『水泳プール無視された安全管理』
(国の通達素通り) 2006年10月15日
遺族・林田和行
テーマ『プール吸排水口の事故を繰り返さないために』
=第3回アドボカシー委員会主催シンポジュウムに参加して=
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【はじめに―平成5年まで】
昭和41年から平成7年までの間,全国で児童・生徒がプールの排水管口に身体の一部を吸い込まれる等の事故が54件以上発生。その間、少なくても48名の死亡事故が認められている。(54件のうち生存者4名、民間プール2名の死亡事故は除く)
特に昭和53年から昭和60年までの間に28件同様の事故が発生していた。
60年度には、千葉県東金市の小学校、香川県高松市の小学校、青森県、北津軽郡の小学校、東京都練馬区の中学校、佐賀県の中学校、静岡県大井川町の中学校、石川県小松市の中学校で事故が起きた。
この事態を重視した文部省(現文部科学省)は昭和61年1月29日付けで、『公立学校水泳プール管理状況調査』を各都道府県教育委員会に依頼。
調査を実施した結果、全国の公立学校小・中・高・特殊教育諸学校の水泳プール設置校総数28.359校のうちなんと全体の約60%強が未対策で何ともお寒い対策状況が明らかになった。
排水溝の『蓋あり』 |
27,299校
(96.2%) |
「ネジ・ボルトによる固定」 |
7,473校
(26.4%) |
『蓋の固定なし』 (重量のみ) |
16,814校
(59.3%) |
「吸い込み防止金具 あり」 |
10,659校
(37.6%) |
「吸い込み防止金具 なし」 |
1,622校
(58.7%) |
排水溝の『蓋なし』 |
1,060校(3.7%) |
「吸い込み防止金具 あり」 |
672校
(2.4%) |
「吸い込み防止金具 なし」 |
388校
(1.3%) |
昭和60年8月28日付けの文部省体育局体育課長から各都道府県教育委員会体育主官課長に宛て「水泳プールの安全管理について」60体体第32号と題する通知が出された。
「最近、学校のプール内で児童・生徒が排水口に足を吸込まれて死亡する等の事故が発生しております。排水口には堅固な金網、鉄格子等を設けて容易にそれを取り外せない構造とする等その安全管理には万全を期するよう」と具体的措置を挙げて、安全管理について官下の教育委員会及び学校に対し指導することを求めている。
またこれらの通達で古いものでは文部省管理局教育施設部発行の「学校施設設計指針」(昭和42年5月31日作成昭和53年10月4日最終改正)には『プール排水口には堅固な金網,鉄格子を設け,いたずら等で容易に取り外しが出来ない構造とする」としている。
ほかにも毎年5月半ば頃、出される通知には、排水管口に児童・生徒が引き込まれて死亡する事故が発生していることについて、直接指摘して同旨の記載がなされている。昭和53年6月1日付けの「水泳等の事故防止について」の通知・文体ス第126号を添付して「水泳指導の手引き(改訂版)」等を参考に挙げるなどして安全配慮に万全を期すよう官下の教育委員会に指導することを求めている。
昭和61年から平成5年までのあいだに死亡事故が4件発生しているうち、学校・公営ともに各2件(民間プール2件の死亡事故は除く)である。
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【平成6年以降の多発と文部省の状況把握通知】
平成6年はその前の8年間とうって変わって事故が相次いだ。
平成6年 |
7月07日 |
大阪府高槻市の小学校3年生男子(生存) |
7月21日 |
北海道稚内市の市営温泉プール小学6年生男子(生存) |
8月05日 |
鹿児島県金峰町の小学校5年生男子 |
8月12日 |
長野県佐久市の中学校1年生男子 |
事故多発を受けて,文部省は平成7年5月26日付け各都道府県教育委員会教育長宛て『水泳等の事故防止について』(文体生111号文部省体育局長通知)を出し、『特にプールの排水口等に吸い込まれて死亡する事故の防止のため排水口には堅固な鉄格子蓋や金網を設けて,ボルトで固定するなどの措置をしいたずらなどで簡単に取り外しができない構造とする』事を『教育委員会及び学校に対してご指導願います』と明記した。
