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本多勝一"噂の真相" その5:宿年の恨みの間 |
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1998.5.10.(シリーズ不明ファイル:2007.12.3再構成) 13、私が訴状で主張した「文藝春秋及び花田紀凱に対する宿年の恨み」の決定的根拠 さらに重要なのは、この被告・本多勝一の「ガセネタ」報道が、掲載当時すでに記事中の「A少尉」こと、被告・本多勝一の先輩たちの「でっち上げ戦意高揚記事」を唯一の根拠として戦後の中国における粗雑な戦犯裁判で死刑に処せられた向井敏明少尉(当時)の未亡人と先妻の娘、次女の千恵子を深く傷付け、千恵子の家庭を崩壊に導く導火線となったという事実経過である。 被告・本多勝一は、本件の私に対する名誉毀損・誹謗中傷記事を大量に掲載する直前に、1996年5月31日付け『週刊金曜日』(甲第15号証)の44頁第3段21行以降で、花田紀凱が編集長だった当時の『週刊文春』1988年12月15日号(甲第45号証)の記事に関して、「『東京日日新聞』(のちの毎日新聞)の記事を、私の記事のようにスリかえた上で攻撃し」たと称している。 ところが、右『週刊文春』記事のどこをどう読んでも、被告・本多勝一が毒々しい表現で主張するような、「スリかえ」の箇所は見当たらない。むしろ、被告・本多勝一が「その(右『東京日日新聞』)記事を再検証しないで書いている」という批判意見の方が、明確に記されているのである。 これには、またまた改めて驚いた。被告・本多勝一が、これほどまでに酷い「新聞記者」であるとまでは気付かなかった自分の迂闊さに、冷や汗が出る想いまでした。 なお、右『週刊文春』記事は、『諸君!』(89・1)に掲載された(旧姓)向井千恵子執筆の詳しい記事「『向井中尉の娘』の四十年」(甲第46号証)を、週刊誌向けに編集し直したものであるが、そこには前出の「南京事件調査研究会」の代表である洞富雄(元早稲田大学教授)との、次のような電話による会話の経過が記されていた。 「洞氏が言うには、百人斬り論争をやったのは、山本七平氏から論争を挑まれたからで、自分では百人斬りはなかったと思う、と言ってくれました。 『いろいろ書いて申しわけなかったですね。この電話でおわびできてよかった』 と謝られ、私も予期せぬことにびっくりしました」 洞は、前出の『ペンの陰謀』(甲第44号証)にも長文を寄せており、そこでは「据え斬り」説に傾いていたので、右の経過を確かめるため、私自身も洞に電話をし、私が被告・本多勝一の仕事振りに疑問を抱いていると断った上で、事実関係を質した。 すると洞は、「老齢のために記憶が確かではないが」、と前置きした上で、やはり、「戦闘中のことではなかったと考えている」という主旨の答えをした。私がさらに、「もしも据え斬りだとしても日本刀では何人も斬れない」と言う疑問を呈すると、「軍事的なことは分からないので、もしも何か記事を書くのなら送ってほしい。反省すべき点があれば反省する」と答えた。右のように千恵子に詫びたことをも事実として認め、さらには、「本多さんは千恵子さんと話し合って解決したと聞いています」と付け加えた。 この「解決」という話は、初耳かつ非常に重大なことなので、私が、「裁判所の和解ですか」と聞くと、この問いには、「詳しくは知らない」と答えるのみであった。 右の『週刊文春』及び『諸君!』に記事を見る限りでは、確かに、その後の千恵子の消息が、どこからも聞こえてこないのは不思議なのである。あの思い詰めた雰囲気では、そのまま収まるはずはない。もしも、右のような洞の話が本当ならば、被告・本多勝一には、その「解決」の経過を世間に明らかにする義務がある。 さて、そこでもう一つ、どうしても確かめたいのは、前出の「南京事件調査研究会」による『週刊金曜日』「座談会」(甲第32号証の1~2)の出席者であり、長老格の藤原彰(元一橋大学教授)の「百人斬り論争」に関する見解である。 藤原は、陸軍士官学校出身のれっきとした職業軍人として大陸侵略に従軍し、その反省の上に立って『日本軍事史』(上下)などの著作を発表している。洞とは違って、「軍事的なことは分からない」と言える立場ではない。だとすれば、戦闘中は言うに及ばず、据え斬りであっても、「百人斬り」が可能かどうかについて、見解を明らかにせずに、被告・本多勝一と同席することは許されないのである。 私は長年、マスコミ業界の底辺から世間を見続けてきたので、マスコミに登場するアカデミー業者(教授たち)を見る目も厳しくなっている。もしも善意だとしても、被告・本多勝一が犯したような「ガセネタ」報道とその結果としての悲劇を見逃し、その沈黙によって、「朝日新聞の著名記者」または「元朝日新聞著名記者」との同席の確保をズルズル続けているようであれば、余人はどうあれ、私は、そのような禍々しい処世術に対して、厳しい批判を加えざるを得ない。