「ガス室」裁判 訴状全文 その2

訴状全文 2 掲載状況

請求の原因(続き)

第2、本件に関する被告・本多勝一の編集による『週刊金曜日』の記事掲載状況等

一、本件で争われる記事の基本的主題である「ホロコースト見直し論」の概略
1、極右の「政治的シオニズム」支配によるイスラエル国家に基本的原因

「ホロコースト見直し論」の基調は、現在、世界で最後の法的な人種差別国家となったイスラエルの支配権を握る極右集団の思想的根幹をなす「政治的シオニズム」に対しての、根本的な批判である。

 1997年[平9]4月現在の最新の状況によれば、同年3月7日には、イスラエルのネタニヤフ政権が承認した東エルサレム(1947年の国連[正しい訳語では連合国]における分割決議ではアラブ人地区)へのユダヤ人の入植地建設を国際法違反として非難する決議案が、国連の安全保障理事会においてアメリカ1国の拒否権で否決され、直後の同年同月13日には、拒否権規定のない国連総会で圧倒的多数の賛成により採決された。反対票を投じたのはアメリカとイスラエルの2か国だけであった。この2か国の国際的な孤立状態は、かつての満州国に関わる日本の孤立状態と対比し得るものであるが、1949年[昭24]8月12日に採択されたジュネーヴ憲章の49条にも、つぎのように明記されているのである。

「占領国は、その占領地区に、自国の民間人口の一部の移住を行ってはならない」

 このような明確な規定があり、国連総会で圧倒的多数による非難決議が採択されているにもかかわらず、なぜ、その後、イスラエルのネタニヤフ政権は、流血を覚悟で東エルサレムへの入植地建設を強行しているのであろうか。この答えも、今や、誰の目にも明確である。すでに1995年[平7]11月4日、同様の状況の下で、入植地建設を凍結したラビン首相は、狂信的なユダヤ教徒の右派集団に属するイスラエル人の青年によって暗殺された。この暗殺事件当時には野党、リクードの党首の立場だったネタニヤフは、「イスラエルは別の国になってしまった」(『ニュウズウィーク』日本語版95・11・15、14頁)と嘆いていた。そのネタニヤフが今、自らの暗殺の危険を目の前にして、流血の入植地建設を強行し続けるか否かの、二者択一を迫られる瀬戸際に追い込まれているである。

2、原告と「ホロコースト見直し論」との関わり方

 原告は、すでに『湾岸報道に偽りあり』を執筆した際に、このようなイスラエルの政治状況に注目し、「補章/ストップ・ザ・『極右』イスラエル」を設けて、その概略を記していた。それをさらに要約すれば、現在のイスラエルの政治状況は、戦前の日本で「5・15」及び「2・26」などの事件が連続的に発生した時期に対比できるほどの狂信的かつ危機的な状況にある。そして、戦前の日本における「現人神」に対比し得る狂信的な信仰の対象が、イスラエルでは「ホロコースト」神話であり、その奥殿に祭り上げられている「神器」が「ガス室」なのである。「ホロコースト」または「 600万人のユダヤ人・ジェノサイド[民族絶滅]」の神話は、パレスチナ分割決議の最も強力な推進力であったが、それを現場検証もなしに認定したニュルンベルグ裁判は、イスラエル建国を願う政治的シオニストが企画した政治劇であったことが、証拠上明らかである。その判決の矛盾は、今や、ありとあらゆる局面から明白になりつつある。「ホロコースト」に次ぐ巨大虐殺事件としては、カチンの森における数千名のポーランド将校の虐殺があるが、ニュルンベルグ裁判では、これを、ソ連政府の報告そのままに、ナチス・ドイツの犯行として認定していた。だが、すでに1990年[平2]4月13日には、全世界の新聞・放送が、この虐殺をソ連当局の犯行として認めるソ連政府の調査報告を報じたのである。

 原告は、南アフリカ共和国の苛酷な人種差別[アパルトヘイト]が国際的な焦点となっていた時期にも、『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』(鷹書房、1994年[昭49]刊)を発表し、古代エジプト文明の創設者が黒人[ネグロイド]であったことを立証することによって、人種差別神話の不当性を明らかにした。原告の説は、その後、原告の研究当時には未知の技術であったDNA検査の結果なども加わり、専門家の間ではすでに定説となっている。戦前の日本の中国大陸侵略に際しても、人種差別の神話が多数紡ぎ出されたが、およそ、近代における違法不当な他民族への侵略と抑圧に際しては、科学的事実と一致しない神話が利用されることが、歴史上の法則と断定しても差支えない状況にある。原告が「ホロコースト」神話の虚偽を追及するのは、その虚偽を暴くことによって、ネタニヤフですらが「別の国になってしまった」と嘆くようなイスラエルの極右支配を国際世論から孤立させ、その暴走を阻止し、イスラエル人または世界のユダヤ人を破局への転落から救い出し、世界平和の早期実現に寄与せんがためである。