この様に具体的に排水口の危険性を喚起して注意を促す通知を出されているにもかかわらず、その後も惨事が繰り返された。
平成7年 |
8月01日 |
宮城県丸森町の小学校6年生男子 |
8月04日 |
静岡県西伊豆町の小学校5年生男子(*) |
8月4日の事故後、文部省では平成7年9月11日「水泳プールの安全管理について」7体体31号と題して通知。
「排水口には堅固な鉄格子蓋や金網を設けてボルトで固定するなどの措置をし、いたずら等で簡単に取り外しができない構造とする等安全管理に万全を期するよう」通知して教育委員会や学校に指導する事を求めた。
併せて一歩踏み込み、「水泳プールについて取られている安全対策の状況について十分把握すべき事」都道府県教育委員会において『同年5月26日付けの体育局長通知の主旨をどのように周知・徹底したかについて』の解答を求めた。
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【文部省,初めて全学校プールの調査を実施その結果を発表】
その延長上の措置として文部省は平成7年12月27日付けの通知(依頼)を発して平成7年5月1日現在における『水泳プールを設置している国公私立の小・中・高・特殊教育諸学校』を対象とし、初の全国調査に踏み切った。
調査項目は次の3点で合計31.846校の実態調査を行った。
1)プールの設置状況及び浄化装置の附設状況
2) 水泳プールの排水溝の蓋等について、
排水溝の蓋の固定方法と改善計画、排水口の状況と改善計画
3)水泳プールの安全について、安全点検の実施状況
調査の結果、
排水溝の『蓋あり』 |
31,536校
(99.0%) |
『蓋の固定なし』 (重量のみ) |
11,157校
(35%) |
「吸い込み防止金具 あり」 |
22,343校
(70.1%) |
「吸い込み防止金具 なし」 |
9,196校
(28.9%) |
排水溝の『蓋なし』 |
310校
(1.0%) |
「吸い込み防止金具 あり」 |
82校
(0.3%) |
「吸い込み防止金具 なし」 |
228校
(0.7%) |
結果として、調査対象の全体の約36%が未対策である事が明らかとなり、この調査結果は平成8年5月24日に公表された。
プール排水口事故の根絶を求めた全国調査は、その後のフォローアップ調査の道を切り開いた。排水口の改善を求め、平成9年2月から3月にかけて、その後の改善状況についてフォローアップ調査を行い、その結果を各都道府県教育委員会教育長宛てに報告した。
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平成8年度 |
平成10年度
(5月時点調査,11年集計) |
排水溝の蓋 固定済み |
28.518校
(91.6%) |
31.077校
(99.7%) |
排水溝の蓋 固定なし |
2.561校
(8.2%) |
92校
(0.27%) |
排水溝の蓋 なし |
71校
(0.2%) |
10校
(0.03%) |
公立の学校プール小・中・高・全体の99.7%が対策済みと報告されていた。
平成8年から平成10年まで排水管口による死亡事故は起きてはいなかったが、平成11年7月、東京都青梅市の小学校、山形県藤島町(現鶴岡市)の小学校であいついで死亡事故が発生した。
この2件の事故は「吸い込まれた」のではなく「吸い付いた」あるいは「張り付いた」事故である。
青梅市のプール事故は底の床面にある吸い込み口から3p程奥に鉄製の柵をコンクリートで固定しており円形状に凹んだコンクリート(直径,約27p)が吸い込み管口の役割を果たしてしまい凹に女子児童のお尻が吸い付いた事故である。
藤島町のプールは壁面に排水口が(床底の近くに)あって吸い込み口から3p程奥に金網がパテ(ゴム状の接着剤)で留めてあるだけで壁面にある吸い込み口(直径,約14p)に女子児童の膝が吸い付いた事故である。
この2件の事故を最期に学校プールで排水管口に起因する死亡事故は、今のところ報告されてはいないが、この2件のプール事故の発生で、『鉄の柵,金網を設置していても吸い込み口に蓋がなければ役にはたたない』事が浮き彫りとなった。更に平成10年度に行ったフォローアップ調査において2件とも『蓋は固定済み』と報告されていた。(実際に設置されていたのは吸い込み防止金具の柵であり金網であった。蓋ではなかった)