このような処世術は、かえって、日本の過去の侵略戦争への批判作業を汚し、視点を歪めることになるのである。 私は、本件の名誉毀損・誹謗中傷記事を問題にする以前には、以上に略述したような「南京大虐殺まぼろし論」に関する「論争」について、漠然とした噂話程度の事しか知らなかった。場合によれば「無知も犯罪」ではあるが、個人的事情を簡単に言えば、「論争」のきっかけとなった被告・本多勝一執筆の朝日新聞連載記事(甲第35号証)が夕刊に掲載された1971年11月5日の前後には、私の勤務先の日本テレビ放送網株式会社に対する読売新聞の支配強化、社長の天下りなどに起因する長期争議状態が山場を迎えており、翌年春には私自身を含む組合員6名への不当処分、同年秋には私への不当解雇へと至った。 以後、1988年に至るまでの16年にわたる不当解雇撤回闘争の期間には、直接関係のある文献に目を通すのが精一杯の状態が続いたのである。 今、改めて9年以上も前、私自身の不当解雇事件が和解で解決した直後に発行されていた右『週刊文春』記事(甲第45号証)などを読み、さらに溯って、その「痛哭」の直接的原因となった26年以上前の被告・本多勝一執筆の朝日新聞連載記事(甲第35号証)を読み、その間に各所で発表されていた関連記事と単行本を読み比べてみると、すでに右朝日新聞連載記事(甲第35号証)の発表当時から、短く、かつ十分な鋭さには欠けるとはいえ、一応は正確な被告・本多勝一への批判が行われていたことが判明する。 それらの批判の妥当性については、誰あろう、被告・本多勝一自身が、もっとも具体的に身に覚えがあったはずなのである。 その「身に覚え」に関しては、本件の私への名誉毀損・誹謗中傷の経過についても、同様の指摘をしておく必要があるであろう。 古代中国の名句にいわく、「天知る。地知る。我知る」。 ところが、被告・本多勝一は、傲慢にも、またはむしろ愚かにも、そこら中に証拠がころがっていて、「世間の皆知る」状態であり、証人が数多い言論犯罪を犯しているにも関わらず、「エセ紳士」こと朝日新聞の著名記者としての地位を悪用し、「嘘も百万遍言えば真実となる」と言った類いのゲッベルス流デマゴギーを駆使し続け、今日に至ったのである。被告・本多勝一が、あくまでも、この経過を否定してくるのであれば、私は、むしろ、これまでの表現を、「花田に対する宿年の逆恨み」と補強する。 14、もう一つの忌まわしきゲッベルス流デマゴギー駆使の源流 私が、以上に略述したような「南京大虐殺まぼろし論」の経過を調べる気になったのは、本件の『週刊金曜日』を舞台とした私への不当極まりない名誉毀損・誹謗中傷行為が頂点に達し、私がやむをえず本来の仕事を中断して被告・本多勝一に反論の場の提供を求めて以後のことである。その当時、特に被告・金子マーティン執筆の連載記事が話題に上った際、ある事情通の出版編集者が、「本多さんは文藝春秋に同じ頁数の反論を要求していますよ」と教えてくれたのである。 そこで忙しい私は、深く調べる余裕のないままに、1997年3月4日付けファックス通信(甲第47号証)で「一件資料を取り寄せ中」と断った上で、「本多氏と同じような要求をすることになるでしょう」と予告した。それに対して被告・本多勝一は、同年同月7日付けファックス通信(甲第48号証)で、「私が文芸春秋の雑誌『諸君』に対して提訴した件は、今回の場合全くご参考になりにくいと存じます」という返答を寄越した。 付言すれば、右の引用部分は、被告・本多勝一の非論理的な思考過程の実態を露呈する悪文の典型である。「全く」と「なりにくい」とは論理的に矛盾する。「全く」を前置するのは、この場合、効果を全面的に否定する意味であるから、「ならない」と結ぶべきである。 さて、その折、これも偶然だったのだが、「切抜き」というよりも「破り取り」という表現の方が実態を現わす資料ファイルの中に、前出の1996年5月31日付け『週刊金曜日』(甲第15号証)記事があるのを発見した。先には、その一部である「南京大虐殺」関係の部分の問題点を記したのであるが、その同じ44頁4段の6行目以降に、被告・本多勝一が「文芸春秋の雑誌『諸君』に対して提訴した件」と記した事件の概要が載っていたのである。被告・本多勝一の衒学趣味はこの際、非常に好都合であった。先の『週刊文春』の場合と同様に、「1981年5月号」と付記されていたからである。これならば、超多忙の私にでも、原資料の収集が可能になる。本来の仕事に必要な資料調査で毎日のように武蔵野市中央図書館に立ち寄るから、その際、数分間だけの無駄を我慢して、都立多摩中央図書館からの取り寄せをリクエスト用紙に記入して置けば、あとは自動的に原資料が届き、必要な記事をコピーできるのである。 被告・本多勝一は、前出の「雑誌『諸君』に対して提訴した件」に関しても、『週刊金曜日』(甲第15号証)44頁4段の7行目以降に、「『今こそ「ベトナムに平和を」』という評論で、他人の言葉をそっくり私の言葉になるように改竄した上で私を非難中傷した」と称している。 