3、ニュルンベルグ裁判所は「法律の皮を被った化け物」だった

 以下、ニュルンベルグ裁判が抱えていた当初からの問題点を示唆するために、1997年[平9]4月現在、原告がフランス語からの基本的な訳出を終え、近く出版予定のロジェ・ガロディ(1913年生れの哲学者)著、『イスラエルの政策の基礎をなす諸神話』(直訳の仮題。れんが書房)の「ニュルンベルグの正義の神話」の項から、ごく一部を引用する。ガロディは、ニュルンベルグ裁判所を「法律の皮を被った化け物」であるとし、その基本的な問題点を、つぎのように鋭く指摘している。

「ニュルンベルグ裁判所の訴訟手続きの順序や方法は、勝利者のみで構成する検事の選択の場合と同様の原則、またはむしろ無原則の上に成り立っていた。

 裁判所の規則は、つぎのように定義されていた。

19条…当裁判所は、証拠管理に関しての技術的な規則に拘束されない。可能なかぎり迅速で形式的でない訴訟手続きを採用して、それを適用し、いかなる手段でも決定的な価値があると判断すれば認める。

21条…当裁判所は、周知の事実に関しては証拠を要求せず、それらをすでに確認されたものとして扱う。同様に、同盟国政府の公式の記録や報告は、真正な証拠として認める」

 カチンの森のポーランド将校大量虐殺事件の誤審は、以上の規則による必然的な帰結であった。ガロディは、このような決定的な欠陥を最初から持つニュルンベルグ裁判では、つぎのような裁判審理に必須の条件が、まったく満たされていなかったと指摘する。

「1、提出された書証の真正さの証明および検証。

 2、その出所の条件を含む証言の価値の分析

 3、凶器の機能と効果に関する科学的鑑定」

 1963年12月20日から1965年8月20日までの間に、フランクフルトで行なわれたアウシュヴィッツ裁判の「判決理由説明」には、つぎのように記されていた。

《本法廷には、普通の刑事裁判で、実際に起きた事件の忠実な想像、たとえば、殺人の瞬間に何が起きたかの想像を組み立てるために提出されるような情報の材料が、ほとんど欠けている。犠牲者の死体も、検死報告も、死因についての専門家の結論も、欠けている。犯罪者が残した凶器、その他の痕跡も、欠けている。証言の検証も、少数の例を除けば不可能であった》

 結果として、判決は、検証不十分な「証言」のみによって下された。この点を、ガロディは、つぎのように鋭く批判している。

「歴史家のセイニュボスは、ある事実の証明が、それを真実だと誓う証言の数によって判定されなければならないのであれば、中世の悪魔の存在は、他のどの歴史的人物の存在よりも確実になるであろうと強調している」

4、ニュルンベルグ裁判以後、東西冷戦継続中の状況

「ホロコースト」神話に対する疑問は、すでにニュルンベルグ裁判当時から出されていたものであるが、近年の「ホロコースト見直し論」には、東西冷戦の終結にともなう新しい状況がある。そもそも、大量であろうと少量であろうと、殺人には「凶器」と「現場」が必須の条件であるが、「ホロコースト」説の中心をなす「ガス室」は、この「凶器」と「現場」の二者を兼ねている。しかし、すでに東西冷戦へと動いていた国際情勢の下で行われたニュルンベルグ裁判では、「ガス室」と称される場所の現場検証はまったく行われずに、ひたすら「迅速」な判決が追及された。唯一、ニュルンベルグ裁判の法廷に提出されたのは、記録フィルムの上映によるドイツ南部のダッハウ収容所のシャワールームの水栓の表面的な映像のみであった。

 ところが、すでに1960年[昭35]には、「ドイツにはガス室はなかった」という事実上の定説が成立していた。つまり、ニュルンベルグ裁判で採用された唯一の映像は、完全に虚偽の物的証拠だったのである。原告の判断によれば、この「事実上の定説」を新聞発表したミュンヘン現代史研究所の所員(のち所長)、ブロシャットの真の意図は、それまでに多数提出されていた「ホロコースト」神話への疑問に屈しながらも、その一方で、「ポーランドにはあった」という逃げ口上を流布し、神話の一時的な延命を計ることにあった。当時の西側諸国の研究者は、ポーランドの「ガス室」を実地調査することができなかったからである。