藤島町は事故後、平成11年度9月定例町議会の最終日(当時の)教育長は地方教育行政組織運営法(教育委員会の職務権限)における法的説明として、教育財産の管理等、教育財産は地方公共団体の長の総括の下に教育委員会が管理するものとする「プール管理に携わる者達の組織的な過失である」と述べ、被災家族に対して謝罪をした。
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【公営プールの事故は何故生じたのか】
平成11年8月18日、栃木県葛生町(現佐野市)町営プールで死亡事故が発生。
プール底の排水溝には25kgの鉄格子蓋が設置されていたが、ネジで固定されておらず、代わりに26sの重りを装着して、「蓋は重いから大丈夫」とされていた。
この事故も蓋は外れて高校1年男子が両足を吸い込まれて死亡。
救助の際ロープを腰に巻き付け大人5〜6人係りで救出にあたり、要した時間は約40分間だった。管理は町の建設課であった。
それから5年後の平成16年7月29日、新潟県横越町(現新潟市)の教育委員会管理の町営プールで、12歳男子が排水管口に吸い込まれ死亡。
やはり蓋はネジで固定されてはおらず、又横越町の中学校の生徒が授業で使用する事もあるプールであるのに何故か「危険箇所」は放置されていた。(横越町の小学校プールの蓋は11年度集計では固定済みと報告されている)
町教委の不作為は明白とされ、同年11月、担当者ら数名が刑事立件。新潟地方検察庁に書類送検された。
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【簡単に防止できる公営プール事故】
平成8年から平成18年までのあいだに学校プールで排水管口による死亡事故は先に述べた2件のみである。
平成7年度で、「蓋の固定なし」が約11.000校、「蓋そのものが無い」が310校もあった。
平成7年迄は事故が多発していて、平成8年度から10年度にかけて蓋のネジ留めの対策がすすみ、全国の公立学校プール31.077校(99.7%)が、「固定済み」で事故は大幅に減少した。
この事実からしても、蓋をネジ、ボルトで確実に留める事が如何に重要であるかをプールの設置・管理者は認識しなければならない。
吸排水口の吸い込み事故は原因がはっきりとしていて、対策も簡単で、費用も安価であり、蓋をネジで留める事が、そんなに難しい事なのか。
再三、発せられる国の通知・通達も虚しく、亡くなった子どもたちには何の役にもたたなかった。
平成7年8月4日、報告者も学校プールの排水管口に右膝を吸い込まれて息子を亡くしている。
以来、二度と犠牲者を出さない様にと同年11月、「プールの排水管口に身体の一部が吸い込まれ大勢の子どもが亡くなっている。排水溝の危険も放置されている」と、この問題を国会で取り挙げてほしいと国会要請をした。
7年12月8日、衆議院文教委員会で(当時)の文部省体育局長は、「こうしたたぐいの事故は根絶できるのではないかと私ども考えております。今後その努力をして参りたい。」と発言した。
また報告者は、その一方で同様の事故で子どもを亡くした遺族と連絡を取り合い、平成8年5月24日、鹿児島、宮城、静岡の三遺族と連名で文部省に、『プール排水口事故・再発防止徹底の請願書』と題して請願を行った。
この日に公表された全国の実態調査の結果について、対応にでられた文部省体育企画官は「とても満足できる結果ではないが、今回の調査は事故根絶に向けた第一段階と考えている。相当な決意で臨むつもりです」と述べ、「根絶は可能で、その後の改善結果も調査したい」と話された。
それから10年余り経過。事故は少なくなってはいるものの公営プールで、蓋のネジ留めの不備、それに吸い付き事故は単発的に発生(平成12年京都府、後遺症が残る)している。
そして平成18年7月31日午後、耳を疑いたくなる衝撃的報道の第一報が報じられた。
『プールの壁面に設置してある柵が外れていて吸い込み管に、7歳の女の子の身体全部が吸い込まれる』等と異常と思われる事故。又もあの惨事が繰り返された。何と言う事だ!
