6月4日、衆議院憲法調査会は、第2回目の地方公聴会を神戸で開催しました。地元のわたしたちにとっては事前の公述人・傍聴応募の組織など、かなり大きなイベントでしたが、マスコミの報道は総じて小さな扱いで、かならずしも公聴会の実相を正しく伝えているとはいえません。以下は地方公聴会を実際にみての印象記です(記憶とメモに頼っているので一部不正確なところもあるかもしれません)。
地方公聴会の会場は、ホテル・オークラ神戸の巨大な宴会場(パーティ会場?)。委員と公述人の席は、一般傍聴席からずいぶん遠く、表情などはまったくわかりません。
一段高いところにしつらえた座長席に、中山太郎会長が着席し、公聴会がはじまりました。中山氏がこれまでの調査会の活動のあらましを説明した後、公述人の陳述(一人10分。時間を超過するとブザーが鳴る!)に移りました。
一番手は、貝原俊民 兵庫県知事(自民党推薦)。先日、突然辞任の意向を表明し、どんな発言が飛び出すか注目されましたが、意外なことに極めて原則的な護憲論を表明しました。貝原氏は、憲法9条改正には国民の7割が反対しているという事実を指摘したうえで、平和の大切さを観念的に述べるばかりでなく、世界に対し、武力による紛争解決に代わる平和の技術を提案することが「国際社会において、名誉ある地位を占め」ることにつながると主張しました。また、介護保険制度や市町村合併の推進、地方交付税の削減など、最近の地方制度をめぐる動きが地方の意見が反映しないまま進められている点を批判しました。
柴生進 川西市長(民主党推薦)は、地方行政を担う者にとって、日本国憲法は地方自治の羅針盤であり、憲法に根ざした施策が必要であると明快に述べ、川西市で実施されている「子どもの人権オンブズパーソン」を紹介しました。そのうえで、柴生氏は「憲法を論議するならば、憲法をいかに実践していくかを議論すべき」と改憲論議にばかり熱心な調査会の姿勢を暗に批判しました。また、日本国憲法の平和主義が戦争の世紀から人権の世紀へという世界的な潮流にそったものであるとも述べました。
笹山幸俊 神戸市長(公明党推薦)は、震災のような大規模災害にあたって、市町村長の権限が十分でないことを、仮設住宅建設などを例に挙げて指摘。住宅再建にあたっての公的支援制度の必要性など、これまで市民の側が主張してきた内容もとりあげました。憲法についての考え方ははっきりしませんでしたが、自治体の仕事の根本が生存権保障にあり、現行制度を憲法の要請に応えるものにしていく作業の必要性を強調していたとみることができるでしょう。
学校法人大前学園理事長 大前繁雄氏(自由党推薦)の陳述は、「日本の政治が安定しているのは、天皇がいるからだ」とか、「日本は立憲君主制の国だ」とかいった、かなり時代錯誤的な主張に終始。「憲法に権利の規定ばかりがあることが家庭のしつけが失われた原因」とも発言しました。
浦部法穂 神戸大学教授(共産党推薦)は、安全保障についての考えかたをこれまでの「国家の安全保障」から「人間の安全保障」へと転換させることを主張。日本国憲法前文には、「人間の安全保障」という考え方と連なる内容が含まれており、この理念を捨て去るのではなく、世界に率先して具体化していくことが日本に求められていると主張しました。大震災の経験から、「人間の安全保障」という考え方に注目するようになったという浦部氏は、どこかの国から侵略されることに備えて軍備をもつよりは、避けられない災害への備えをすることが大切であると話を結びました。
弁護士の中北龍太郎氏(社民党推薦)は、新しい世紀を「平和の世紀」にするためには、平和憲法をしっかりいかすことが大切であると主張。そのために、日本の起こした戦争の惨禍をしっかり見つめること、非核神戸方式を法制化し、アジア非核地帯化を進めるなど日本を世界平和の発信基地とすることを提案しました。そして、調査会は改憲の足がかりとなってはならず、憲法をいかす見地に立つべきと主張しました。
橋本章男 兵庫県医師会会長(保守党推薦)は、国家にも危機管理システムが必要と強調し、緊急事態規定を憲法に規定すべきと、中山会長の思惑に沿う発言をしました。ただし、個人の尊重の観点からみて国民の健康権の保障に後退は許されず、そのための法律整備の必要性を訴えるなど、医師の立場から憲法の理念を発展させる方向での発言もみられました。