5、東西冷戦構造崩壊後、急速に、科学的な法医学調査と鑑定が行われ、 事情が一変

 この状況を一変させたのが、東西冷戦の終結であって、ポーランドの「ガス室」なるものの実態が研究者の目にふれるようになると、次々と疑問が提出されるようになった。その最終的な到達点をなすのが「ガス室」の法医学的調査と鑑定である。

「ガス室」と称されてきた建物の構造、人員収容面積、密閉性、排気能力、ガス投入のための穴またはパイプの有無の調査、さらには壁面の素材と結合した「シアン化水素」(気体を「青酸ガス」とも呼ぶ)の残留テストによって、現在では、歴史学における考古学的な発掘調査と対比し得る科学的な研究が可能になっているのである。原告が掌握しているだけでも、すでに八つの報告があるが、その中には、クラクフのポーランド国立法医学研究所の調査と鑑定結果が含まれている。同研究所は、日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威であり、アウシュヴィッツ博物館の依頼に基づいて実地調査を行い、同博物館に鑑定結果を伝達したものである。原告は、クラクフの同研究所を訪問するなどして、それらの調査と鑑定の報告書を入手し、著書、『アウシュヴィッツの争点』の中で、法医学的調査と鑑定の意義を詳しく紹介している。

 以上のような法医学的研究によって、ほぼ決定的に、従来流布されたきた神話は崩壊せざるを得ない状態にある。これらの研究を無視する議論は、たとえて言えば、殺人事件の審理に当たって検察当局が、殺人に使用された凶器として自ら主張する物的証拠の提出及び専門的な鑑定と、殺人現場として自ら主張する場所の現場検証とを、いずれも拒否ないしは無視しながら有罪の判決を求めようとするような、横暴極まりない愚挙に他ならない。

 原告が発表した前出の雑誌記事の「映画『シンドラーのリスト』が訴えた?ホロコースト神話、への大疑惑」、単行本の『アウシュヴィッツの争点』、ヴィデオ作品の『「ガス室」検証』は、ともに、以上のような「ホロコースト見直し論」の国際的な動向と到達点を、日本人の読者向けに要約し、紹介したものである。原告は、早急に全面的な「否定」を主張するのではなく、この問題に関する国際的な言論の自由の確立を求め、裁判の制度でいえば「再審請求」を提唱し、共同の調査研究を呼び掛ける立場を表明している。

6、本件に関わる矛盾の拡大と国際的な言論弾圧立法強化の状況への批判

 原告は、前記雑誌記事及び著書において、ドイツを中心とする本件に関わる言論弾圧の状況を略述した。前述のような矛盾の拡大に対しての逆行現象として、法的な言論弾圧と、真相を抑圧する世論操作とが、近年、かえって強化されているのである。

 前述のロジェ・ガロディ著、『イスラエルの政策の基礎をなす諸神話』には、フランス及びアメリカの言論弾圧ないしは抑圧の状況が詳しく紹介されている。いずれも背後には、イスラエル国家の現状を擁護する国際的なシオニスト・ロビーの精力的な活動が潜んでいる。この単行本は、完成次第、裁判所に証拠物件として提出する。諸外国の法的な実情についても、のちに詳しく証拠を添えて提出する。

 原告の考えでは、これらの諸外国における法的な言論弾圧ないしは実質的な言論抑圧の状況は、戦前の日本における朝憲紊乱罪、不敬罪、治安維持法などを組み合わせたような法的ないしは政治的な圧制の下に、「満蒙開拓」と称する中国大陸侵略の先兵としての右翼暴力集団が公然と活動していたような状況を想定することによって、初めて実感し得るものである。

 本件で中心的な問題として取り上げる『週刊金曜日』連載記事には、原告がいかにも「死者を冒涜」しているかのような誹謗・中傷・名誉毀損の字句が氾濫しているのであるが、原告の考えでは、これはまったく逆である。それらの記事の筆者や、その背後の「政治的シオニスト」こそが、戦後のアメリカ軍の検死官によって、「ガス」を死因とする実例が一体もないことが報告されていたナチ収容所の死体の映像を、いかにも「ガス室」の犠牲者であるがごとくに偽り、つまりは半世紀以上にもわたって死者を政治的に利用することによって冒涜しつつ、イスラエル国家によるアラブ人への暴虐を擁護するという最も悪質な世論操作を行い続けているのである。


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