こんな事故で『子どもの命を奪うのは本当に止めてもらいたい』。
新聞などの報道によると、柵を針金で留めていたなどと取材がすすむにつれて、管理のずさんさが浮き彫りになってきた。
プール管理業者同士の管理の丸投げ。ふじみ野市教育委員会管理のプール・管理を業者に丸投げの市教育委員会。それに合併される以前から長期間、管理会社に委託をしていたとか。(管理会社に委託する事には問題はないと思うが、二社の業者を擁護するつもりもない)。
あまりにも管理のずさんさに何とも言いようがない思いがする。
市教育委員会では学校プールも管理しているはずだが、国の通知・通達を知らないとでも言われるのか。それとも公営プールだから扱い違うと考えているのか。もし、そうであれば誤りであろう。
例えば平成18年5月29日付け、文部科学省スポーツ青少年局長から、各都道府県教育委員会教育長宛て「水泳等の事故防止について」(18文科ス第100号)通知には、つぎのように指示されている。
『プールについては引き続き「学校水泳プールの安全管理について」(平成11年6月25日付け文体体第232号文部省体育局長通知)における留意事項の徹底を図るとともに学校以外のプールについても前記通知にそった対応を図ることとしプール使用が始まるまでに排(環)水口の蓋の設置の有無を確認し蓋がない場合及び固定されていない場合は早急にネジボルト等で固定する等の改善を図るほか排(環)水口の吸い込み防止金具についても丈夫な格子金具とする等の措置をし、いたずらなどで簡単に取り外しができない構造とすること。またプールの使用時においては十分に排(環)水口等の安全点検及び確認を実施すること。』
このように学校以外のプールについても安全管理に万全を期すようにと、当然の事ながら県教育委員会を通じて市教育委員会にも通知されているのである。
その他にもプールの衛生管理についての通知も出されていて、平成13年7月24日付け厚生労働省健康局長(健発第774号)において、
『遊泳用プールの衛生基準について
遊泳用プールにおける衛生水準の確保については、「遊泳用プールの衛生基準」(平成4年4月28日付け衛企第45号厚生省生活衛生局長通知)に基づき指導いただいてきたところであるが…
(後略)
この通知は地方自冶法(昭和22年法律第67号)第245条の4第1項に規定する技術的な助言に当たるものである。』と記され、
『第3 施設基準・・・(前略)
(4)排水設備 排水口及び循環水の取り入れ口には堅固な格子鉄蓋や金網を設けてネジ、ボルト等で固定させる(蓋の重量のみによる固定は不可)とともに遊泳者等の吸い込みを防止するための金具等を設置すること。
また、蓋等を固定する場合には、触診、打診等により蓋等の欠損・変形、ボルト等の固定部品の欠落・変形等がないかを確認し、必要に応じて交換する等の措置を講ずること・・・(後略)』と記載されている。
毎年々、プールの吸排水管口の危険性を喚起して注意を促し出されてきた国の通知・通達は30年以上も前から出されており、何故これほど吸排水口事故が繰り返されるのか。
ふじみ野市の市教委のプール担当者はプール開き前の清掃時に柵を針金で仮留めをしている事を管理業者に指摘をして指導が出来なかったのか、そう思うと残念でならない。
平成11年に藤島町で起きた事故で、教育長は教育委員会の職務権限や教育財産の管理についての答弁が印象に残っている。
「今回、ふじみ野市大井市民プールで発生した事故はプール管理者の安全意識の欠如・希薄さが招いた人災でありプール管理者の組織的な過失責任は重大で、それを真摯に受け止めなければならない。真の事故原因から目をそむけてはならない。過去の事故事例に学ばない無責任体質がはびこってはならない。」
ふじみ野市大井市民プール事故を期に、これが大きなうねりとなり、大勢の人達に吸排水口の危険性が認知されたと思う。この大きなうねりをさざなみにしてはならない。
二度と再び吸排水口事故を繰り返さないために。
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出典・参考資料
あぶないプール「学校プールにご用心」三一書房/著者/有田一彦氏
朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・産経新聞・東京新聞・しんぶん赤旗
旧文部省体育局通知・厚生労働省健康局通知・衆議院文教委員会議事録
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