小久保正雄 北淡町長(21クラブ推薦)は、震源地の町の町長という立場をすっかり忘れたかのように、「日本国憲法は押しつけ憲法だ」、「前文は悪文・悪翻訳だ」、「9条は空想的平和主義にすぎない」などの日本国憲法を悪罵する発言をくり返しました。
公募から選ばれた公述人は2名。61名の中からの選抜はかなり意図的に行われたようです。一人目の塚本英雄氏は、大阪の会社経営者ということですが、「会社の定款変更が必要なように、50年も経てば憲法も改正すべき」との主張にはじまり、「前文に日本の歴史と伝統を反映させるべき」とか、「私学助成を可能にするために89条の改正が必要」など、どこかで聞いた主張ばかりに終始しました。
一方、もう一人の公募公述人の中田作成氏は、神戸空港反対運動や情報公開の運動など市民運動で長く活躍してきた人です。中田氏はそうした体験も踏まえて、「現実を憲法に合わせる努力を怠り、改憲を声高に叫ぶのは本末転倒である」と改憲反対の立場を明確に述べました。また、中田氏は、今回の公聴会のあり方について、公募からの公述人の数、傍聴人の数が限られており、単に意見を聞いたという形式的手続に終わってしまう懸念を表明しました。
参考人の意見陳述が終わると、委員からの質問です。はじめに、中山会長が貝原、柴生、笹山氏に、首相公選制について質問しました。中田作成氏にあとから聞いたところでは、中山会長は今回の地方公聴会に先立って、緊急事態の問題と首相公選制について質問する旨の文書を各参考人に送っていたようです。しかし、質問を受けた3氏とも、「日本国憲法における首相は十分に強力な権限をもっており、むしろ権力者の分権化が必要である」(貝原氏)など、首相公選制導入には否定的でした。
委員からの質問は、一人10分と制限されたためか、その趣旨がよくわからないものもみられました。自民党の中川昭一委員は、憲法前文のなかに地方自治についての内容が入っていないと難癖をつけましたが、貝原氏に「必ずしも必要ない」とぴしゃりとはねつけられてしまいました。また、民主党の中川正春委員は、自党が連邦制導入を打ち出していることをアピールしようとしましたが、これも貝原氏に、地方自治の単位は「小を大にするのではなく、大を小にする」のが本来の姿であると反論されてしまいました。
中山会長のもう一つの狙いである緊急事態規定を明記すべきとの立場で質問をしたのは、保守党の小池百合子委員。しかし、四名の自治体首長のうち賛成したのは、小久保町長だけ。ここでも貝原氏は、小池委員が引き合いに出したドイツ基本法35条の規定が連邦制国家特有の規定である点を指摘して、改憲派の主張のいい加減さを明らかにしました。また、貝原氏は、自然災害救助にあたって自衛隊には過度の期待をいだくことはできず、自治体の体勢を整備することが重要と力説しました。
委員からの質問が終わった後、傍聴人からの意見(5名)が求められました。その中で一人の男性が「調査会の委員はまるで憲法が悪いから被災者を救えなかったように言うが、被災者のためになにもしなかったのは国会議員の責任ではないか」と厳しく追及し、傍聴人の多くから拍手がわきました。中山会長がたまらず「国会議員を誹謗中傷する発言は慎しんでほしい」と発言すると、会場から野次がわき起こり、騒然とした雰囲気になりました。中山会長は「憲法調査会は改憲という結論を出しているわけではない」と弁明につとめましたが、終了間際には横断幕をもちこんだ傍聴人をめぐって小競り合いが起き、会場全体が怒号に包まれ、終了を告げる中山会長の声はかき消されてしまいました。
今回の地方公聴会は、わたしたちの目からは改憲反対派がかなり優勢のうちに終わりましたが、その後のマスコミ報道ではそうした雰囲気は伝わってきません。調査会の側も、結局は地方公聴会を一種の通過儀礼として扱い、そこでなにが話されようと関係ないのかもしれません。憲法調査会への対応の難しさを改めて考えさせられました。
木下智史(神戸学院大学)
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