原子力汚染 vs 超々クリーン・マグマ発電(その8)

原発反対運動に物申すと唇寒いか?

1999.10.11.mail再録。

 東海村の臨界事故以後、当初は「臨界事故vs超々クリーン高温岩体発電」、逐次改題して「原子力汚染vs超々クリーン・マグマ発電」の連続mailを送り、ホームページにも収めました。テーマとしては、原発代替エネルギーの提案です。

 今回は、趣を変えて、「臍曲りの憎まれ愚痴」として、ここらで本性を露わすと、実は、政党や、原発反対運動に、物申したい点が多々あったのです。

 いつぞやは、「東京に原発を!」の運動があり、急速に盛り上がってポシャリました。面白い発想には違いないのですが、私自身、似たような発想の運動をした際、先輩から、「これはオチョクリ」との批判を頂いたことがあります。極論すれば、「批判のための批判」であって、事態の根本的な解決策を持ってはいないのです。体制批判と言えば格好良いようですけれども、それでは、結局、「永遠の反主流運動」に止まり、安住し、甘えていることになるのです。

 根本的な解決策とは、他ならぬ代替エネルギーの確実な提案です。それも天気まかせ、潮まかせ、風まかせ、などの不確かな、コストの高い、しかも抽出エネルギー総量の可能性の低い提案では、補助的な意味しかありません。確実な提案なしに反対ばかりしていても、政治の主導権すら握れません。電力を必要とする有権者が、まともに相手にしてくれないのです。現在、有権者は、自分の生活圏への原発の進出を拒否し始めています。しかし、沖縄の米軍基地の場合のように、どこか他の場所でなら「背に腹は代えられない」とばかりに、黙って許してしまうのです。

 有権者のわがままを責めても仕方ありません。有権者を意識する点で、最も過敏なのは政党ですが、その政党は、原発問題で、どういう態度を示しているのでしょうか?

 私が問題にする政党は、政権党ではありません。ジジコウなんて汚らわしい連中など、論評に値しません。一応、論評するのは、議員数の多さでは、昔は社会党、共産党の順序でしたが、今は、名前も変わり、逆になって、共産党、社会民主党の順になります。

 共産党は、今度の事件以後にも、私が広報に直接電話で確かめましたが、原子力平和利用の方針を変えていません。私の分析では、共産党は、湯川秀樹の平和利用「幻想」を真似たまま、スリーマイルやチェルノブイリを横目で見ながらも、ズルズルと方針変更を回避しています。「危険のないように」といいます。それも幻想にすぎないのですが、今度の電話では、ウラン採掘現場での被曝をどう思うかと質問すると、返事ができませんでした。再考を促して電話を切りましたが、他の数多い事例から判断して、共産党の場合には、方針変更は簡単ではありません。過去の方針決定に関わった責任者の自己批判、ひいては降格に繋がる事態になるからだと、私は、確信しています。一般の「利権政党」との比較上、私は、共産党を「沽券政党」と呼んでいますが、沽券も結局は幹部の個人的地位確保のための利権なのです。しかし、同時に、電力を必要とする有権者に対して、確実な代替エネルギーを公約できない弱腰が、決定的な要素となっているのでしょう。

 社会民主党は原発容認に方針変更しました。この理由は簡単で、社会党支持労働組合の中心だった総評が解体し、特に組織的に社会党支持だった大組合が同盟と一緒の連合に加盟したからです。同盟の主力として連合に加わった電力労連は、御用組合の最たる部類ですから、当然、原発推進に決まっています。連合全体も「右へならえ」となります。労働組合を重要な支持基盤とする政党は、労働組合が右に転べば、一緒に右に転ぶのです。社会民主党も、結局は、有権者と、それ以前に必要な労組の政治献金の重さに、大判を結び付けられた達磨が転ぶ姿を、あられもなく示しているのです。

 今回の事故以後のmailも、そのほとんどは、やはり、体制批判一辺倒です。批判は大いにしなければなりません。しかし、この資本主義の体制が醜いことは、ずっと前から明らかになっているのです。原子力汚染問題だけでも、もうかれこれ半世紀、ここらで、いい加減に決定的な痛打を与え、敵に止めを刺す工夫をすべきではないのでしょうか。

 それには、まず、戦争で言えば決定的な武器、決定的な代替案を、真剣な議論で見いだすべきです。つぎには、いきなり体制に物申したって、まともに相手にされっこないのですから、まずは身近な庶民を味方にすることです。その際に重要なのは、そういう庶民を結果的には騙している共産党や社民党に理論的な痛打を与えることです。電力労連に対しても、悪質な御用幹部の正体を暴露して、一般組合員を味方に付ける戦いを挑むべきです。これは労働争議の基本ですから、ここでは詳しくは述べません。

 以上の内、特に「共産党や社民党に理論的な痛打を与える」点について、一応述べると、現在の共産党や社民党の原発に関する方針には、一般党員も不満なのです。真面目な一般党員の不満を押さえ込んで現状維持を図る幹部は、結果的には電力労連の御用幹部と同じことになるのですから、個々に態度表明を迫るべきでしょう。党の体質改善も迫るべきでしょう。

 以上の提案の原理を、分かりやすくするために、戦国時代の実例で説明すると、織田信長は、いきなり京都に迫ったのではありません。桶狭間の戦い以前に、まずは一家の主導権を握り、周囲を切り従え、着々と実力を蓄えたのです。この内の「周囲を切り従え」の中に、「共産党や社民党に理論的な痛打を与える」ことを位置付けるべきでしょう。これを成し遂げられなければ、反体制の粋がりだけでは、小さな運動すらも長持ちしないでしょう。

 物言えば唇寒し秋の空とか。枯れ葉も散り始めました。とりあえず以上。

以上で:8終わり。:9に続く。


9) 早くも出現!原子力発電擁護?論のオタク度
「原発に死を!」シリーズ一括リンク
原子力汚染vs超々クリーン・マグマ発電一括リンク
週刊『憎まれ愚痴』42号の目次