12月9日、何があったのか?
(1)12月9日未明、何が起こったのか?
ムミアはその夜、タクシードライバーとして夜勤についていた。事件が起きたのは、午前3時55分ころである。ムミアの弟であるビリーが、白人警官のフォークナーによって暴行されている現場に、ムミアが行き会わせたことが発端と考えられる。ビリーはフォルクスワーゲンを運転していて、一方通行違反でフォークナーから呼び止められたのである。現場付近は、もう酒場も閉まり始めていたが、人通りや車の往来はあった。数発の銃声が響いた。数分後には、もう現場に多数のパトカーがやってきた(フォークナーは、ビリーを逮捕した時点で、すでに応援のパトカーを呼んでいたという説もある。たかが軽微な交通違反で、いささか奇異ではある。いずれにせよパトカーの到着がいかにも迅速であったのは事実のようだ)。ムミアは脇腹に銃弾をうけて、重傷をおった状態で発見され、病院に運ばれた。フォークナー巡査も重傷をおって数フィート離れた場所に倒れており、1時間後に死亡した。フォークナーは背中と顔面を撃たれており、顔面の銃弾が致命傷となった。パトカーが現場についたときの状況で、たしかな点は、以下のことだけである。
ムミアと白人警官のフォークナーがともに銃弾で傷ついて倒れており、ビリーも負傷してその場にいた。
現場にはかなりの野次馬が集まっていた。
第1:撃ったのはムミアだと証言している目撃証人がいる。
第2:病院に運ばれた際に、ムミアが自分がやったと叫んだ。
第3:ムミアの拳銃が現場で発見された。
これらのことを、検証してみよう。
(2)銃弾の不一致
まず、銃撃事件そのものと拳銃の問題をとりあげる必要がある。地方検事補(ASSISTANT D.A.)のガーデン氏によると、(6月2日手紙 );ムミアはちょうどその地域をタクシーで流していて現場を通り、フォークナー巡査に近寄って背後から1発撃った(ただし、これについてはムミアが駐車場から出てきて、ビリーが殴られているのを見てフォークナーに近づいた、という別の証言もある)。巡査が倒れたところでさらに4発を撃ち、そのうちの1発は至近距離から顔面を撃ったものだという。巡査はかろうじて1発撃ち返したという。
現場では2丁の拳銃が発見され、フォークナー巡査の銃からは1発発射されており、ムミアの銃には、空の薬きょうが5発残っていた。それは+Pと呼ばれるタイプの薬きょうである。これはフォークナー巡査の体から摘出された弾と一致するが、非常に損傷していて、ムミアの拳銃から発射されたものかどうかは検証不能であったとされている。拳銃が最近使用されたかどうかを調べるのはむずかしいことではない。専門家によれば、弾薬のにおいは4〜5時間は残っており、簡単に識別できるものである。にもかかわらず、警察はこのテストをやっていない。+Pを使用する銃はきわめてポピュラーである。さらに、ムミアの銃に残されていた空薬きょうは5発だが、現場では弾丸は3発しか発見されていない。うち1発はフォークナー巡査の体から摘出されたものだが、検死官は致命傷を与えたのは44口径の弾丸と言っている。ムミアの拳銃は38口径である。
さらに、ガーデン地方検事補が描いて見せたような状況で、はたしてフォークナー巡査がムミアを撃ち返すような余裕がありえたのか?検死官によれば、ムミアを傷つけた銃弾は上から下方向へ貫通しており、フォークナーが先に撃たれ、倒れた状態から立っているムミアを撃ったという検察のストーリーはつじつまがあわない。むしろムミアの方が先に撃たれたのではないかという疑問も、当然湧いてくる。
ちなみにムミアは、危険な地域で仕事をしているタクシードライバーとして、拳銃携帯許可を合法的に得ていた(彼は2度も強盗に襲われている)。
(3)目撃証人の疑惑