ところが、これまたというよりも、こちらの方が先の『週刊文春』記事(甲第44号証)に対する「スリかえ」と言う表現による非難の先例なのであるが、右の記事「今こそ『ベトナムに平和を』」(甲第49号証)のどこをどう読んでも、「他人の言葉をそっくり私の言葉になるように改竄した」と言う事実は発見できなかったのである。強いて言えば、同記事の61頁2段8行目から、「本多記者は……であるといっている」と記している部分が、いささか誤解を招くかもしないといったところでしかない。右記事の出典については他の部分も確かめた。地元の武蔵野市中央図書館が「著名『新聞記者』」被告・本多勝一の著書をほとんど買い揃えているので、書庫(利用度の低い本を収納する)から捜し出して貰った『ベトナムはどうなっているのか?』(甲第50号証)の記述と対照すると、該当部分の記述は全く同じであった。 この件を被告・本多勝一は、「提訴せざるをえなかった」(甲第15号証)と主張しているのであるが、裁判に関してはすでに本件訴状にも記したように、地裁・高裁で被告・本多勝一が敗訴し、最高裁に上告中である。私は行き掛かり上、この件の訴訟資料の調査をも予定しているのであるが、それに要する時間を割けないのが現状である。とりあえず私見を一言しておくと、私が「今こそ『ベトナムに平和を』」(甲第48号証)の執筆者であった場合には、次のように反論したであろう。 「本多勝一は、『エセ紳士』こと朝日新聞社が、ハノイ支局=商業的情報源を確保するためにベトナムに派遣した御用記者としての本分を遺憾なく発揮し、ベトナム政府当局の発表を、そのままそっくり報道し、一応の異論併記の格好を付けるために、著書では、小さい活字による〈注〉を付し、『ロイター電』に基づく朝日新聞報道の『新政権の宗教政策に抗議して焼身自殺』という報道の存在を指摘しているのであるが、これまた卑劣な逃げ道の確保にすぎないのであって、日本式の「客観報道」なるものが実際には当局発表の提灯持ちでしかないことは、昨今の常識である。本多は、「ベトナム政府かく発表せり」というのが「事実」だと強弁するのであろうが、この事件に関しての核心的な「事実」は、ベトナムの「新政権の宗教政策」なるものが、「宗教弾圧」であるかどうかなのである。本多は、自分が給料を貰っている朝日新聞社の報道の基になっている「ロイター電」の検証を何らなさず、また、「本社」「本社」と呼び習わす数千名の記者を要する天下の朝日新聞社の調査機能を総動員しようともせず、ただただひたすらに、ダラダラと牛の涎のように長々と、ベトナム政府の当局発表を書き写し、それと合致する現地の噂を拾い集めて書き並べることによって、御用記者の役割を果たしただけなのである。 このような報道姿勢は、たとえ社会主義の擁護者であっても許すべきではないのであって、善意の場合でも『贔屓の引き倒し』となる。低水準の下卑た「高砂屋!」などの追従野次は、役者の傲慢を助長するばかりで、芸を腐敗させるのである。ましてや、その当局発表報道が、『エセ紳士』の商売繁盛を目的とし、その『エセ紳士』の祿を食む御用記者の為にする所業であるとすれば、これ程に醜い卑劣行為は他に例を見ない。 被告・本多勝一は、右『週刊金曜日』(甲第15号証)記事の45頁1段23行以降で、「(右『諸君』[!が抜けているがママとする]記事に関する)裁判であまりに時間を取られ、これ以上また提訴で時間を取られては仕事に差支えるので、(右『週刊文春』記事[甲第44号証]の件を)時効のままに放置せざるをえなかった」と嘯いているのであるが、これまた実に忌まわしきゲッベルス流デマゴギーの駆使に他ならない。 本当は、訴訟を起こし得ないほどお粗末だったので、諦めざるを得なかったに違いない。私には、決して商業主義の文藝春秋の肩を持つ気はない。むしろ、この件では、商売に重大な支障さえきたさなければ、被告・本多勝一が撒き散らす「ゴロツキ編集長」(甲第15号証)などの薄汚い罵倒を放置し、被告・本多勝一を甘やかし、あまつさえ『マルコポーロ』廃刊事件を起こし、それらの結果が、被告・本多勝一らによる私への攻撃につながっていることに関して、超多忙中ながら、とりあえず電話で強く抗議したほどである。 私は、本件訴訟に関して、今年の1998年1月2日以降、私が作成するインターネットのホームページによって、主要な書面、書証などの世間への公開を開始した。本陳述書も同様の方法で発表する。被告・本多勝一が、以上のような私による批判を不当だと主張するのであれば、まだまだ「時効」どころか、出来立てのホヤホヤ状態であるから、もしも身の潔白を証明し得る、または身の潔白を証明し得ると主張し続けて日本特有の長期裁判に一縷の望みを託し、「市民派」気取りによる現世の仮そめの身すぎ世すぎを全うしたいと願うのであれば、思い切って私を相手にして「提訴」されると良かろう。 訴訟開始に要する費用を、そちら持ちで法廷、インターネット、その他メディアを活用する裁判ができるなら、私は大歓迎する。 |
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