床には、累々と死体が積み重なっているはずなのである。死体の下敷きになっているチップの除去となると、いまの日本の電器メーカーの技術者でも、とうてい製造は不可能というのではないだろうか。死体を動かせば、その下に溜まっていた「青酸ガス」が作業員をムワッと襲うのではないだろうか。

『デゲシュ説明書』では、長時間の換気ののちにも室内にはいる作業員は「ガスマスクをつけなければならず」、しかも、室内作業は「一〇分から一五分だけ」にして、「皮膚中毒」の予防措置として「半時間の休憩をとること」となっている。『遺録』の記述を根拠にして、あれはユダヤ人収容者のゾンダーコマンド[特別作業班]にやらせたことだから、安全性を無視したのではないかという意見がでるかもしれない。だが、絶滅説に立つ新鋭著作『アウシュヴィッツの医師たち』では、「犠牲者の死が親衛隊の医師によって確認されてから、死体の焼却が認められた」としているのである。「親衛隊の医師」にも危険があるではないか。

 そこで意味ありげに見えてくるのが「空気穴」という言葉である。ホェスの『遺録』の「ガス室」についての説明は転々と変化しているのだが、「床までとどく空気穴の中に、ガスを投入する」という説明の部分もあるのだ。この場合なら、チップは「空気穴」のなかにとどまって、床には散らばらずに「青酸ガス」を発生するのだろうか。だが、この「空気穴」の構造と機能についての説明は、やはりどこにもない。

 現在のアウシュヴィッツIの「ガス室」にも、「空気穴」の痕跡はない。といっても、構造がまったくわからないものについて、「ない」と断定するのはおかしいのではあるが。

 ここまでの一応の結論としていえることは、「チクロンB」であろうと「エンジン排気ガス」であろうと「サリン」であろうと、毒ガスで人を殺す場合には、毒ガスの発生、使用、排除、死体の処理といったすべての段階について、殺す側の安全性が絶対に確保されるような建物の構造が必要だということである。

『遺録』のホェスの「告白」にも、「ガス使用後は、建物全部の換気に少なくとも二日を必要とした」ので、場所をかえたとしている部分がある。しかし、「喚気のため」の「ガス室」の構造の工夫についての説明は明確ではない。問題の鍵は、「チクロンB」の殺傷能力よりも、むしろ、「ガス室」の構造の方が重要なのだという点にあるようだ。「ホロコースト」物語の場合には、その点で確信が持てるような説明がないし、現存の「ガス室」なるものには、そのような構造はまったく備わっていない。


(48)「科学の粋を集める」どころか民間で実用化の技術も無視?