検察側の証人中、もっとも重要なのは以下の3名であった。いずれも、最初から最後まで目を離さずに現場を見ていた、と言っている。第1の証人は、現場付近で商売をしていた売春婦のシンシア・ホワイト。第2の証人は、タクシードライバーのロバート・チョバート。第3は若い白人男性で、車で通りかかったマーク・スキャンランである。スキャンランは、自分はそのとき飲んでいた、と正直に言っており、現場の状況で覚えているのは混乱だけだ、と述べている。また、現場では、警官にムミアはフォルクスワーゲンの運転者だと述べている。(じっさいはワーゲンはムミアの弟ビリーのものだ)
チョバートは、最初に現場では、225ポンドくらいある男が逃げるのを見た、と言った。(ムミアは170ポンドしかない)彼はムミアを犯人だと特定したが、顔中血だらけの彼を、警官による「この男か、この男か」という誘導によって特定したという疑いがある。
また、彼は放火罪で執行猶予中のうえに、別の飲酒運転の件でも取り調べを受けており、タクシー運転で生計をたてているから、警察のプレッシャーに容易に屈した可能性を捨てきれない。
検察側証人の花形はホワイトである。彼女は法廷で証言した証人のうち、ムミアが実際に手に銃を持っているところを見た、と証言した唯一の証人である。ホワイトは、ビリーのワーゲンが停車していた右側のそばにいて事件を目撃した、と言っているが、現場にいた者で、彼女をそこで目撃した者は一人もいない。唯一彼女を見かけた、という人は、現場から半ブロックも離れた場所にいた、と述べている。また、ある証人は、ホワイトが事件の後で現場にやってきて、「いったい、何があったの?」と訊ねていた、と言っている。彼女は売春で30数回逮捕されており、裁判に証人として出廷したときも、服役中でさらに裁判もかかえていた。事件後すぐに、彼女は売春容疑で取り調べをうけたが、その際、殺人課に呼び出しをうけている。この取り調べの後、彼女はムミアに決定的に不利な証言を始めている。また、彼女の証言が、何度も変遷していること、他の多くの証人の証言との間にさまざまな矛盾があることも、弁護側は主張している。
ヴェロニカ・ジョーンズという別の売春婦が、ホワイトが法廷で言ったのと同じような内容の証言をすれば、商売に手心をくわえてやる、と警察から取引を持ちかけられた、と述べている。また、裁判の後、ホワイトがこの地区で警官に護衛されるようなかっこうで、商売をしていたという証言もある。
さらにつけ加えると、どういうわけか、最初から最後まで見ていた筈の3人の証人が、ムミアが撃たれた瞬間だけは、誰も見ていないというのも奇妙な話だ。
(4)ムミアが「俺がやった」と叫んだ?
ムミアがジェファーソン・ユニバーシティー病院に運ばれたときの状況についても、証言の食い違いがある。のちに裁判で「あのくそったれ(mother fucker)は俺がやったんだ。くたばればいい」とムミアが叫んでいた、と証言したのは、フォークナーの同僚で、彼の親友でもあった警官と、病院の保安要員(女性)である。しかし、2名の医師が、これとは矛盾する証言をしている。ムミアが運び込まれて10分ころして彼を見た医師は、ムミアは肝臓を銃弾で撃ち抜かれ、ほとんど意識不明の状態だったと述べている。また、ムミアが病院に連れて来られた直後に目撃している別の医師は、ムミアが警官に蹴られ、うめき声を上げるしかできない状態にあったと言っている。また、ムミアの逮捕・入院後、彼の警護をさせられ、そばにずっとついていた別の警官は、ムミアはなにもしゃべらなかった、と供述している。しかし彼は、裁判になると休暇中を理由に出廷しなかった。フォークナーの同僚の警官は、この3年前に、交通違反の容疑で検挙した黒人を撃ち殺した前歴がある。保安要員の女性は最初、フォークナーとは一面識もないと言い張っていたが、のちに「彼とはときどきコーヒーを飲んでいた」と認めている。こうした点を差し引いても腑に落ちないのは、この2名が、事件後2か月もたってから、初めてこんな重要なことを言い出したことである。